BUDDY 5
アーチャーが呼ぶよりも一瞬速く、ランサーは士郎がいたそこに立っている。赤い軌道は何も貫いてはいない。すかさずアーチャーが剣を薙ぎ、それを受け止めたランサーは数歩後退した。
ランサーの槍に獲物は刺さっておらず、狙っていた士郎の姿は近くにない。探そうにもアーチャーの剣がそれを許さず、ハッとしたランサーが頭上を振りかぶったときには、幾本もの矢が降り注いでいた。
「っく、このっ!」
槍で防ぎつつ、ランサーは飛び退って距離を取る。
「意外と、すばしっこいじゃ……」
ランサーは言いかけたことをそれ以上言えず、ぽかん、としている。急に戦意を喪失したランサーに、アーチャーは首を傾げた。
「おい、なんだ、どうし――」
ランサーの視線を訝しく思いながら辿ったアーチャーは、ぎょっとして地に落ちていた外套を拾って士郎へと駆け寄った。
ずっと羽織っていた外套がなければ、士郎は例の帯状の服だけになってしまう。しかも、動き回ったためか、あちこちに隙間ができてしまっているのだ。
「アーチャー? どうし、っぶ、わ!」
アーチャーに頭から生成りの外套を被せられる。
「ちょっ、なん、っだよ、急に!」
もがいて頭を出した士郎は、アーチャーに噛みついた。
「士郎、その格好は、問題がある」
「え? でも、」
「さっさと羽織れ!」
早口で捲し立てるアーチャーの剣幕に圧され、士郎はすぐに外套を羽織った。
「あー! 着ちまうのかぁ?」
「え……?」
ランサーの不満げな声に、士郎は、きょとん、としてしまった。
「もうちょっと、見せてくれてもいいだろー!」
「え……」
地団駄を踏む勢いのランサーに、士郎が目を据わらせていると、
「何を言っている、貴様!」
なぜかアーチャーが目くじら立てて怒り出した。
「なあ、坊主、もう一回! な? な?」
「えぇー……」
ちょっと引き気味の士郎に手を合わせ、ランサーは、もう一回見たい、とお願いしてくる始末だ。これには、アーチャーも呆気に取られるしかない。
「どういう神経をしているのだ、こいつは……」
真剣に殺し合っていたのが嘘のように、なんだかおかしな雰囲気になってしまった。
「なあ……、ランサーって、こんなんだったのか?」
「少なくとも私の知る奴とは違うのかもしれんが……、だいたい同じようなものだろう」
肩を竦め、アーチャーは呆れ返っている。
戦闘もそっちのけのランサーは、言い寄ってくるただのオヤジのようで、槍など地面に放置だ。
「いいのか……? 宝具だろう、あれは……」
アーチャーが額を押さえて、ため息を吐いている。
「なー、おれと手ぇ、組まねぇか?」
「はい?」
「ランサー、君の一存でそんなことができるのか?」
ぽかん、として二の句の告げない士郎の代わりに、アーチャーは疲れた様子で訊く。
「できねーけどな!」
呵々、とランサーは朗らかに笑う。
(変な人だ……)
そんなランサーを士郎が白い目で見ていると、
「とっとと失せろ!」
アーチャーがランサーを追い返そうとしている。
(俺のこと、口止めしなくていいのか……?)
生きたままマスターの許に戻しては、士郎のことも耳に入るだろう。ただ、ランサーにとって士郎は警戒するような敵ではないという認識になっているのであれば、口外はしないかもしれないが……。
“早く帰れ”“もう一回”と、言い争う赤と青の男たちを眺め、士郎は腹の底からため息をこぼした。
「なんだよ、てめえ! 保護者かよ!」
「ああ、そうだ。さっさと帰れ!」
「言われなくても帰ってやるよ! と、その前に」
ばさっ。
「へ?」
士郎の羽織っていた外套が宙に舞う。硬直する士郎を抱えて、ランサーは、またしても“高い高い”をしてくる。
「なっ? 何をしとるか! 貴様!」
士郎を持ち上げ、ぐるぐるとその場で回って、ランサーはご機嫌な顔で笑っている。
「いやー、ちょっと、いろんなものそそるだろー? この坊主ー」
鼻の下が伸びきってるように見えるのは、士郎の見間違いではないようだ。
(なんだ、この人……、本当に、変な人だ……)
生前にランサーを見た機会は多くなかったが、あのときはもっとピリッとしていた印象だった。本気で殺されると逃げ回ったのは、本当にこの男からだったのだろうか、と首を傾げたくなる。
「返せ!」
好き勝手するランサーから士郎を奪うように抱き寄せたアーチャーは、失せろ! と手を払う。
「いーだろー。お前のもんじゃねーんだし」
「たわけ! オレのものだ!」
「え? マジかよ……」
「アーチャーっ?」
ショックを受けている様子のランサーとは違う意味で士郎は驚いている。
今、なんて? と訊き返したかったが、すぐに否定的になった。きっとアーチャーの言葉に意味などないのだろう。売り言葉に買い言葉だ、何を期待しているのか、と士郎は自身を嗤う。
「こいつに手を出すな」
「なんだよ、てめぇのお手付きってわけか」
「……下品な言い方をするな」
「ま、なんにしても、坊主、気が変わったらいつでもおれんとこに来な」
ウインクまでくれて、颯爽と去っていくランサーを追いかけるように、放置されていた赤い槍が飛んでいく。
それを見送り、アーチャーと顔を見合わせ、互いに大きなため息を吐き出した。
***
ランサーと遭遇したあと、いろいろと疲れてしまった二人は探索を切り上げ、衛宮邸に戻った。
ここでも監視の任についていた士郎が、すぐに土蔵の屋根に上がろうとするのをアーチャーは引き留める。
「なんだ? もしかして、説教か?」
ランサーの前に姿を現してしまったことを叱るのかと、士郎はアーチャーを見上げてきた。
「いや、そうではなく……。その……、魔力は大丈夫か?」
「まだ、動ける……と思う」
言葉尻が小さくなる士郎をしばし眺め、アーチャーは感覚で結論を出す。
「三分の一、くらいか」
「…………わかるのかよ?」
ぼそり、とあらぬ方へこぼした士郎に、フン、とアーチャーは鼻で笑った。
「当てずっぽうだったが、正解か?」
からかうな、と士郎はムッとするはずだと思っていたというのに、予想と外れ、目を伏せた士郎は、ぽつり、とこぼした。
「…………知らない」
「なに?」
思わず瞬く。
「魔力が減ってるかどうかとか、自分でも、よくわからない」
「それは……」
非常にマズいのではないか、とアーチャーは思う。確かに座でも魔力のことになど士郎は無頓着だった。だからこそ、アーチャーが傍に居ろと指示を出したのだ。士郎の無頓着さは、自身の魔力を量れないからということに起因している。
増減がわからず、カツカツの魔力で無理をすれば、即、魔力切れということになりかねない。士郎が、自身の魔力量がわからないような状態だということをすっかり失念していたアーチャーは、魔力の使用量に関係なく、ここでも士郎には定期的に魔力供給をしなければならなかったと改めて思い知る。
「もう、いいか?」
思案に耽けるアーチャーを置いて、さっさと士郎は衛宮邸で一番高い土蔵の屋根に上がってしまった。引き止める間もなく行ってしまった士郎を追いかけるようにアーチャーも屋根に上る。