ポケットの中の夏。
「いいから、あ、お兄さん、おんなじサイズの。後三つ下さい」一実は飛鳥に言い直す。「これ絶対美味しいから、食べてみて」
齋藤飛鳥は、それをさらに小さく切り分けてから、一口食べてみた。
「……んん、美味しい」飛鳥は口元を手で隠しながら言った。「ステーキじゃないね」
「はい、どうぞー」
屋台の店員から三皿のターフェルシュピッツが届いた。
「見た目はステーキに見えるんだけど、実は煮込み料理なの!」一実は眼を輝かせながら言った。「ね、美味しいよねなぁちゃん!」
「うん。美味しー」七瀬は微笑んで言った。
与田祐希も一口だけ食べてみる。「んー! うんふう!」
山下美月も一口食べてみた。「……うん、あおーいしー!」
「実はこのお店呼んだの、俺でしたー」夕はピースサインで一実に言った。「かずみんが好き好きって普段から食べてるの知っててさ」
「あーそうなの!」一実ば顔を美しく歪めて夕に言う。「ほんとありがとう! 大好きなんだよこれ……、なーんで屋台にあるの! て驚いてた!」
「私も一個もらおう」飛鳥は店員にターフェルシュピッツの小を一皿注文した。「これは、美味しいよ」
「なぁちゃんの為の冷やし中華とソーメンの屋台もあるよ」夕は七瀬に微笑んで言った。「もう見つけた?」
「まだ、えあるん?」七瀬は顔を驚かせる。
「あるよー。トッピング自由なやつが」夕はにこやかだった。「探してみるといいよ。夏はやっぱりあれだよね!」
風秋夕はふと先の景色にかき氷の屋台を見つけて、走った。
色々なトッピングや酒類がある中で、風秋夕は宇治金時とあんこの練乳かけを注文した。
それをそっと持って、人の波に見つけた大園桃子に声を掛ける……。
「桃子ちゃん」
「わっ、びっくりしたあ」
「桃子ちゃん、これ、さっきのごめんの続き……」夕は苦笑しながらそう言って、桃子にかき氷を手渡した。「俺が一番好きなかき氷なんだ」
「え、美味しそう。くれるの?」桃子は眼をまん丸くして夕を見上げた。「ありがとー。許す許すー、こんなんだったら、もっとケンカしてもいいよ。ふふ、それは嘘だけど」
「あ!」
磯野波平は風秋夕に眼(がん)つけながら、その場に立ち尽くす。その手には串に刺された焼き魚があった。
「ヤマメの塩焼き……」磯野は桃子に、ん、と差し出す。
「今桃子ちゃん両手ふさがってんだろ」夕はそう言ってから、桃子からかき氷を一度受け取った。
「口の中が寒い……はあ」桃子は切ない眼差しで、口を半開きにして言った。「お魚ちょうだい」
「おお!」磯野は嬉しそうに、桃子へとヤマメの串焼きを手渡した。「熱いからな、桃ちゃん……」
「んん!」桃子は思い切り眼を瞑(つぶ)った。「ふわっふわしてる。あったかい!」
風秋夕と磯野波平は次の瞬間、何の前触れもなく、ハイタッチをみせていた。
お祭りの『東京音頭』が終わると、夕焼け色に染まっていた屋台の並ぶフロアが、ゆっくりと水色のフラッシュライトの明滅を始めた……。
流れてきた音楽は『逃げ水』である。
いつの間にか、やぐらの下にて、風秋夕がマイクで皆に中央に集まって欲しいと告げた。
ぞろぞろとざわつきながら、風秋夕の立つやぐらの前に皆が集められると、風秋夕から乃木坂46ファン同盟の五人を代表として、短いコメントがあった。
「純奈ちゃん、みり愛ちゃん、そして桃子ちゃん」夕はマイクで話しながら、皆の中から三人を見つけ出した。「卒業、おめでとうございます。少し、前に出てきて下さい」
「なにこれ~」純奈は笑いながら移動する。
渡辺みり愛も口元を笑わせて移動していた。
