BUDDY 4
「人間の死は、いつだって唐突だ。だってさ、生きとし生けるものは、生を受けた瞬間から死に向かって歩いていくんだからさ」
「そういう言い方をするな。死ぬために生きると言っているようなものだろうが」
「大雑把に言えば、そうだろう? だけど、ただ死ぬためだけなんて勿体ない。生きている間に、たくさんやりたいことや、やらなきゃならないことをやり尽くさなきゃさ」
「……わかっているのならば、いい」
少しだけ、むっとしているが、アーチャーはそれ以上の質問はしてこない。そうして、
「ここにいるのだな?」
「え? あ、うん。俺にはどうしようもないし……」
「では、まあ、好きにしていろ」
「あ、はい……」
アーチャーは士郎の“居候”を本格的に許してくれるようだ。
話は終わった、とばかりにアーチャーは腰掛けた岩に後ろ手をつく。
はぁ、とずいぶん気の抜けた息を吐いたアーチャーに、どきっとする。。
「あ、あの……、えっと……?」
「お前も適当に過ごしていればいい。どのみち私は、守護者として喚ばれるまではすることもない」
「そ、そう、か……」
頷いて、とりあえずアーチャーから少し離れる。
適当にしろ、と言われても、剣が立ち並ぶだけの荒野で何をしろというのか。
士郎は、キョロキョロと辺りを見渡し、目新しい物など見つけられず、だが、その場にいつまでもつっ立っているのも不審がられる気がする。
それこそ適当に足を踏み出した。目的などないが、また立ち並ぶ剣を眺めながら歩く。
「あ、そうだ」
士郎は思い出したように踵を返し、アーチャーの許へ駆け戻った。
「あの、不束者ですが、よろしくお願いします!」
がば、と頭を下げ、士郎はアーチャーの返答を待つ。が、しばらく待っても何も言われない。不審に思って腰を曲げたまま顔だけを上げる。
まん丸に瞠目したアーチャーと、ばち、と視線がかち合った。
「アーチャー?」
その姿勢のまま小首を傾げれば、
「ック!」
アーチャーが破顔する。
「え?」
「くく……っ、お、お前なっ……」
笑い出したアーチャーは、言葉も満足に紡げないようだ。
何がそんなにおかしいのか、士郎にはいまいちわからなくて、ぽかん、とする。
「あのぅ……」
「そんな挨拶があるか、たわけ」
ようやくまともにしゃべれるようになったアーチャーは、笑いながら苦言を呈してくる。
「変だったか?」
「それでは、嫁ぎ先への挨拶だろう」
「え? あ!」
恥ずかしくなってきて片腕で顔を覆う。ちら、とアーチャーを窺うと、くつくつと、いまだに笑いがおさまらないようだ。
そんなアーチャーを垣間見て、士郎はうれしくなってくる。
士郎といるときのアーチャーは、基本的に表情が薄い。厭味な笑いや嘲笑ならば幾度も見たことはあるが、こんなふうに明るく笑っているのは珍しいのだ。
(遠坂もセイバーもいないのに……)
彼女たちと笑い合う姿を士郎は傍らで見ていた。今と変わらない、素直に笑う姿だった。
(俺の前でも、こんな笑い方してくれるんだ……)
座にいるという安心感のようなものなのだろうか、アーチャーはここでは素になるらしい。
(ココ限定だとしても、貴重な姿だよな……)
こんな姿が毎度見られるはずがない、と士郎は諦めている。今は、たまたまなのだ、と。
(期待はしない。生きていたときと同じだ。ここでも俺の感情に、進む先なんてありはしない……)
目の前で笑うアーチャーを遠くに感じて、士郎は泣きたくなるのを堪え、少しだけ笑みを浮かべた。
***
おかしなことになったな……。
そんなことを思いながら、荒野に突き立つ剣を引き抜き、それを矯めつ眇めつ眺めては、元に戻して地に突き立てている士郎を眺めていた。
何をすることもない、ここは、私の座だ。
荒野に突き立つ剣以外は何もない世界。
こんなところにやってくるとは……。
私と同じ理想の果てに辿り着かないようにと鍛えてきたはずだった。士郎もそんなつもりはなかったと言っていた。
やはり、あんな死に方をしたからだろうか……。
中途半端な状態で死を迎えてしまったから。
それに、心残りがあったとも言っていた……。
「どうしたものか……」
呆れながら呟いたとき、召喚の気配を感じた。
ずいぶん久しぶりに感じる、守護者の仕事のようだ。
「士…………、ああ、まあ、いいか」
一声かけた方がいいかと思ったが、そんな時間的な余裕がない。すぐに私は守護者として召喚されてしまった。
***
剣を眺めて歩くのは、それほど悪いものではなかった。
何をすることもないアーチャーの座で、士郎は荒野に突き立つ剣を、まるで博物館に来たように一つ一つ眺めて回っている。
ふと気になって振り返った。
台座のような岩にアーチャーは座っている。
(あんな感じなんだ……)
緊張もしていない、ピリピリもしていない、長閑な風景でも眺めているような姿。
その目に映っているのは剣の荒野だけれども、まるでアーチャーは草原で休んでいるような錯覚を見させる。
気が抜けている、と言えばいいのか、素の状態だ、と言えばいいのか。とにかく、何も気負っていない。
(ああいう姿を見られただけで、十分かも……)
ふ、と笑みをこぼし、士郎はまた剣を眺めて歩き出す。しばらく歩いて顔を上げると、
「あれ?」
そこに居たはずの姿がない。
「アーチャー?」
あたりを見渡してもいない。
「アーチャー、どこだ?」
座にいるときは、あそこにいるというようなことを言っていた。何をすることもない、と。
急に姿を隠して、驚かせようとでもしているのか、と士郎は考える。だが、アーチャーがそんな子供のようなことをするはずがない。
「アーチャー!」
少し声を張り上げて呼んでみたが、風の音がするだけで、返答がないし、姿も見えない。
アーチャーがいた台座のような岩に駆けてきたが、岩陰にも姿はない。
「どこに行ったんだ?」
だんだんと焦りが大きくなってきて、どこまで続いているのかもわからない荒野を右、左、と目を凝らしてアーチャーを探した。
そのうちに、その場にじっとしていられなくなり、士郎はなだらかな丘を駆け下りる。走っても走っても同じような景色で、やや不安になって振り返れば丘の天辺が見えている。
(大丈夫、あそこに戻ればいいんだから……)
そう自分を励まし、士郎はとにかく見える範囲だけでも、アーチャーを探そうと必死になった。
時間の経過も日夜の区別もないアーチャーの座では、どれほど走ったのかなどわからない。丘の天辺が砂塵に霞むようになると、士郎は少し引き返し、丘の天辺を左手に見ながら歩き出した。
丘の頂を中心に反時計回りに探しているつもりだが、どこが始点かなど判別できない。
「はぁ…………はぁ……」
息が苦しい。
足がもつれて何度も躓き、膝をつく。
(おかしい……。体力が落ちたみたいに、身体が重い……)
生前は丸一日歩き通しであっても膝をつくことなどなかった。ここでの時間はわからないが、それほど走り回ったわけではないと思える。
「……っ…………、はぁ……」