BUDDY 4
大人になって、ガキ臭い反発心が解消されたのだろう、とアーチャーは深く考えもしなかった。
“最近”ではそれが普通であったので、今になって素直な態度を疑問に思ってしまう。あんなに反発していたのに、と。
おそらく、それは、視覚的なことが作用しているために、仕方のないことだ。何しろ、士郎の容姿は…………、
「どうしてここに……、いや、それよりも、小さい……。なぜだ!」
「ち、小さい、言うな! 俺だって知らねぇよ!」
士郎の姿は、死んだときの姿ではなく、高校生の頃と変わらないのだ。アーチャーが出会った当時の士郎を思い出すのは無理もない話。
「俺、死んだんだよな? でも、なんか、気づいたらココでさぁ。とりあえず、アーチャーを探そうって思って。きっと丘の上にいるだろうなって歩いてきたんだけど……。なんでココに来たのかは……、うーん、たぶん、俺が願っちまったからだろうな、と思う……」
申し訳なさそうに上目で言い訳をする士郎に、アーチャーは小首を傾げた。
「願う、とは?」
「あ、いいいい、いや、な、なんでもない! 願ったっていうか、その……、えっと……、ま、まだ、修行が足りないっていうかさ……」
慌てて取り繕っているように見える士郎に、アーチャーはため息をこぼす。
「終わりにしようと言ったというのにか?」
「あ、う……」
「勝手な奴だ」
呆れてものが言えない、と深い深いため息を何度も吐くアーチャーに、士郎は眉を下げる。
「ごめん……、め、迷惑……、だよな……」
しゅんと肩を落とした士郎に、アーチャーは内心首を捻っている。
なぜ、謝るのか。
なぜ迷惑をかけていると思うのか。
(いや、それよりも、なぜ、私は……)
この状況を悪くないと思ってしまっている己が、一番の疑問点だ。
この座に来るということは、輪廻の輪から外れ、もう二度とその魂は人間として生まれることはない。ずっとこの英霊の座に押し込められることになるのだ。
それがどんなに不条理なことか身を以て示してきたつもりであったが、アーチャーの努力は無駄だったと証明されてしまったようなものだ。
士郎を導いたつもりだったというのに、士郎に英霊となる道を選ばせてしまったことに憤りを隠せない。いや、独自の英霊というものであるならば仕方がないと無理やりにでも納得しただろう。だが、士郎はアーチャーの、英霊エミヤの座にやってきたのだ。まるで“ご近所さん、これからよろしく”のごとく。
「はあ……」
またしてもこぼれ出たため息が、やたら大きく深くなる。
だが、正直、アーチャーは士郎に再び会うことができて、うれしいと感じていた。
迷惑だなどと、思いもしなかった。
守りきれなかった存在が、今、目の前にいることに、どうしようもなく歓喜している。
「ごめんな、その……、ココから出ていく方法って、わからないから、とりあえず、アーチャーの目の届かないところでじっとしてるよ……」
くるりと背を向けた士郎に、咄嗟に手を伸ばす。
「わ! なに? アーチャー?」
腕を掴まれた士郎は、訝しげに振り返る。
「どこに行くつもりだ」
「どこって……、えっと……」
答えなど士郎に出せるはずもなく、士郎の視線は下へと向かう。
「ここにいればいい」
何故だか抱きしめてしまって、アーチャー自身、何をしているのか、と困惑を来していた。
「あの…………」
硬直した士郎の背を撫でれば、次第に強張りが解け、背中にそっと手が添えられる。
(何をしているのだろうか、私は……?)
感動の再会ということなのだろうが、違和感を拭えない。そもそも、感動する意味すらわからないのだから。
かたい絆で結ばれたとか、親愛を互いに示していたとか、ありえない話だが愛し合っていたとか、そういう関係ではなかった士郎と、場所柄は問題があるが、再会できたことをさいわいだと思っている。そして、うれしいと思っている。
アーチャーは、この感情をどう説明すればいいのかがわからず、士郎を抱きしめることしかできなかった。
(身体が勝手に動いた、とでも言えばいいのだろうか……?)
そう言い訳すれば説明がつくのだろうかと、そんなことを考えていた。
どこかに身を潜める必要もなく、アーチャーの座にいる許可を得た士郎は、どことなくうれしそうにしていて、ソワソワと落ち着かない様子を隠すこともせず、あたりを見回している。
「なんだ?」
「え? あ、あの、剣が、いっぱいあって……」
好奇心が爆発寸前なのか、士郎のワクワクしている様子が手に取るようにわかる。
「見てこい」
「え? いいのか?」
「別段、止める理由もないだろう」
「そっか、ありがとう!」
さっと駆け出した士郎は、アーチャーの目の届くところに居ようとしているのか、時々振り返りながら距離感を測っている様子が見て取れた。
「ガキか……」
呆れながら呟くアーチャーだが、悪い気はしない。剣が好きなのはエミヤシロウに共通する感覚だ。
(士郎も、似たり寄ったりの結界を持っているだろうに……)
同じような心象世界を内包しているはずの士郎が、アーチャーの剣の荒野を見て興奮している。なんとなくアーチャーの気分が良くなるのは、仕方がないことなのだろう。同じ世界を持つものとして、共感するものがあり、互いにしかわかり合えないことがある。
ウロウロと散策している士郎は荒野に突き立つ剣を一つ一つ眺めては、その前にしゃがみ込んでじっくりと観察したり、引っこ抜いてこっそり構えてみたりと、わかりやすくはしゃいではいないが、子供のように純粋な興味をそそられているようだ。
気まずさはいまだに拭えないままだが、アーチャーの困惑も少し落ち着きはじめ、よくよく士郎の姿に目を向けて絶句した。
「なんっ……」
それ以上の言葉が出ない。
(なんだ、あの、キワどい服はッ!)
士郎が着ているものに遅ればせながら視線を注ぎ、アーチャーは目を丸くしたまま言葉を忘れてしまったように静止している。
士郎が意図したわけではないと理解はできているので、なぜだとか、どういうことだ、と士郎に訊くことはない。
わかるはずのない疑問は山ほどあるが、それにも増して、アーチャーには許しがたいその格好に対して、どうにかしておきたい、という気持ちが湧き上がる。
(その服は、なんだ! いったい、どういう作りだ!)
言葉にはしないが、頭の中ではそんな言葉が何度も繰り返されている。
黒いラバー素材に似ているが、それは布というより帯状のものである。一見、アーチャーの黒い装甲と似通っているが、よくよく見れば、全く違うものだということに気づく。
何しろ、チョーカーのように首に巻きついた帯状の部分から伸びるように幾本かの帯が連なっている。そしてチョーカー部分の顎下にはアーチャーのものと似た四角い金具があるだけだ。他はすべて黒い帯状のものが士郎の身体に巻きついている。
「身体に沿って帯状のものが巻き付いた状態……、ミイラか? いや、ミイラならまだいい、全身をくまなく覆っているのだから……」
だが、士郎の着ている物は、明らかにミイラを基準とするならばおざなりすぎる代物だ。