ポケットの中の夏。
「与田ちゃん、なぁちゃんとこれ一緒に歌って踊ってる時代があったんだもんな」磯野は感慨深(かんがいぶか)く囁いた。
「他の星からも一番好きな楽曲の一つなんでござる!」あたるは感涙しながら叫んだ。
「ダーリン、コール忘れてますよ!」駅前は大声でコールする。
三期生の大園桃子と四期生の遠藤さくらの語りから、弾き語りの『友情ピアス』が始まった。駅前木葉は感涙して、必死に泣くのを抑え込もうと、楽曲を耳に残そうとする。
駅前木葉は『友情ピアス』をハモる二人を見つめる……。
桃子ちゃんにも、ついに仲の良い可愛い後輩ができましたね。遠藤さくらちゃん。とても素直で可愛らしい素敵な後輩ですね。
そして、大園桃子という先輩もまた、偉大で素敵な先輩だと思います。
いつか、桃子ちゃんは、与田ちゃんと、ウミガメを探しに、海に行きましたよね。ライセンスを取得して、海に挑みました。
何度か失敗して、ウミガメをあなたは見つけられなかった。
その時、あなたは言いました。私の忘れる事のできない言葉です。
「見つけられそうじゃなくて、見つけるんです!」
あなたは強く、そう言いました。それ以来、私はあなたの事を、やる人だと、きっとやり切ってくれる人だと確信しました。
確信は当たっていて、あなたは私に、色んな風景を見せてくれた。
色んな感情を教えてくれた。
だから私は、ずっと、あなたの事を推し続けます。
ずっと、あなたの味方でいます。
ずっと、あなたを見つめています。
ずっと、あなたを大好きでいるでしょう。
あなたの姿が見えなくなってしまっても、私はあなたの姿を思い描き、忘れる事は生涯ないでしょう。
大好きですよ、桃子ちゃん。
最後まで笑顔をくれて、ありがとう。
卒業、おめでとうございます。
「桃ぢゃーーん! 桃ごぢゃーーーーん! 桃ごぢゃーーーーーーんっ!」
駅前木葉は、子供の様に無様に泣きじゃくりながら、天を仰(あお)ぐかのように、微笑んで叫んだ……。
『生まれたままで』が始まる。センターは三期生の阪口珠美である。
楽曲は止まらずに、次から次へと変わっていく……。
一期生の樋口日奈をセンターに、『マイルール』が開始される。薄紫色の衣装ドレスだった。姫野あたるは大きな感動の渦に呑み込まれる……。
ナレーションが入り、VTRが流される。選抜と呼ばれる事の重さを、誰よりも彼女達自身が知っていると語られている。この夏を締めくくる曲、それが次の楽曲だとナレーションは語った。
その楽曲とは、『世界で一番 孤独なラバー』であった――。センターを一期生の齋藤飛鳥に置き、激しくもパッショナブルな迫力のステージが繰り広げられる。稲見瓶は言葉を失い、唇を噛んだ……。
稲見瓶は思い描く……。
大園桃子という人物を、決して忘れないだろう。共に流した涙もある。共に笑った事が無数にある。共に悔しかった事もある。共に喜んだ事も数えられない。
人生の四分の一が、大園桃子という人物を見つめてきた。
恋をしてきた……。
大園桃子という同じ人物に、幾度も同じく恋をした。
ある日、君は恋人を待つ時間が楽しいと言っていた。同意する意見は無かったけれど、俺は同感だった。それが無性に嬉しくて、誰かに話したくて、仕方が無かったのを今でも憶えている。
恋人を実際に待った経験は無いけどね。それは桃ちゃんも一緒だと思った。
想像ができる人なのだろうと、勝手に都合よく想像した。俺は想像が好きで、よく一人の時間に想像をする。
想像で、君の恋人になった事がある。こんな恥ずかしい事は実際には誰にも言えないけどね。
想像の中で、桃ちゃんと時間いっぱいに喋った。気が付いたら朝になっていた。
これまでの五年間を例えれば、そういう現象だ。
気が付いたら、夢を見ていて、気が付いたら、朝が訪れている。
朝になると、君は帰ってしまうんだ。
その例えようのない感情を恋というのなら、俺は君に沢山の恋をした。
決して忘れる事のない、千年の恋を。
大園桃子という人物を、決して忘れないだろう。
恋をした、この幸せだった時間ごと。
「桃ちゃん、卒業、おめでとう……。桃ちゃーーーーんっ!」
稲見瓶は頬(ほお)に流れる涙を、軽く指先で拭(ぬぐ)って、また、彼女の姿を眼の奥に焼き付けていく……。
続いて『何度目の青空か』が始まる。生田絵梨花の見事な歌唱力から始まったこの楽曲のセンターは、言わずと知れた一期生の生田絵梨花である。
『逃げ水』が始まる。センターは三期生の大園桃子と、同じく三期生の与田祐希。手をつなぎ合うセンターの二人……。
姫野あたるはこの眩しすぎる光景を忘れない――と心に誓う……。
小生の人生の中で、桃子ちゃんは唯一無二、おんなじような感じの人を知らないでござる。なまっていて、とてもとっても可愛くて、声が少しハスキーで、歌が感動的で、緊張するのが嫌いなのに、緊張するのが特技で……。
僕の夢は、いつからか、君達の姿をどこまでも追っていく事になっていた。
将来の夢は……。と聞かれ、元気よく答えたあの子供の頃には、思いも寄らなかった夢です。だけど、僕は胸を張って言える。僕の夢は、乃木坂46をどこまでも追いかける事だと。
桃子ちゃんは、夢を叶えた人です。凄い人です。アイドルを知らないで、本物のアイドルになった、天才アイドル。大園桃子ちゃん。
君は僕の夢だ――。泣いた分だけ、強くなれたでっしょう? 僕もそうだ。
泣いた数だけ、乃木坂46をもっと好きになった。
桃子ちゃんを好きで好きでしょうがないよ。
行かないで、と、つい口に出してしまいそうになる。でも、そんな時は、桃子ちゃんの大きな笑顔を思い出すんだ。
卒業という一念を決意した、桃子ちゃんの笑顔を――。
三期生を引っ張ってきてくれて、ありがとう。乃木坂に吹き込んだ三番目の風は、決して吹きやむ事はないよ。
一生、大好きです。
卒業おめでとうございます。桃子ちゃん……。
「桃子ぢゃん! 桃子ぢゃーーーーーんっ! おめでとうーーーーーーーーっ!」
姫野あたるは、矢継(やつ)ぎ早(ばや)に流れ出る涙をそのままに、巨大スクリーンに映し出される乃木坂46を見つめ続ける……。
「おい、やべえぞ、涙止めろ、誰か……」夕は涙しながら囁いた。
「逃げ水が、こんなにっ、名曲になるとはっ……俺は嬉しいぞっ!」磯野は泣きながら叫んだ。
「まいやんを大好きだった少女が、本当にっ、成長したでござるなっ」あたるは腕で涙を拭いながら言った。
「忘れない時間がまた増える……」稲見はそう呟いて、眼鏡の涙を拭いた。
「桃子ぢゃーーーーんっ!」駅前は泣きじゃくりながら、大声で叫んだ。
三期生の山下美月がセンターの『ガールズルール』が、山下美月の「桃子、ありがとう!」という大きな声の煽りから始まった。トロッコも会場を回り、白熱するオーディエンス達……。
遠藤さくらが息を切らせながら、MCを務める。心配性な自分を語り、ポジティブな自分への移り変わりを与えてくれた、先輩達、ファンの皆への感謝を語った。