BUDDY 4
答えない士郎に痺れを切らしたのか、アーチャーは台座の岩へと歩き出す。そう歩くこともなく、目的の岩へ着き、そこに腰を下ろしたアーチャーは、士郎を見上げてきた。
鈍色の瞳は、疑念と苛立ちに満ちているように見える。
「なぜ、いきなり、終わりにする、などと言い出した。何か理由があるのだろう? お前は、私とは違う先行きを見せると約束した。あれが、あの紛争地がそれなのか? ならば、お前と私の行き着いた先は、たいして変わらない。あんなものは、私にとって日常茶飯事と言っても差し支えがない。お前にとっては非日常なのかもしれないがな」
「ち、違う! あそこじゃなくて、」
「何が違う。お前はあそこで終わりにしようと言った。あれが終着点ではないのか? まさか、終わりだと言っておいて、まだ道半ばだったとでもいうのか?」
「当たり前だ。あんなところを目指してたわけじゃない」
「そうか。では、なぜ終わりだと言った?」
「っ、それは……」
どう説明すればいいというのだろうか。
士郎は途方に暮れてしまう。
アーチャーと交わした、大事な約束を反故にしたということはわかっている。士郎は自身に非があると知っている。“アーチャーとは違う先行きへ導く”、士郎にとっても何より大切なアーチャーとの約束だった。
「どういうことかと、訊いているのだが?」
催促するようにアーチャーが冷たく問い質してくる。
「それは……」
「それは?」
真実を言えば、おそらくアーチャーは自分を軽蔑するだろう。いや、そこまではいかなくても、やはり壁を作られてしまうと予測できる。今まで培ってきた信頼をすべて失ってしまうことは、わかりきっている。
(苦しかったんだ……)
それを言ったところで理解はされない。
アーチャーを想うことが、もう耐えられないくらいに苦しかった。だから、辞めたいと思ったのだ。ただ、あんなふうに言い合いをするのではなく、きちんと話し合うつもりでいた。それが結局、話し合う間もなく銃撃に遭い、こんなことになっている。
(好きになった、なんて言ったら……、この場でみじん切りにされるだろうな……)
アーチャーにとって士郎がこの場にいることは、間違いなくイレギュラーな事象だろう。そして、士郎はここに居ても居なくても、なんら問題がない。
アーチャーは守護者が二人になると言っていたが、そんなことはありえない、と士郎にはわかる。生前も死後も、士郎はアーチャー以外に何とも契約を結んだ覚えがないからだ。
だから、アーチャーがいれば、この座は成立するのだ。士郎の存在の有無など何も関係がない。したがって、士郎は自棄になってアーチャーに消されてもいいのだ。消滅したとしても、なんら責任はないのだから。
はぁ、と一つため息をこぼす。そうして、怒られることを覚悟で口を開いた。
「もう、一人前かなーって」
「…………」
ぽかん、として、開いた口が塞がらないアーチャーを見下ろし、バツ悪く笑みを浮かべる。
「投影も、それから、いろんな経験も。アーチャーに全部教えてもらった。だから、もう教わることがないなって」
「…………それで、お役御免と、あっさり私を切り捨てるつもりだったのか」
きゅ、と鳩尾あたりが絞られる感じがして、士郎は外套の中で腹を押さえる。
「き、切り捨てるなんて、そんな大それたこと、できるわけないだろ。だから、終わりにしようか、って、」
「相談しようとしたと言うのか? ならば、もう少し時と場を考えればよかったのではないか? ああ、まあ、必要がなくなったから、契約を切ろうとしていたのだったな。一人前になったのだから、当然か」
「…………ちが……、そ、そうじゃな――」
「だが、残念だったな。顔を見ることもないと思った奴のいるところに来てしまうなど」
フイと顔を背けたアーチャーは、もう話すことはないとでも言うように口を閉ざした。
追い続けた理想は手の届くところにある。だというのに、士郎には手を伸ばすことなどできない。明らかにアーチャーの不興を買った。ずきずきと胸が痛む。だが、本当のことなど口が裂けても言えない。
「そ…………っ、そ、そうだよ! ほんっと、ビックリだ。アンタの座に転がり込むなんてさ!」
必死に脳天気を装い、明るく言えば、そうだな、となげやりに同意するアーチャーの低い声が聞こえる。
「な、なあ……、あの、なんで、俺、ここにいるんだろう?」
もうここまで不興を買ったなら、とことん嫌われてやろうと士郎は疑問に思ったことを訊いてみる。半眼でこちらを睨みつけながら振り向いたアーチャーは、
「知るか!」
と、にべもない。
「なんだー、アーチャーにもわからないのかぁ」
大仰にため息をつき、士郎は肩を落として見せた。
「フン。ならば、お前には、自分がなぜここにいるのか、見当がつくのか?」
「いや……、たいして思い当たらないな……」
士郎にもわかるはずがない。何しろ、人生を終えて目を開けたら、剣の荒野にいたのだから。
「お前も大口を叩ける立場ではないな。……ああ、もしかして、何か願ったりはしたか?」
鼻で笑いながらアーチャーは訊くが、士郎は首を振って否定する。
「そんなことしてない。でも、」
「でも?」
「こ、心残り……っていうか……」
「心残り?」
「きちんと謝れなかったし、アーチャーの了承も得ないままだったし、えっと……」
案外とするする言い訳が口から出てくる。
「そんな、怨霊みたいなものと同じにするな」
それっぽい理由を口にしてみれば、アーチャーは思案顔で否定しながらだが、少し納得しているようでもある。
少し、胸が痛んだ。
(アーチャーは俺の言葉を信じてくれるのに……)
信じるどころか、アーチャーは士郎を信頼してくれている。それは生前から感じていたことだ。先行きの見えていない士郎を急かすことなく、アーチャーは士郎が自ら答えを見つけ出すのを待ってくれていた。
(いつも、俺の考えを聞いてくれて、俺に選択権を託してくれていて……)
だから、アーチャーは契約を終えようという士郎に従ってくれた。納得していないはずであるのに、アーチャーは士郎の選ぶ結論を受け入れようとしてくれた。
(なのに、俺は……)
はっきりと、正直にアーチャーへ説明ができず、胸苦しい思いに苛まれる。
「お前は、謝っただろう?」
「え?」
「死際に、ごめん、と言った。あれは、謝罪ではなかったのか?」
「あ……」
聞こえていたのか、と少しだけ胸を撫で下ろす。
「うん、そうだ。ごめんって、言った。勝手に決めてしまって、それに、あんなことになったのも……」
「…………まあ、お前が死んだことは、私にも責がある」
「アーチャーのせいじゃないだろ。俺が奴らに気づけなかっただけだ。それに、油断していたのもあるから、」
「お前を守れなかったことは事実だ。サーヴァントが契約主を死なせるなど、あってはならない話だろう。たとえ、すぐに契約を解除することになっていたのだとしても、契約が切れるまではお前が私の主だ。だというのに、私はお前の傍を離れ、その上、命まで――」
「ちょっと、待った!」
「む、なんだ」
「もう、やめよう。不毛すぎるし」
「だが、」