BUDDY 4
親兄弟というものとは違い、かといって親友というわけでもなく、今となっては師弟というのもどこか嵌まりきらない。ならば、我々の関係性は? と鑑みるに、やはり相棒《バディ》というのが相応しいとアーチャーは思う。
(まあ、この先も、こうして長い時間をこいつと過ごすのだろう)
そんなふうに呑気に思っていた。
だというのに…………。
その日、食糧支援のトラックが訪れる地までは遠いため、アーチャーは単独で食糧を調達に出た。
士郎もともに行こうとしていたが、その身には休息が必要だと判断した。怪我や病気ではないのだが、連日、気を引き締めているために、士郎はまともな睡眠が取れていない。
「お前はガキの相手でもしていろ」
紛争地帯の中ではあるが、激戦区域からの避難所のようになっている建物跡地で、子供たちに囲まれている士郎にそう言い残し、アーチャーはさっさと出発した。
サーヴァントであれば日帰りができる道程を、士郎がともに行くとなると強行しても一昼夜はかかる。このところ無理をしていた上に、体力が落ちはじめている士郎がアーチャーについて行くのは難しい。
歳をくったな、と言えば、士郎は子供のように怒っていたが、実際、加齢というのは否応なく人間に訪れるものだ。
(いつまでも若くなどいられない、とは、わかっているが……)
こういう生活があとどれくらい続けられるかはわからない。ただ、それほど長くは無理だということが、アーチャーにはわかっている。
「そろそろ日本に戻る時期かもしれないな……」
ここ最近、アーチャーは士郎と帰国することを考えはじめていた。今夜にでも話してみようと食糧を携え、避難所に戻ったアーチャーを出迎えたのは、瓦礫となった壁の作る日陰に腰を下ろしている士郎だった。
「遅くなった」
「おかえり」
「ああ、ただいま」
何気ない応答をして、フードを下ろす。
士郎はこちらを眩しそうに見ている。
どうかしたのか、と口を開きかけたアーチャーは、がつん、と頭を殴られたような衝撃を受けた。
――――終わりにしようか、アーチャー。
物理的に殴られたわけではない。だが、士郎が発したその言葉は全身を硬直させるほどの威力を持っていた。
微笑を浮かべる士郎は、どこか神々しささえあり、口を開くことができない。いや、口を開いたとしても、頭の中が真っ白で、ろくに言葉が紡げない。
やがて、なぜだ? という疑問ばかりが浮かぶ。
何か不備をしただろうか、と考えるも、そんなことで士郎が契約を終えようとは言わないだろう。いや、そもそも、終わりにしようとはどういう意味なのか。ここにいることを終わりにするという意味かもしれないではないか。
「し、士郎、それは、」
動揺してうまく舌が回らない。
「アーチャー、もうやめにしよう。俺はアンタからたくさんのことを学んだ。アンタも惜しみなく俺を導いてくれた。こうして望む通りに生きていられるのもアンタのおかげだ。だから、契約を解除しよう」
淡々と説明されて、やはりそうか、と残念でならない。
だが、どうして残念だと思うのか、アーチャー自身わからない。
「お前は、私の相棒《バディ》だろう?」
「え……?」
「老いさらばえて、終の住処で、お前は…………っ」
「……うん。でも、もう、いいだろ?」
爽やかに笑う士郎は、確かにアーチャーが思い描いた、己とは別の衛宮士郎の姿だ。だが、納得できない。こんな紛争地でお別れだと言う士郎の無神経さが信じられない。
せめて日本に戻るなり、帰国の途につくなりしてからでいいだろう、と喉元まで出かかっている。しかし、アーチャーはそれをぐっと堪え、静かに声を絞り出した。
「……私に、選択権は、ないからな」
明らかに怒気を含んだ厭味になってしまい、さすがに士郎も腰を上げた。
「あ、あのっ、きゅ、急で、悪い! その、ずっと考えてはいたんだけど、なかなか言い出せなくて、」
「了解した」
言い訳など、聞きたくはなかった。
まだ何か言おうとしている士郎に背を向け、持ったままだった食糧に気づいて足元に置き、瓦礫の中を跳んでその場を後にした。
“アーチャー”と呼ぶ声が聞こえたが、振り返る気はなく、また、そんな必要もないと判断した。
士郎とは契約を解除するのだ、あの場に留まっていても仕方がない。あとは士郎が勝手に契約を辞めればいい話だ。アーチャーは何をすることもない。
「ハッ、こんなものか!」
短くはない年月をともに過ごしたというのに、終わりは存外あっさりしている。避難所から数キロ離れた廃墟で足を止め、アーチャーは立ち尽くす。
「私はアレに何を望んでいたのか……」
士郎が穏やかに過ごす姿を見たいと思わなくもない。この数年はずっと紛争地を渡り歩いていた。日本に帰ったのは、もう五年近く前のことだ。
確かに魔術も魔力も一人前になった。もう何も教えることはないと胸を張れる。したがって、いつかはこういう日が来ると、アーチャーにはわかっていた。だが、契約を終えるにしても、こんな場所ではないだろう、と勝手に思いこんでいたのだ。
契約を続けるか辞めるかは士郎次第だというのに、アーチャーはなんらかの相談があるとか、何かしらの打診があるはずだろうと思っていた。
裏切られた気分になるのはどうしてか。
マスターの決めたことに従わなければならない身の上を歯痒く思うのはなぜなのか。
「だが、どうしようも――」
はっとして振り返る。数キロ先の避難所へ目を凝らす。微かな火花が鷹の目に捉えられる。
「士郎っ!」
矢よりも速く、自身のすべてをかけて、今来た距離をアーチャーは駆けた。
祈る。
ただ、間に合え、と。
だが――――、赤い飛沫が散り、身を貫いた幾つもの銃弾が赤く染まって瓦礫に埋まる。その光景を一歩及ばなかったアーチャーは見ていることしかできなかった。
倒れていく士郎を抱き留めたときには、呼吸はか細く乱れ、血は止まらず、埃にまみれた暗い色の衣服はさらに黒く染め抜かれていく。すぐさまその場を跳び退り、銃撃の最中から逃れた。
致命傷であることは、ひと目でわかる。魔術師でありながら蜂の巣とはどういうことだと憤るも、おそらく、頸動脈を貫いた弾が一発目で、魔術を使う間もなく、士郎には何もできなかったのだ。
「士郎、目を……、目を開けろっ!」
祈るように声を絞る。細い息を吐く唇から、微かに声が漏れている。
「アー……チャ……」
「士郎っ!」
僅かに開いた瞼から琥珀色が見える。何か言おうとしているのがわかり、耳をそばだて、読唇を図る。
“ごめん”
震える唇の動きは、謝罪だった。
何度も唇を動かして、どうにか、ひと言呟いた士郎は、満足したように笑っている。
(なぜ、笑う……っ!)
こんなときに、どうして笑うのか。
なぜ、己を責めないのか。
サーヴァントのクセになぜ守れなかったのかと罵ればいい。だというのに、士郎は微笑を浮かべているだけだ。
止血してどうにか治癒をと思うのに、複数か所から流れ出る血を止めたところで、もうこの命は取り戻すことができない。魔術であってしても手遅れだということがわかる銃創だ。