BUDDY 4
その隙間はなんだ、とアーチャーは問いたい。チラリズムでも推奨中なのか、と頭を抱えたくなる。
(どういう作りだ…………。そんなもの、歩いているうちにずれて、解けてしまうだろうが……)
その装束に対しての問題点をいくつもピックアップしながら、アーチャーの表情はまったくの無である。そして、無言のまま、士郎の方へと足が向く。
ジロジロ、ジー……、とアーチャーは士郎の格好を矯めつ眇めつ眺めているが、特段、怒っているわけでも笑っているわけでもない。
一方の士郎は、しかめつらしい顔をしているアーチャーが近づいてきて、何も言わずに、ただただこちらを見ているのを感じ、小さくため息をついていた。
やっぱり、おもしろくないんだろうな、と、まったくの勘違いをしながら、アーチャーの視線を一身に受け取っている。
穴が開くほど不躾に見つめた士郎の着けている帯状のものは、肘の先から指の付け根にかけては隙間無く肌を埋め尽くしていた。脚の方も膝下から指の付け根までに巻き付いていて、こちらも隙間が無い。
(手足は隙間がないくせに、胴に近い部分は隙間だらけとは、いったい、どういう了見だ!)
ますます険しくなるアーチャーの顔に、とうとう音を上げた士郎は、おずおずと歩み寄ってきて訊ねる。
「アーチャー、あの、俺、何かしたか?」
頭の中で葛藤を続けていたアーチャーは、ようやく口を開く。
「その服、は……、いっ、たい……」
うまくしゃべれないまま、辿々しくアーチャーは訊いた。
「服? あ、これ? 気づいたら、こんなだった。概念武装か?」
「オレに訊くな」
やはり士郎にもわからない様子だ。
(意図してのことだったら、正座させて説教だ、たわけ)
「なんか、変かな?」
自分で身体のあちこちを確認しながら、士郎は身体を捻ったりして確認している。その度に隙間から黄白色の肌が見え、無駄なたわみがない分、腰骨の出っ張りが見てとれ、アーチャーは、またしてもため息をこぼしてしまう。
「……やっぱり、変か?」
不安げに揺れる琥珀色がアーチャーを映している。
「……それは、誰かに見せるためなのか?」
「え……?」
「そんな悩ましい格好、襲って下さいとでも言いたげだな」
「お、おそっ?」
そういう意味でおかしな格好なのだとようやく気づいたのか、士郎の顔が一気に朱に染まった。
「ち、ちがっ、ちがうっ! こ、こんなのっ! 俺、全然、し、知らない、しっ」
「まったく……」
慌てふためく士郎に投影した生成りの外套を、ばさり、と被せ、顎下の金具に指先を触れる。
「あ、あの、アーチャー?」
「これは、私のものと似ているな?」
ニヤリ、と人の悪い笑みを浮かべれば、カッとなって噛みついてくるかと思えば、士郎は瞳を揺らして俯いた。
「ほ、ほんとに、知らな……くて、」
怒られたとでも思っているのか、士郎は肩を竦め、縮こまっている。予想とは違う反応に動揺したアーチャーは、さらに意味不明の行動に出た。士郎の胸元を横向きに覆う帯の隙間に指先を入れて、クイと引く。
「へあっ?」
「こんな、ゆとりのない生地で、動きづらくはないのか?」
伸縮性のある生地ならば問題がないが、フィット感もあまりなさそうな感じに見える、と生真面目な顔で士郎に問う。
「あ、あう、わ、わか、らな……」
「擦れて皮膚が傷つくのではないか?」
すい、と指を引き抜き、アーチャーは首を傾げた。
「さ、さあ? は、走っても、なんとも、なかった」
何やら目を白黒させている士郎は、どうにか答えている。自分の行動が由縁だとは気づきもしないアーチャーは、少し呆れつつ、士郎のうろたえように笑いがこみ上げてきた。
「まあ、概念武装であるなら、問題はないのだろうがな……」
笑い含みで言いながら、この服はいったいどうなっているのかと、さらなる好奇心に突き動かされたアーチャーは、士郎の首元の金具の下から指を差し込み、上へずらそうとした。
かちり。
「ん?」
小さな音とともに、金具が浮く。
「え?」
士郎にも予想外のことだったようだ。
ずる、と緩んでほどけた帯状の概念武装。いや、これのどこが武装だ、と通常のアーチャーならばつっこんだだろう。だが、アーチャーは今、混乱している。
「…………こ……れは……」
黒い帯はだらりと垂れ下がり、その用途を果たしていない。
「これが、留め具、なのか……?」
呆然と呟くアーチャーに遅れて、士郎がようやく現状を把握したようだ。
「う、うわわわわわっ!」
短く叫び、しゃがみ込んだ士郎は生成りの外套を引き寄せた。
「すまん……」
アーチャーは、意図してのことではなかったので素直に謝り、そうしてバツの悪さから率直な見解を示す。
「その金具になんらかのスイッチ的なものがあるようだ……、その、大丈夫か?」
「う、うん、だ、だい、じょぶ。べ、べつに、あ、あやまんなく、ても……い、から……」
そう言われても、耳まで赤くしてしゃがんでいる士郎を見ていると罪悪感に苛まれる。
「おかしな趣向だな……」
士郎が望んでこんな概念武装を選んだとは思えないし、こうなってしまったものはしようがない。だが、
「……ごめん」
士郎は上目で謝り、心底反省した顔をしている。
「お前が謝る必要などない」
「でも、不愉快だろ……」
立ち上がった士郎は、生成りの外套を身体の前で合わせて、ぎゅっと握っている。
「お前のせいではないのだろう?」
俯いたままで、いまだに頬を染めたままの士郎の頭に、ぽんと手をのせた。
「留め具には触らないようにする」
反省を口にすれば、こく、と頷いた士郎はようやく顔を上げた。
「……で、だ」
「うん?」
「それは、元に戻るのか?」
「うーん……、どうだろう?」
外套の裾から垂れ下がっている幾本の黒い帯をアーチャーが指させば、士郎は首を捻っている。
「ああ、まあ、そうだろうな」
予想通りの返答だとアーチャーは片眉を上げた。
「だから、悪かったって」
「べつに謝ってもらいたいわけではない」
先ほどからこのやりとりを何度繰り返しているのかと、アーチャーは嫌気がさしてきてしまう。
士郎は、この座に来たことを悪いことだと思っているようだ。だが、士郎にはどうすることもできないことだったはずだ。
己のように、生前に世界と契約を果たしていたわけでもない。何かの間違いか、何かしらの力の影響力が働いてこうなったと見るべきだろう。
したがって、士郎が謝る必要などないのだ。生前のように、売り言葉に買い言葉で言い返してくればいいというのに、急にしおらしくなられては調子が狂う。
(だが、まあ、とにかく……)
ここに突っ立っていてもどうしようもないので、アーチャーはいつも居る、台座のようになった岩へ戻ることにする。どこにいてもさして変わらない景色だが、見渡せる限りの荒野を見下ろし、腰を下ろすことのできるその岩のある場所が己の居場所だと思っている。
歩き始めたアーチャーは台座の岩へと戻っていく。ふと、なぜ士郎の声が聞こえたとき、あんなふうに駆けたのか、と今ごろになって疑問が募った。
(アレが現れたからといって、何が変わるわけでもない。だというのに、なぜ私は…………?)