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プレゼントは一生ものの逸品です

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 家に帰って荷物をしまい終えたころには、ズキズキと頭は痛むし目の奥がなんだか熱くなっていた。帰り道に出始めた咳は止まらなくなったし、くしゃみと鼻水のせいでゴミ箱はすでにティッシュでいっぱいだ。節々もなんとなく痛みはじめ、気づいたときには風邪の諸症状をきっちり網羅していた。
 本当なら薬を飲んで横になっていたほうがいいと、炭治郎だってわかっているけれど、それでも今日は恋人になって初めての義勇の誕生日だ。ちゃんとお祝いがしたい。

 だって、好きだったのだ。ずっと。恋なんて言葉も知らなかった小さなころから、ずぅっと、義勇のことが好きだった。恋してた。

 去年の三月まで、義勇と炭治郎の関係を表す言葉を、炭治郎は見つけられずにいた。幼馴染といえばそうかもしれないけれど、十歳の年齢差を思えばなんとなく違和感がある。友達だなんて烏滸がましい。かといってパン屋の看板息子と常連さんだけでは寂しすぎる。
 大学を卒業した義勇がキメツ学園に赴任して、炭治郎が高等部に上がってからは、先生と生徒という誰の目にも収まりの良い関係に落ち着いたけれど、本当はそれだけじゃ哀しかった。
 学校ではピアスのせいで叱られてばかりだったけれど、それでも義勇はいつだって炭治郎に優しかった。けれどもそれだって教え子に対する教師としてだっただろうし、それ以前にしたところで十歳も年下の炭治郎では、義勇にしてみれば懐いてくる子犬を可愛がるのと大差はなかっただろう。精々いいところ弟扱いだ。
 だから一度も言えなかった。義勇へ向かう想いが恋だと気づいてからも、ずっと、好きだなんて口にはできなかった。

 自分が義勇の恋愛対象になれるわけがないと、自覚した瞬間から諦めていた恋だ。それでも、一度だけでいいから、好きだと言わせてほしくて。ピアスを外せと追いかけられるたびに、どれだけ自分がドキドキしていたのか知ってほしくて。……まぁ、怖いことに変わりはなかったのだけれども、速まる鼓動はちゃんとときめきの音をしていたはずだ。

 たった一度だけと決めて、声を震わせ告白したのは、高校を卒業したその日。

 先生と生徒という無難でわかりやすい関係を終えるその日に、ずっと好きでしたと、泣き笑いながら告白した炭治郎に、返された義勇の答えは「過去形なのか?」だった。
 そんなわけないじゃないですか。今この瞬間も好きです。これからだって、きっと、ずっと、好きですと、叫ぶように言った声は、義勇の胸元に吸い込まれて途切れた。
 抱き締められて、耳元で「俺も好きだった……これからもずっと、好きだ」なんて囁かれても、すぐには信じられなかった。
 嘘だ、嘘じゃないと、何度繰り返しただろう。業を煮やした義勇に唇を塞がれるまで、どうしても信じきれずに駄々をこねる子供みたいに泣きじゃくっていたから、初めてのキスは涙の味がした。


 義勇と炭治郎の関係を、恋人の二文字で表すことになったのは、その日から。それからずっと二人で過ごしてきた。義勇が住むアパートに炭治郎が転がり込む形で始まった同棲生活も、もうすぐ一年。
 それからずっと、初めてを重ねてきた。初めて熱を分け合って過ごした夜、初めて義勇の腕のなかで迎えた朝。初めて一緒に旅行にも行ったし、炭治郎の誕生日だって初めて二人きりで祝ってもらった。クリスマスだって年越しだって、二人で過ごした。
 そして、今日は初めて二人きりで祝う義勇の誕生日だ。
義勇に嫌われて捨てられないかぎりは、これからも誕生日を祝うことはできるだろうけれど、初めては今日この日だけなのだ。

「……頑張れ炭治郎、頑張れ! 俺は長男だからこんな風邪ぐらい耐えられるっ!」
 どうにか自分を奮い立たせて、とにかくまずはケーキを作っておかなければと、調理器具を用意する。
 幸い、義勇の家にはオーブンレンジがある。炭治郎が一緒に住むまで一度もオーブン機能なんて使われたことがなかったそうなので、まったく料理などしない義勇が持っていたところで宝の持ち腐れでしかない代物だ。
 なんでも最初はただの電子レンジを買おうとしたのだけれど、売り場でどれを選べばいいのかさっぱりわからず店員に声をかけたら、いつの間にやらオーブンレンジを購入してしまっていたという。はっきり言って、マイペースな癖に押しに弱い。
 そういえば、初めての喧嘩の原因もそれだった気がすると、実家から持ち帰った型にオーブンペーパーを貼り付けながら、炭治郎は頭痛のせいばかりではない皺を眉間に刻んだ。
 マイペースだから強制的でない飲み会などは平気で断る癖に、押しに弱いものだから、研修先での断れない飲み会では、酔いつぶれた他校の女性教師を送る羽目になったりもする。
 耐熱容器に入れたレーズンにラム酒を振りかけながら、炭治郎はそのときの自己嫌悪を思い出して溜息をついた。
 もちろん、義勇が浮気なんてするわけはないし、実際なんにもなかったと炭治郎だって知っている。けれども腹が立つのはしかたがないじゃないか。酔ったふりをして義勇を誘惑しようとした教師に腹が立つし、嫉妬深くて余裕がない自分にも腹が立った。

 あのとき、アルコールの匂いをさせて帰ってきた義勇の顔は、不機嫌そのものだった。出迎えた炭治郎を抱き締めて離さないものだから酔っているのかと思いきや、初めて逢った女に抱き着かれて気分が悪いから口直しだなんて平然と言う義勇に、一瞬頭が真っ白になった。
 やましいことがないからこそ義勇は口にしたのだろうし、どういう経過でそんな羽目に陥ったのかもちゃんと話してくれたけれど、沸々と湧き上がってくる苛立ちは止めようがなかった。
 レンジにかけたクリームチーズをヘラで混ぜる手に、知らず力が入る。蟀谷がズキズキするのを堪えながら、炭治郎はなかば無理矢理にクリームチーズを練った。
 義勇に女性教師を押し付けた周りの人たちは、きっと義勇とその女教師をお似合いだと思ったのだろう。実際、後日義勇宛てに郵送されてきた集合写真に写っていたその人は、たしかに美人で年齢的にも義勇と釣り合いそうな見た目をしていた。ついでに、巨乳。炭治郎ではどうしたって与えてやれない柔らかさを、義勇は目一杯押し付けられてきたというわけだ。
 災難でしたねと笑って、よしよしと頭の一つも撫でてやる余裕を見せたかったけれど、そんなもの逆さに振っても出やしなくて。義勇に負けず劣らず不機嫌な声で役得だって思ったんじゃないんですかなんて、自分でも可愛くないことを言ったと、口にしたそばから後悔した。
 そんなわけないだろうと言う義勇の声が不機嫌さを増したのも、当然だろうと炭治郎だって思う。今ならば思える。なにもないからこそ正直に話したというのに、疑われればそりゃあ腹も立つだろう。けれどもそのときの炭治郎には、義勇の気持ちを慮る余裕なんてなかった。
 炭治郎と付き合っている今は、そんなことをされても振り払って帰ってくるんだろうけれど、それ以前はどうだったのか。据え膳食わぬは男の恥とばかりに、一晩かぎりの関係を楽しむことだってあったんじゃないのか。もしかしたら、そのままお付き合いなんてしたかもしれない。そんな埒もないことがぐるぐると頭を巡って、イライラした。