BUDDY 5
今度こそ、そんなふうに過ごそう、と決意を固めながら待つだけの時間は、ひたすらに長い。魔力が切れて、この座から自分という存在が消えてしまうかもしれないという懼れに慄きながら、いつ戻るとも知れないアーチャーを待っているからなのかもしれない。
「アーチャーにとっては、どうなんだろう、俺の存在って……」
訊いたことがない。
今回のことに限らず、生前からそういう大切な、核心に迫るようなことを、アーチャーと腹を割って話したことがない。いつも当たり障りのないことを話していたような気がする。それは、士郎だけではなくアーチャーも同じだった。
(淡々と事実だけを述べて、解決策を模索して、すべてをやり過ごしてきたんだ、俺たちは……)
今さら何をどう話し合うというのだろう。十年もの間ともに過ごしていながら、アーチャーが言うところの相棒《バディ》だという間柄でありながら、なんら互いに踏み込むことをしなかったのに……。
(それでもアーチャーは、いつも正しいと思う態度で俺に接してくれていた)
アーチャーの言葉も行動も、正しさにあふれていた。それに、士郎がアーチャーを師と仰いでいたからか、アーチャーは士郎に感情的に接することが少なかったように思う。
「感情的になったのは、たぶん……」
あのときだけだ。
士郎が終わりにしようと言った、あのとき。アーチャーは目を剥いて、掴みかからんばかりだった。けれども、アーチャーはそれ以上激昂せず、士郎の決定に従うと言って背を向けたのだ。
たくさん言いたいことがあったはずだ。裏切り者と言われても仕方がないと士郎も思っていた。
(それでもアーチャーは、俺の言う通りにしてくれようとしていた……)
ため息をこぼし、握り拳を膝に置く。
「全部、話さなきゃな……」
アーチャーがそこまで誠意を見せてくれているというのに、士郎は誤魔化してばかりで、一つも真実を語っていない。
どうして終わりにしようと言ったのか。
この座に来てしまった原因と思われる望み。
それから、どうして、アーチャーを好きになったのか…………。
「アーチャーにちゃんと話して……、そうしたら、」
消されるだろう、と苦笑いを浮かべた。
(そんなの、嫌だけど……)
いつも、魔力が足りなくなって意識を失っているか、動けなくなって岩の上に横たわっている士郎は、座に戻ってきたアーチャーに介抱されていた。
動くことができなくなり、どうにか意識を保っていたとしても、アーチャーの姿を認めた途端、ほっとして意識を失ってしまうことが常であり、長い孤独のあとに目を覚ますのは、決まってアーチャーの腕の中だった。
魔力がある程度戻って覚醒し、自身の状態に気づいたところで慌てて逃げるのも、何か意識しすぎているのではないかと思い、アーチャーに不審だと思われる行動を取らないようにじっとしている。
その上、アーチャーが介抱してくれているということがわかっているためにアーチャーの腕の中で文句は言えず、ただただ礼を言って、アーチャーが離してくれるまで士郎は待つしかない。
士郎には、自身の魔力量がどのくらいなのかを知る術がない。なぜ自分のことだというのにわからないのか、と、ため息ものだ。したがって魔力に関してはアーチャーに任せることにしている。アーチャーの言っていることは相変わらず正しいと思えるし、疑う余地もない理屈で埋め立てられている。
アーチャーとて、ゲージや目盛が見える特殊な目を持っているわけではない。魔力量の目盛があるのか、などと軽口を叩いた士郎はアーチャーに鼻で笑われてしまった。笑われて、ムッとしながら、ならばどうしてだ、と士郎が問い質せば、そういう特殊な目を持っているのではなく、士郎の様子で大体の想像がつくのだという。
(それって俺のことをよく見ているということなんじゃ……?)
何やら落ち着かなくなる鼓動を宥めすかして、士郎はそれを顔に出さないように努力をしなければならなかった。
結局、士郎はどのくらいアーチャーの傍にいればいいのか、という明確な数値を出せないでいる。時間を計る術のない英霊の座では仕方のないことだ。
そういうわけで、アーチャーから離れるのには許可が必要となり、畢竟、抱き込まれた士郎がアーチャーの腕から逃れることはできない。したがって、アーチャーに解放されるのを、いつも、おとなしく待っている。
その状況に心穏やかではいられない士郎は、かなり精神的に負荷がかかって困るのだが、それでも、士郎はアーチャーの還りを待っていた。
照れ臭いとか、緊張するとか、そういうのは、腹を括ればどうとでもなる。けれども、寂しさはどうすることもできない。
アーチャーがいないと、どうしようもなく寂しい。
奥底に沈めた想いが浮き上がってしまいそうで困るものの、アーチャーの近くにいられることは、士郎にとってはやはり幸せなことだ。
(生前にできなかったこんな時間の過ごし方を、今やってるなんて……)
まるで恋人同士のような距離感で過ごしている。そこに睦言やじゃれ合いはないが、アーチャーといた十年の間にも、こんなに近くにいたことはなかった。
(アーチャーにとっては魔力を供給するためのことだから、深い意味なんてないんだろうけど、俺には……)
とても貴重で、何よりも幸せだ。
こんな幸福な時間があるなど知らなかった。
けれども、その幸福は、士郎の言葉一つで脆くも崩れ去ってしまうものだ。
失うのは恐い。
アーチャーの傍に存在できるという特権を自ら放棄しようとしている己をどこかへ追いやりたい。
「でも…………」
ふ、と士郎は小さなため息をこぼす。
「でもさ……、アーチャーには正直に話さないと、フェアじゃないもんな……」
アーチャーは士郎を相棒《バディ》だと認めてくれた。
その重い枷は、ちょっとやそっとで外れるものではないけれど、とにかくこれを破壊するところからはじめなければ、士郎がここにいる意味はないと思える。
(そう、俺がこの座に来てしまったのは……)
アーチャーに真実を伝えるためだ、と思える。
(俺の、真実を……、俺にたくさんのものをくれたアーチャーに……)
ようやく士郎は、この座へ引き込まれた理由らしきものに辿り着いた。まだアーチャーには話せていない真実を、アーチャーが帰還したらきちんと話そうと心に決める。
「アーチャーが俺に向ける信頼と誠意に、ちゃんと向き合う」
行動に移すために、はっきりと言葉にして、士郎は自身を鼓舞していた。
はじまりは、ほんの些細な鼓動の揺れ。
聖杯戦争というものに巻き込まれ、最弱のマスターとサーヴァントであることから、戦闘はしないとアーチャーが決めた。
代わりに、限りある時間を惜しむように、士郎を鍛え上げた。一日のうちにアーチャーの顔しか見ず、アーチャーとしか会話をしないという日々が続いた。
最初は反発もあり、どうしようもない嫌悪感が邪魔をして口論になることもしばしばで……。士郎はアーチャーの達観した物言いに苛立ち、アーチャーは下手に出てやっているのに、という苛立ちを含み、態度にも言葉の端々にも、互いに嫌悪感を露わにしていた。