ポケットの中の夏。
「期生別っていうかさ、こういうところに名曲って隠れてるよな」夕は笑顔で、磯野に言った。
「別に隠れてねえべ。どーん、と出てっだろ」磯野は堂々と言う。
「小生は、可愛いのより、名曲に弱いでござるよ」あたるは誰にでもなくにやけて言った。
「三番目の風、聴けるかしら……。聴きたいわ」駅前はスクリーンを強く見つめながら呟いた。
十一曲目となる、『空扉』が始まる――。センターは三期生の梅澤美波である。白い花柄の衣装であった。爽快感のある楽曲に、駅前木葉は興奮の震えを感じる……。
「凄い、ライブで聴くとこの迫力ですか……」駅前は誰になくそう言い、感動する。
「普通に聴いても名曲な上に、このライブでの臨場感でござる!」あたるは嬉しそうに興奮して言った。
「最強だなー、空扉」夕は呟いた。
「こんなに良かったっけか?」磯野は溢れ出てくる笑みを受け入れる。
「この名曲を、完全に表現してみせる乃木坂がやっぱり凄い」稲見はそう確信して、一人で頷いた。
『アゲインスト』が始まる。センターは一期生の星野みなみと、一期生の生田絵梨花である。風秋夕はこの楽曲のダンスが大好きで、目を凝らしてスクリーンの乃木坂46を見つめた。
「やっぱ、カッコイイなー……」夕は口元を引き上げて、興奮気味にそう言った。
「こりゃ特別だわな……」磯野も見とれて囁いた。
「ダンスがカッコイイでござるよ! この、このとこが!」あたるはダンスを簡単にまねて見せる。
「ゆらゆらする所ですね! わかりますダーリン!」駅前は興奮してあたるに言った。
「これが、一期生の実力か……」稲見は完全に魅了されて呟いた。
嘉喜遥香の煽りから、『アイシー』が始まる――。センターは四期生の嘉喜遥香であった。衣装はピンクと朱色のそれぞれ異なったドレス衣装であった。
「乃木坂の中でも、最強に可愛いっていう声も高いアイシー、ヤバいな!」夕は大興奮で言った。
「可愛いだけじゃねえんだよな、いい曲なんだよ!」磯野も興奮して言った。
「かっきーがセンターというのもヤバいね」稲見は眼鏡の位置を修正して、またスクリーンを見つめる。
「フリが可愛すぎるでござろうよ! フリが! ダンスでござるよ!」あたるは大興奮で叫んだ。
「普通の人が踊っても、こうはならないでしょうね。はぁ、可愛い」駅前は溜息交じりで呟いた。
『アナスターシャ』が物静かに、その美しい旋律(せんりつ)を奏(かな)で始める……。センターは二期生の新内眞衣と同じく二期生の北野日奈子であった。
「アナスターシャ……」あたるは感涙しながら呟いた。
「アナスターシャヤバいよな?」夕は磯野に言ったが、聞こえていなかった。
「未央奈ちゃんのいねえアナスターシャかあ……ちっと安心したぜ」磯野は微笑んだ。
「うん、間違いなく名曲だ」稲見は感動の渦を覚えて、深く頷いた。
「サビも、全部いいんです! アナスターシャ、綺麗な響きだわ」駅前は感動を言葉と表情に表す。
続いて、十五曲目となる『トキトキメキメキ』が三期生の岩本蓮加のセンターで歌われる。元気な曲調に歌って踊る、笑顔のメンバー達に、磯野波平はときめかずにはいられなかった。
磯野波平はステージ上の大園桃子を見つめる。
桃ちゃん、ついにここまで来たんだな。五年だぜ? もう、五年が経つんだってよ。
最初は泣いてばっかだったな。俺は笑って見てたけどな、この子続くんかな、てよ。ちょっと心配だったぜ。
よく笑うようになったよな。桃ちゃん、つったら、もう笑顔の桃ちゃんしか頭に出てこねえぜ。
行くな、つっても。行くんだろ。
なら思い出も、俺らファンとの繋がりも、メンバーとの絆も、出逢って世話んなった全ての人達との記憶も、全部持ってってくれ。
したら、また会える気がしててな……。
変だよな、一体どこで会うってんだよな。
でも、好きでいる限り、終わりじゃねえ気がしててよ。
だからバイバイはしねえぜ。
これからも愛してんぜ、桃ちゃんよ。
卒業、おめでとうな!
