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プレゼントは一生ものの逸品です

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 過去に嫉妬したってどうしようもないことぐらい、わかっている。理解していると、思っていた。

 なめらかになったクリームチーズに卵黄を入れて混ぜながら、炭治郎は連想ゲームのように思い出した小さいころの記憶に、思わず唇を噛んだ。
 義勇の隣を歩く女の子を初めて見たのは、いつだっただろう。義勇はたしか高校生だった。中学の学ラン姿を見慣れていた炭治郎の目には、ブレザー姿がやけに大人っぽく見えたのを覚えている。
 学校帰りの義勇の姿を見かけて、いつものように大喜びで駆け寄ろうとした炭治郎の足は、義勇の隣を歩く女の子が義勇の腕に触れたのを見た瞬間に止まった。
 炭治郎がせがむと抱っこしてくれる義勇の腕。ぎこちなく頭を撫でてくれる義勇の手。いつも無表情だけれど、炭治郎を見るときには少し優しくなる目も、薄く笑う唇も、全部、全部、炭治郎だけのものじゃない。炭治郎のものじゃなかった。それがとても哀しくて。義勇さんに触らないでと、叫んでしまいたかった。
 実際は言葉になる前にうわーんと泣きだしてしまったから、炭治郎に気づいた義勇が女の子を置いて駆け寄ってくれて、そんな言葉は口にせずに済んだけれど。
 理由を言わないまま泣き続ける炭治郎を抱き上げて、義勇は、ずっと炭治郎の背を優しく撫でてくれた。女の子が心配顔で「僕、大丈夫?」と覗き込んでくるのを嫌がって、義勇の胸に顔を埋めた炭治郎に、義勇が「こいつを家に送るから」と女の子よりも炭治郎と一緒にいることを選んでくれたとき、ざまぁみろだなんて酷い言葉が浮かんだ自分が、炭治郎は大嫌いだ。
 嫉妬なんて言葉を知らないまま、自分の想いが恋だとすら気付かないまま、それでも独占欲だけはむき出しにした自分を、義勇はどう思ったのだろう。義勇があの日のことを覚えているかはわからないけれど、思い返すたび炭治郎は、苛立ちと居たたまれなさに苛まれる。
 突然泣き出した顔見知りの幼子に、慌てたのは間違いないだろう。迷惑そうな顔なんて義勇はしなかったし、本当に心配そうに気遣ってくれたけれど、本心では面倒なことになったと思ったんじゃないだろうか。
 義勇の本音はどうあれ、炭治郎を送ってくれた義勇にお母さんが「炭治郎が迷惑をかけてごめんね」と謝ったのを聞いて、炭治郎はとても怖くなった。義勇に嫌われ厭われることが、炭治郎はなによりも怖い。
 だから幼心にしっかりと刻みつけた。義勇に迷惑をかけちゃいけない。義勇に嫌われたくなければ、やきもちなんて妬いちゃ駄目だと。
 きっとあの女の子は義勇の彼女だったはずだ。それからも何度か、義勇と一緒にいるのを見たことがある。
 大泣きしたのは最初の一度だけで、幼い決意そのままに、それからは二人の姿を見ても声をかけるのは我慢した。義勇の家に向かう二人が、その後どうしていたのかなんて、考えたくはない。
 その女の子の姿を見ることはいつのまにかなくなったし、もう顔も思い出せない。だからといって、義勇にその後ずっと恋人がいなかったなんてことはないだろう。
 義勇は高校を卒業すると同時に地方の大学に進学して、めったに逢えなくなってしまったし、夏休みや正月に顔を合わせるたび、どんどんと大人っぽく格好良くなっていった。中学生までは中性的な愛らしさだった顔立ちは、高校生の時分にはずいぶんと男らしくなっていて、大学生にもなれば綺麗なまま精悍さを増していく。体格も続けていた剣道のお陰か逞しくなり、すらりとした姿勢の良い立ち姿には、いつだって見惚れてしまった。
 口下手で不愛想、コミュニケーション能力がちょっと低いのが玉に瑕だけれど、優しくて思い遣り深い義勇。女の子がこんな人を放っておくわけがない。想像もつかない見知らぬ土地で、義勇の傍にいる顔も知らない誰かを想像するたび、炭治郎はどうしても涙を止められなくなった。
 長男でお兄ちゃんだから、禰豆子たちのためならどんな我慢だって平気なのに、義勇のことになると我慢が効かない。すぐに泣きたくなるし、義勇の傍にいる誰かに腹が立つし、酷いことだって思ってしまう。
 ただでさえかなり年が離れているうえに、炭治郎は義勇と同じ男の子で、それだけでもどうしようもないハンデだというのに、こんな我儘で悪い子を義勇が好きになってくれるわけがない。
 だから炭治郎は、嫉妬する自分が大嫌いだ。義勇が悪いわけじゃないのに、義勇さんがモテすぎるのが悪いだなんて苛立ちを覚えてしまうのが、なにより嫌でたまらない。
 嫉妬して義勇に迷惑をかけたら嫌われてしまうかもしれないのに、嫉妬するのも我儘になるのも、義勇が好きだからで……いつまで経っても自分の心がままならない。
 イライラしながらボウルに振り入れた薄力粉が、テーブルに散った。立って作業するのがそろそろつらい。ゾクゾクとした寒気はどんどん酷くなるし、そのくせ目が熱くて熱くて、勝手に視界が涙でぼやける。
 倒れるよりはいいかと、座って作業するためにダイニングセットの椅子を引いたら、ギィィッと嫌な音がした。
 しまった床に傷をつけたと、億劫がる体を叱咤してしゃがみ込んで確認すると、フローリングの木目に引っかき傷ができていた。それを目にした途端に涙が溢れた理由は、要はまぁ風邪のせいだろう。いつもだったら、あ~やっちゃったで済む話だ。帰宅した義勇にごめんなさいと言えばそれで終わる。
 けれど今は、自分のやること為すことすべてが裏目に出る気がしてしまう。嫌われる。迷惑がられる。そんな不安ばかり湧きあがって、涙が止められない。
 それでも、お祝いだけはちゃんとするのだ。だって義勇は楽しみにしてくれてる。二人きりで祝う誕生日を。
 義勇はちゃんと炭治郎の誕生日を祝ってくれた。そういうことは苦手だろうに、男二人でも行きやすく、でもちゃんとデートのムードを壊さないような店を探して、下調べをして予約して。プレゼントだってくれた。

