BUDDY 5
霊体のまま電柱を足場に次々跳ぶアーチャーを追いかけ、士郎は道路を駆ける。駆けていても、身の重さがないために疲れはしないが、アーチャーが電柱の上を直線的に行くのに対し、士郎は建物を迂回して道を進まなければならない。下手をすれば距離が空き、アーチャーの足を止めてしまうことになるため、電柱の天辺を見上げながら必死についていくしかない。
(見知った町だからいいものの……)
深山町は衛宮切嗣に引き取られてからの半生を生きた町だ。ある程度の家屋や建物を把握しているため、迂回路の予測が立てられる。これが、見知らぬ町であったなら、何度もアーチャーを足止めしていたかもしれない。
(いいよなぁ、身軽で)
好きに動けるアーチャーに、心の中でぼやきつつ、姿は見えないが、そこに在ることがわかっている存在を追いかけて、士郎はただ走り続けていた。
『止まれ!』
急な制止の声に身体が硬直し、ぴたりと足を止める。立ち並ぶ家の塀に身を寄せ、すぐさま気配を殺す。霊体であっても、相手がサーヴァントであれば、気配を悟られてしまうはずだ。
緊張しながらアーチャーの気配を追う。やがて、遊具のない公園に降り立ったアーチャーを認め、公園の側にある家の庭木に登って身を潜めた。
(ランサーだ……)
先日、学校でアーチャーと戦っていたランサーが、隠れることもなく公園の向こうの家の屋根にしゃがんでアーチャーを見下ろしている。
アーチャーはいまだ霊体のままだが、確実にあの赤い瞳は捉えている。深夜だからなのか、ランサーは実体でこのあたりを探索していたようだ。
「よう、二度目だな」
学校で見たランサーとはどこか違う、と士郎は思った。屋根の上で立ち上がったその身から、殺気が発せられていて、距離があるというのに皮膚がビリビリと震える。
「今日は、思いっきりできるぜ?」
「フン。前回は手を抜いていた、とでも言いたげだな?」
笑い含みで言いながら霊体を解いたアーチャーは、すでに両手に夫婦剣を携えていた。
「ハッ! まぁなッ!」
言うと同時にアーチャーを目掛け、槍を構えて飛び降りたランサーは、流れるような動きで華麗な槍捌きを見せる。それを紙一重で躱しながら、アーチャーも負けてはいない。
金属のぶつかる甲高い音、刃が立てる風音、両者の息遣いや地を蹴る音、間近で起こっているサーヴァント同士の戦闘に、士郎は固唾を飲んで食い入るように見ているだけだ。
アーチャーがランサーと戦うのを見るのは、これで三度目だった。一度目は土蔵でアーチャーを召喚した直後、二度目は先日、穂群原学園の校庭で、そして三度目は今。
いつだって士郎はアーチャーが勝つことを信じている。が、なぜか、今はどうしても不安の方が大きい。
(遠坂からの魔力も十分なのに、どうしてだ……?)
アーチャーが手を抜いているわけではない。ならば、これは、ランサーとの実力差なのか? と思わず手元の枝を握りしめる。
パキ……。
「あ、」
「誰だ!」
こちらを振り向いたランサーにアーチャーが斬りかかったものの、薙いだ槍で返され、アーチャーは公園の端まで吹っ飛ばされた。ランサーはアーチャーを気にも留めず、槍を構え、間髪位入れずにこちらへ投げる。
「ひっ!」
逃げようとし士郎だが、何しろ足場があってないような木の上だ。
「うわ、わわわっ!」
バサバサと常緑の葉と枝の中を落下し、ふ、と何もない空間に出たと思えば、どすん、と背中からの衝撃に息が詰まる。
「ぅ…………っ、づ……」
「よーう、隠れて見学たあ、いい御身分だなあ。お前さんは、どこの…………、ん?」
ぼやけた視界に、青い何かが揺れるのが見えた。
「うぅ……」
息が詰まったままで声も出ず、立ち上がるために身体を反転させようとしたが、うまくいかない。
(早く、立たなきゃ……)
どうにかうつ伏せになって手足に力を入れ、身体を起こせば、ぐい、と顎を掴まれて持ち上げられた。
「ぁ、う……」
「なんだぁ? やっぱり、セイバーのマスターじゃねぇか。ん? ……いや、お前、いったいなんだ? サーヴァントみてぇだが、そういう感じでもねえな。かといって受肉してるってことでもねえし……」
「は、はな、せ」
顎を掴むランサーの手を引っ剥がし、立ち上がろうとすれば、すい、と身体が持ち上がる。
「へ?」
「なーんか、かわいいな、坊主。おれんとこ、来るか? 見たところ、一人だし」
子供にするように士郎を“高い高い”して、捨て犬か捨て猫を拾ったような口ぶりでランサーは、にか、と笑う。
「え? あ、ちょ、お、下ろせよ!」
ようやくまともに声が出るようになった士郎は、ジタバタと暴れるが、ランサーは意にも介していない。しかし、脇を持たれて腕は役に立ちそうにないが、脚は自由だ。
「この、やろっ!」
「んがっ!」
ランサーの顔を踏みつけた士郎は、その反動で、くるり、と後方に宙返りして着地した。
「て、てめぇ!」
片手で顔を押さえたランサーは目を剥き、赤い槍を呼び戻す。即座にランサーの手に戻った赤い槍は、着地した士郎の胸元に迫り、生成りの外套を貫いた。
「チッ」
ランサーはしくじったことを手応えの無さで悟り、頬に走った痛みに舌を打っている。
「へえ、やるじゃねえか」
槍に貫かれた生成りの外套は振り払われ、地面にふわりと落ちた。
少し離れたところで、じっとランサーを見据える士郎の手には、アーチャーと同じ夫婦剣が握られている。
「ん? その剣、お前、弓兵の――」
言いかけたところでランサーは身を翻す。
「何をしている、たわけ!」
それは士郎に向けられた怒声だ。
「わ、悪い、ドジ踏んだ」
「まったく……」
呆れた様子のアーチャーだが、士郎を背後に庇うようにランサーとの間に立っている。
「勝手に出てくるな」
「出たくて出たわけじゃない」
「予定が狂うだろうが、たわけッ!」
「それは、悪うございましたねッ!」
言い合いながらも、士郎とアーチャーの目はランサーから逸らされることはない。互いに剣を構えながら、ランサーの攻撃に備えている。
「とりあえず、口喧嘩してる場合じゃないよな?」
「ああ」
士郎に同意したアーチャーは、僅かに腰を落とした。士郎の方も柄を握り直し、感覚を研ぎ澄ましていく。
ランサーは二度目に会ったときから本気で倒しに来る、とアーチャーから聞いていた。探索中にランサーと遭遇したことは予想外だったが、いずれは克服しなければならない相手である。ここで出会ってしまったのであれば、今、倒さなければならない。それに、士郎の存在を知られてしまったのであれば、余計に生きてマスターの許へは帰らせたくはない。
「坊主。お前、何者だ?」
アーチャーが、ちら、とこちらへ目を向ける。
「さあね」
士郎はすっとぼけた。敵に内情を教えるわけがないだろう、と。
前に立つアーチャーが、ふ、と笑っている。
「ふーん。ま、どっちにしても、両方倒しゃあいいってことだな」
肩に担いでいた赤い槍をランサーが構える。その赤い瞳はアーチャーではなく、士郎に的を絞っていた。
「士郎!」