「桃ちゃーーーーーーーーんっ!桃ちゃん桃ちゃん、もーーもーーちゃーーんっ!」
磯野波平は最大限の声で叫んだ。そうしたら、何だか大園桃子が笑ってくれる気がしていたから……。
『ひと夏の長さより』が始まる――。センターは一期生の秋元真夏と四期生の賀喜遥香である。大好きなその楽曲に、風秋夕は耐えられずに涙した……。
風秋夕は大園桃子に思う。
いつの日かの桃子ちゃんも、この曲が好きだって言ってたね。メロディもダンスも好きだって。俺も同じだよ。
歌詞も歌もダンスも、すげえ好きになった一曲だ。桃子ちゃんも同じだって聞いてから、もっと更に好きになった一曲なんだ。
三期生が加入してきて、最初に創った秘密を教えるよ。俺はね、三期生を初めて見たその瞬間に、大園桃子をしっかり推して行こうと、そう心に決めたんだ。
弱そうで、優しそうで、心が透明で、おしたら、折れてしまいそうだったから。少しだけ他のメンバーより強めに推してたんだ。
そしたら、君が『逃げ水』のWセンターに選ばれて……。ドラマを垣間見てるようだった。夢の中のドラマ。乃木坂46の、三期生という名のドラマ。
君はしっかり主役だったよ。
何もかも、忘れない。
恋をした時間、まるごと。
この最後の夏を、ポケットにしまっておく。
大好きなんだ。
心から、卒業おめでとう。桃子ちゃん。
「桃ちゃーーーーーーーーーーん! 桃ちゃーーーーーーーーーーーーん!」
風秋夕の大きく叫ばれた口元に、一滴(ひとしずく)の涙が落ちていった……。
樋口日奈のMCで、『ひと夏の長さより…』がカップリング曲、人気第一位を取った事が告げられた。
柴田柚菜は受け継いできた伝統を、後輩にどう受け継いでいくかを、星野みなみにきいた。言葉は自然に受け継がれると星野みなみは語った。お互いを褒め合う事だと。
松尾美佑は人見知りへのアドバイスを、生田絵梨花にきいた。生田絵梨花はライブでも握手会でも緊張するし、私なんぞは見られていないかも知れないと、でも、集まったオーディエンスを「久しぶり」と解釈する事で、自然と人見知りを改善でき、自分に自信を持てる様になると語った。
賀喜遥香は好きな食べ物をきいた。
「かっきー、君はなんて可愛い人なんだ」夕は眼がハートになる。
「かっきー俺は肉メインのすき焼きが一っ番好きだぞー!」磯野は叫んだ。
「か、可愛すぎるでござる……」あたるは賀喜遥香の可愛さを思い知った。
「スイカ好きなんだ、みなみちゃん」稲見は感心して呟いた。
「飛鳥さん、いちごみるくとか、やってくれるのかしら?」駅前は胸を高鳴らせる。
齋藤飛鳥は、初期のキャッチフレーズを嫌々で披露(ひろう)した。会場と配信を見守るファン達は大満足である。続いて生田絵梨花も初期のキャッチフレーズを披露した。これまた、ファン達は大満足である。
『他の星から』が始まる。センターは三期生の与田祐希である。久しぶりに聴くこの楽曲に、稲見瓶は身体の隅々にまで震えを覚えた。
「与田ちゃんが、なぁちゃんのセンターを完全に継いだね」稲見はそう言って、頷いた。
「これもまた特別な一曲だな」夕はそう呟いて、深く納得する。