 高校から使っている炭治郎のリュックサックが、傷んできてるのにちゃんと気づいていて、ちょっとした雨なら自転車に乗ってしまう炭治郎のこともちゃんと見ていて。防水加工のしっかりとした、軽くて使いやすいリュックサックを義勇は贈ってくれた。恋人っぽい贈り物じゃないかもしれないけれど、それは義勇がきちんと炭治郎を見ていてくれたからこそのチョイスだ。嬉しかったに決まっている。
 日付が変わると同時におめでとうと言ってくれて、いつもより甘く優しいキスをくれた。真綿で包むような丁寧で優しい愛撫に、トロトロに溶かされるのさえ嬉しかった。
 なのに自分はどうだ。この為体。なんて不甲斐ない。せめてケーキと料理はちゃんと作ろう。一緒に食べることは無理かもしれないけど、せがめば義勇は怒りながらも炭治郎を毛布でぐるぐる巻きにして、義勇がご飯を食べるあいだ傍にいることを許してくれるはず。多分。確証はないけれど。まず叱られるだろうということ以外、炭治郎の希望的観測でしかないけれども。

 泣きながら炭治郎は立ち上がった。生地の入ったボウルに牛乳とレモン汁を少々入れたときに、うっかり涙も少し落ちてしまったけれど、それぐらいは許してもらいたい。