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ポケットの中の夏。

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「かっきーはエビチリとエビフライか!」磯野は楽しそうに遥香に言った。
「そう」遥香は答える。「エビ、好きなの」
「何でもエビならイケんの?」磯野は遥香にきく。
「ボイルしてあるエビなら」遥香は答えた。「何でも」
「お、レイちゃんもエビフライと、シーザーサラダか」磯野は笑顔でレイに言った。
「私もエビ好きです」レイははにかんで答えた。
「さぁちゃんは、何、焼肉?」夕は沙耶香に言った。
「カルビ丼です」沙耶香は苦笑する。「私、野菜苦手で……」
「まゆたんはハンバーグと、ビーフシチューか」夕はにこやかに言った。
「好きなのばっか」真佑は苦笑した。
「聖来さんは、何だ魚だな?」磯野は眉を顰めて聖来に言った。
「焼きサバと、焼いたホッケです」聖来は言う。「焼き魚ちょ~お好きで!」
「あやめちゃんは、寿司と……何だ、それ」磯野は顔をしかめてあやめの料理を見つめた。
 筒井あやめは答える。「トッポギ。韓国料理です」
「へーみんな好きもんちゃんとあるんだなー」夕は腕を組んで感心した。「俺なんか、いっつもおんなじもんばっか食っちゃうよ。チャーハンばっか食ってる」
「俺もパスタばっかだな」磯野も笑みを浮かべて言った。「まー、ゆっくり食いなせえ。皆さんよぉ」
「ん?」
 遠藤さくらは、腰にあたったゴテゴテとしたゴーグルを、手に取ってみた。
 風秋夕はそれに気づく。
「さくちゃん、それかけてみな」夕はにこやかに言った。
「え? これを、ですか?」さくらは戸惑う。「今、ですか?」
「今でしょう!」夕は古臭いものまねをしながら言った。
 皆がざわつく中、遠藤さくらはVRゴーグルを装着してみた。
「何か変わったんか、さくちゃんよぉ」磯野は笑顔でさくらに言った。
「きゃああ!」さくらは悲鳴を上げる。
「な、何よさくちゃんどした?」磯野は不審がる。「さくちゃん?」
「原始人!」さくらは磯野に叫んだ。
「げ……」磯野は真顔のままでフリーズする。
 遠藤さくらは大急ぎでVRゴーグルを顔から外した。
「どうしたの?」
「さくちゃん?」
「何があったの?」
「げ……」磯野は真顔のままで呟く。「原始人……」
 その場に風秋夕の大笑いが響き渡った。