「え、何ぃ?」桃子も、恐る恐るで、前に集まった。
風秋夕からマイクを受け取った稲見瓶が、伊藤純奈に言う。
「純奈ちゃん、乃木坂としての純奈ちゃんも、伊藤純奈としての純奈ちゃんも、面白くて、とても素敵で、大好きでした。ありがとう。受け取って下さい」
「ありがとう……えー」
伊藤純奈が稲見瓶から受け取ったのは、鮮やかな色合いの大きな花束だった。
次に、稲見瓶からマイクを受け取った磯野波平が、渡辺みり愛に告げる。
「みり愛ちゃん、みり愛ちゃんはさあ、途中っからおもしれえって事がわかったよな。それからのみり愛ちゃんはガチで、誰よりも面白かったぜ。受け取ってくれよな」
「え、あり、がとう」
渡辺みり愛が受け取ったのも、これまた見事にい色鮮やかな色彩の大きな花束であった。
最後、磯野波平からマイクを渡された風秋夕は、大園桃子に言葉を贈る。
「逃げ水が好きです。それと同じくらいに、桃子ちゃんの事が大好きです。アイドルを知らずに乃木坂になった天才アイドル大園桃子ちゃん、その偉大な存在は忘れません。受け取って下さい」
「ありがとー」
大園桃子が受け取ったのは、大きめのオシャレな花瓶に入れられたドライフラワーであった。
やがて『逃げ水』が終わると、また先程と同様の『東京音頭』になった。ふんどし鉢巻の男が大太鼓を鳴らす。
「さあ、お祭りの続きだ」夕は三人に言う。「純ちゃん達は、そっちのソファにとりあえず花置いときなよ。後で自室に飾ってくれたら嬉しいかな」
「七瀬ぇ、桃子が持ってたかき氷、どこにあるか知ってる?」純奈は眼の色を変えて七瀬に言った。
「知らなぁい」七瀬は首を振った。
「桃子にきけばいいじゃん」みり愛は言った。
「あ、私わかります」駅前はおどおどしながら純奈達に言った。「射的の、もっと奥の方にあります、確か」
「やったー」純奈は嬉しそうに歓喜する。「かっきごっおり!」
「では、皆さんの花束を、私がソファまで運びますね。先にかき氷屋さんまで向かって下さい」
「いいの?」と純奈。
「すごーい、ありがとう駅前木葉」とみり愛。
「ふふ、笑止!」と駅前。
駅前木葉は、許容オーバーな量の花束を、ゆっくりと、がにまたで運んで行った。
「よい、しょっと」荷物を下ろした駅前は、ソファに腰を下ろした。「あれ、皆さん、お祭りの方はいいんですか?」
「アイス・コーヒーないんだもん」飛鳥は通常のテンションで駅前に答えた。「ちょっとごみごみしてるし」
「桃子も、座って食べたくて」桃子はヤマメの串焼きを持ちながら、はにかんで言った。宇治金時のかき氷はテーブルに置いてあった。
「はー、ちょっと休憩」祐希は伸びをした。
「与田、今日あんま食べてなくない?」美月は祐希に言った。
「え、めっちゃ、食べてるよ」祐希は美月を見る。
「嘘」美月は微笑む。「私も、めっちゃ食べてる」
「お肉系とか、ご飯系とかばっかり食べちゃってる」祐希は罪悪感を顔に出して言った。
「いいなー、飛鳥さんはそんなに細くてー」美月は飛鳥に言った。
「細くねーわ別に」飛鳥はアイス・コーヒーをテーブルに置きながら言った。「やまだって細いじゃーん。ぞのっちだって細いし。よだっちょだって細い」
「与田ちゃんって、お胸がとても大きいのに、しっかりと綺麗なくびれがあるんですよ!」駅前は興奮気味にしゃくれて祐希に言った。「いやあー、ほんっとうに、しゅごい! 奇跡のナイスバディ!」
「いえいえ」祐希は苦笑した。
「桃子さんはとにっかく、黒髪が綺麗で、いっつも見とれるんです」駅前は興奮して桃子を見つめる。尚、あごがしゃくれている。