BUDDY 5
士郎はこのところ無口だ。不機嫌なわけではない。ただ単に、話題が見つからない、ということなのかもしれない。
しかし、何か考え事をしているようだと思える横顔をアーチャーは何度も盗み見ていた。
生前よりも小さくなった身体を丸め、片膝を抱き寄せ、ぼんやりと剣の荒野を眺めている。
その姿が寂しげに見え、アーチャーの脳裡に焼き付いていて、士郎が意識を取り戻していない間は、いつも士郎を抱きかかえてしまう。
(私は、どうしてしまったのだろうか……)
自分自身に疑問を浮かべ、首を捻った。
(こんなキスをして、苦しがるほど抱きしめて……)
あわよくば押し倒してしまいそうになる衝動を感じて、アーチャーは自戒の念を強くするばかりだった。
ある程度の魔力が補給できると、士郎の補給熱は少し落ち着く。雛鳥のような忙しない様子も、ぱたり、とおさまる。
アーチャーに縋りついていた腕から力が抜け、半醒半睡の士郎はくったりとしてアーチャーに身を預ける。あとは接触していればどうにか供給できる程度に回復したのだろう。
士郎がいまだに目覚めていないことを確認してから、いつものようにアーチャーは、士郎を抱えて至福の時間を味わった。
そのうちに士郎がもぞもぞと動き出し、やがて目を擦り、完全に目を覚ましたことがわかり、アーチャーがそろそろ腕を緩めておいた方がいいかと思った途端、ぐん、と、いつもの召喚よりもずっと重い感じで身体が引っ張られる。
「へ? う、うあ、な、なに?」
「む?」
士郎も同じ引力を感じた様子だ。なぜ士郎も? と首を傾げつつアーチャーは、ああ、そうか、と思い出した。
心当たりのある召喚に気づいた瞬間、士郎の肩を強く抱き寄せ、その頭を抱え込み、衝撃に備える。
「っく!」
「ぅわっ!」
突然の浮遊感から頭上に重力を感じ、真っ逆さまに落ちる。が、身体を反転して着地し、アーチャーは士郎を抱えたまま、飛んできた柱時計を、ひょい、と躱す。続いて重そうなチェストが倒れてきて、すい、と避ける。
どこかの室内と思しき中は嵐が吹き荒れ、家具という家具が飛び回っている。
「な、なに? なんだ、ここ、これって……」
「ああ、まあ、問題ない。すぐにおさまる」
「え? あの?」
「おさまると同時にお前は身を隠せ」
「あ、う、うん、わかった」
わけがわからないものの、聞き分けよく頷いた士郎は、目が覚めているというのにアーチャーに言われるがままだ。思わず頭を撫でてしまったアーチャーは、不思議そうに見上げる士郎から目を逸らす。ちょうどタイミングよく、ぐるぐると縦になって回転しているソファが揺れながら床に足を落とし、飛び回っていた家具が、ゴトンゴトンと落ちていく。
アーチャーは外れたカーテンを拾い、士郎に渡してソファの後ろに蹲るように示唆した。
「こ、ここで、いいか?」
「ああ、問題ない」
士郎がソファの背後に跪いたところで足音が近づいてくる。
「だ、誰か、こっちに来てる!」
「しっ! 声を出すなよ?」
慌てる士郎の頭を押さえ、アーチャーがソファに腰を下ろしたところで、ドアが勢いよく飛んだ。
(まったく……)
既視感に囚われながら、アーチャーは苦笑いを浮かべ、息を切らして部屋に突入してきた少女に相対した。
第五次聖杯戦争、開始前夜。
遠坂凛に召喚されたアーチャーは、迷ったものの、今まで経験した聖杯戦争と同じ対応で通すことにした。が、一つ、確実にイレギュラーな事象がある。士郎がともに召喚されてしまっていることだ。
(守護者の仕事には召喚されたことがないというのに……)
いったいどういうことなのか、とアーチャーは首を捻る。しかし、何もわからないし、これだという見当もつかない。聖杯からの情報など役にも立たず、とりあえず、凛には士郎のことを伏せておくことにした。この世界の衛宮士郎と瓜二つであることだし、混乱を招くだろう、という配慮だ。
(我々は二人で英霊エミヤ・シロウとなったのか? 召喚されるのも一緒ということは、二人で一人前、ということなのだろうか……?)
二人で一人前とは、聞き捨てならないが、士郎を座に置き去りにしなくていいという面で、アーチャーは賛成である。アーチャーが座に戻るまでに士郎の魔力が切れてしまえば、アーチャーの知らぬ間に士郎は消えてしまう。それだけは避けたいと常々思っているのだ。
守護者として召喚されているときは、いつも気が気ではなかった。士郎が消える前に戻らなければ、と、士郎が座に転がり込んでからは、でき得る限り、さっさと守護者の仕事を終わらせていたのだ。
(座にいる士郎を心配しなくていいとはいうものの……)
困ったことがある。
アーチャーが霊体化しているときはいいのだが、実体化すると士郎も実体化してしまう。実際に試してみたので間違いはない。念のため士郎に霊体になることができるかを確認したが、やり方すらわからないという。
そう言われて、ようやくアーチャーは、だろうな、と頷く。士郎がわからないのは無理もない話だ。霊体になるとか実体になるとか、人間にやれることではないのに、士郎ができるわけがない。
士郎は英霊ではないとアーチャーは考えている。おそらく、幽鬼や幽霊・死霊、そういった類に近い存在なのだろう、と今になってその正体をアーチャーは推察している。
座に在るときには気にもならなかったことだが、いざ現界すると、士郎という存在の不可解さが浮き彫りになってきた。
(いったい、こいつは……)
どういう括りになるのだろうか、と何度も首を捻る。
(いや、それよりも、今は喫緊の問題があるな……)
アーチャーは士郎の正体を云々することをやめて、現実問題に向き合わなければならない。
今、問題となっているのは、士郎をどう隠すか、ということだ。
聖杯戦争の最後まで隠し通せるとは思わないが、極力知られない方がいいとアーチャーは直感で感じている。こんな不確かな存在である士郎に、聖杯戦争などは務まらない。これまで培ってきた士郎との関係である相棒《バディ》と呼ぶには、あまりにも脆弱な存在である。ヘタをすると士郎が己の弱点になるかもしれず、無闇に表に出すわけにはいかない。
それに、二人の霊体と実体の状態が切り離せないのであれば、アーチャーと士郎はほぼ同一の存在であるということだ。そして、どちらかに何かが起これば、一蓮托生ということにもなりかねない。
しかし、一応はアーチャーが主体なのか、士郎は自分の意思で霊体になれず、アーチャーは、士郎を隠しておくのに苦慮しなければならないのだ。
召喚の儀式でめちゃくちゃになった遠坂邸のリビングを片づけながら、せっせと掃除に勤しむ士郎を見遣る。
座に在ったときと同じ、おかしな帯状の装束に、アーチャーが投影した生成りの外套をいつものように羽織っている。
アーチャーがたまたま士郎を抱えていたからなのか、それとも、聖杯の寄る辺には士郎とともに召喚されるべきという書き込みでもあるのか……。
はっきりしたことなどわからないが、とにかく、ともに召喚されてしまったものは、仕方がない。
「さて……」
そろそろ片づけは終わるが、夜が明けるまでには時間がある。