       4

 二千二十一年の七月も終わりを迎える頃、地下巨大建造物〈リリィ・アース〉の地下二階では、お祭りを開催していた。参加者は無論、乃木坂46と元乃木坂46と、乃木坂46ファン同盟の五人である。
 様々な屋台が並んでいた。フロア中央の星形に五台並んだエレベーターの前には、やぐらが組まれており、その上では鉢巻を巻いたふんどしの男が大太鼓を叩いていた。流れている楽曲は『オバQ音頭』である。
「見て見て、金魚すくい、今年もあるよ」真夏は笑顔でそれを指差した。「やるう?」
「んー、まだいいや」絵梨花は口元を片方に引っ張り上げて言った。「まずは腹ごしらえでしょう」
「あー、あんず飴だ」みなみは微笑んで屋台を物色する。「あーベビーカステラ!」
「えベビーカステラどこぉ?」まあやはみなみの指差す方向に眼を凝らした。「あー本当だあったーベビーカステラぁ! 欲しい欲しい!」
「わてはアイス・コーヒーが飲みたいんだが……」飛鳥はキョロキョロと付近の屋台を眼で探していく。「アイス・コーヒーの出店なんて無いか……。イーサンに頼んだ方が早いかな」
「それじゃ面白くないじゃーん」日奈は飛鳥に美しく笑った。「ね探そう? ね?」
「いいけど、無いぞ。たぶん……」飛鳥は苦笑して言った。
 お祭りに参加している女性のほとんどが浴衣を着用していた。一期生の生田絵梨花だけは自身がイメージモデルを務めるブランド、西善商事株式会社のカラフルな振袖を着用していた。
 三期生の賀喜遥香は、現在困っている。表面上は笑顔であるが、彼女は今、磯野波平を目の前にして、下手に動く事が出来ない状況であった。
「かっきー、浴衣、似合ってんなー」磯野は満面の笑みで遥香に言った。
「あ、ありがと……」遥香は微笑んで返す。「波平君も、スーツ、似合ってるよ」
「かっきー知ってっか?」磯野は動き始める。「こんな昔話を……」
「なになになに!」遥香は抵抗(ていこう)するが、むなしい抵抗であった。「ちおょっと~!」
「王子様とお姫様は、最終的に、結ばれました……てな」
 磯野波平は、嫌がる嘉喜遥香を肩にしょい込んだ。
「いただきますっ!」
「だーめ! ちょ、やーめーておろしてぇ!」
「またやってんのか」聖来は苦笑した。「よくやるな~、波平君。夕君に怒られるのに」
「どうする、呼んでくる? 夕君」レイはにこやかに磯野達を観察しながら言った。「さっきいたよ。あっちに」
「かっきー必死だから、呼んできた方がよくない?」あやめは少しだけ真剣に言った。
「ちょっと! 波平君!」遥香は叫ぶ。
「じゃ、二人になれっとこ行くか……」磯野は遥香を担いだままで歩き出す。
「なーにやっとんだ貴様ぁー!」
 遠くの方から、風秋夕の怒号(どごう)が走った。
「ちっ」磯野は舌打ちをする。
 風のように素早く、風秋夕は磯野波平の眼の前に参上した。
「傷つけないように、ゆっくりと俺のお姫様をおろせ……」夕は鋭い眼つきで磯野に言った。
「夕君……」遥香は虫の息である。
「おろす、けどな」磯野は遥香を立たせながら夕に言う。「お前、俺達の邪魔して恥ずかしくねえのか? 今から幸せに食事でもしようってゆー、愛し合う二人の邪魔してよぉ……」
「愛し合ってないし……」
 賀喜遥香はそう言い残し、走ってその場を離れて行った。
「波平、今から俺はお前を殴る……」夕は物凄い眼圧で磯野に言う。「ただ殴られんのが嫌だったら、殴り返してこい……」
「へっへ、上等だぜ」磯野は拳の関節を鳴らして、不敵に笑った。
「あの、夕君」
 そう、か細い声をかけてきたのは、四期生の北川悠理であった。
「はいよ」夕は素早く笑顔に切り替えて悠理に振り返った。「何? どうしたの?」
「あの、スタジオジブリの風立ちぬを〈映写室〉で観たいんだけど」悠理は眼をぱちくりとさせて夕に言う。「著作権的に、いいのかな?」
「利益抜きの、私的目的だから大丈夫だよ」夕はにこやかに言った。「じゃあ、一緒に行こうか。設定するからさ」
「あ、ありがとー」悠理は幸せそうに微笑んだ。
「波平、騒動起こすなよ……」夕は鋭く磯野を睨んで言った。
「けっ、知るか。俺はいつも通りよ」磯野は吐いて捨てた。
「じゃ行こうか」
「うん」
 風秋夕は北川悠理を連れて〈映写室〉へと向かって行った。
「やんちゃん!」磯野ははしゃぐ。「くろみん! 弓木ちゃん! ミュウちゃん!」
 磯野波平は、眼の前を通りかかった金川紗耶、黒見明香、弓木奈於、松尾美佑に声を掛けた。
「どっこ行っくの~?」磯野は満面の笑みで言った。
「いやー、ぶらぶらと」紗耶は苦笑いで言った。
「波平君は、何してたんですか?」明香は持ち前の笑顔で言った。
「やだなくろみーん、敬語はねえだろう」磯野は爽やかに苦笑する。「俺達、乃木坂とファン、じゃねえかー」
「乃木坂とその一味、みてえだな」
 そう皮肉ったのは風秋夕であった。
「何で、いんだ、お前……」磯野は驚いた表情を見せた。
作品名:ポケットの中の夏。 作家名:タンポポ