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プレゼントは一生ものの逸品です

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 つんと額を突かれて、ふっと吐息だけで笑った義勇の顔に、ぼんやりと見惚れた。馬鹿って言葉が、こんなに優しく温かく聞こえることがあるなんて、炭治郎は初めて知った。
「なんでお前を嫌わなきゃいけないんだ。むしろ嫌われるなら俺のほうだろう? 体調を崩していたのに気づいてやれなくて悪かった」
 首を振る炭治郎の肩にダウンジャケットを羽織らせながら、義勇は、どこか痛みを堪えているような顔をしていた。
「ほら、もう泣くな。洗濯物なら俺が取り込むから。それぐらいは俺にだってできる。ケーキはレンジのなかか? 冷蔵庫に入れておけば大丈夫か? お前が食べられそうになったら、一緒に食べよう。その前に粥を食って薬だ。食えるか?」
 あやすように背を撫でてくれる手が優しい。涙を吸い取ってくれる唇が温かい。義勇の誕生日なのに、炭治郎ばかりが優しさを貰っている。不甲斐なくて、でも嬉しくて、炭治郎はこくりと頷いた。
 ベッドサイドテーブルに置かれたトレイには、まだ辛うじて湯気を立てている粥が入ったお椀と、水の入ったグラス。それと、なぜだかマグカップもあった。鼻が詰まっていて匂いがわからないけれど、これは。

「もしかして、ココア……ですか?」
「気持ち悪かったら無理して飲まなくていいぞ」
 ふるふると小さく首を振って、炭治郎は義勇を見上げた。
「俺……寝ながら泣いてました?」
「あぁ、少しだけ」
 やっぱり、と、炭治郎は少し笑った。

 義勇はいつでも炭治郎が泣くとココアを入れてくれる。昔、ココアを飲んだ炭治郎が泣き止んだからだろうか、いつまで経っても、泣く炭治郎にはココアという刷り込みが消えないようだ。
 初めては、独占欲に義勇の前で大泣きしたあの日。自動販売機で買ってくれた缶入りココアの甘さを、今も覚えている。
 同棲を始めて最初の喧嘩のときもそうだった。酷いことを言ってしまって、罪悪感と後悔で泣き出しそうになった炭治郎に、義勇は溜息をつきながらも、ちょっと待ってろと言ってココアを入れてくれた。甘い香りと味に、思わず頬が緩んだら仲直りも早かった。
 義勇はコーヒーはインスタントでかまわないくせに、ココアだけは本格的に入れる。いったい何人が義勇が丁寧に入れたココアを飲んできたのか、考えると哀しくなるからやめておく。ココアを飲みながら泣いたなら、義勇は今度こそどうしたらいいのかわからずに、困り切ってしまうだろうから。
 フフッとつい笑みが零れたら、義勇からホッとしたような気配がした。
「やっと泣き止んでくれたか」
「……ごめんなさい」
「もう謝るな。お前が悪いわけじゃない」
 言いながら義勇は、粥を掬ったレンゲを差し出してくる。甲斐甲斐しさにちょっと戸惑いながら、炭治郎は口を開けた。
 ほろほろ口のなかでほどける米粒。鼻が利かないから味はよくわからないけれど、きっと美味しいのだろう。たかがお粥とはいえ、義勇に料理ができるなんて知らなかった。でも、ココアだってあんなに上手に入れるんだから、もしかしたら炭治郎の前で作ったことがないだけで、それなりに料理もできるのかもしれない。義勇はやっぱり完璧だ。不安になるぐらいに。
 それでも、ただでさえ心配をかけたというのに、自己嫌悪や焦燥など悟られるわけにはいかない。
「美味しいです……」
 素直に言ったら、義勇はなんとも言えない表情で視線をそらせた。褒めたのに。照れたんだろうか。小首をかしげると、またレンゲが差し出された。お粥の味についてあまり会話をしたくないのかもしれない。炭治郎は今、鼻が利かないからわからないが、もしかしたら味見した時点で納得のいくものじゃなかったのかも。

 そんなのどうでもいいのにな。義勇さんが作ってくれたなら、どんなに塩辛くても、塩と砂糖を間違えていても、きっと俺は大喜びで全部平らげてみせるのに。むしろ、嬉しい。失敗を喜ぶような言葉、決して言えやしないけれど。

 ゆっくりと雛鳥のようにお粥を食べさせてもらうこと暫し、ようやく空になったお椀に、義勇はまた少し溜息をついた。今度の溜息は安堵の溜息だと、炭治郎にもよくわかる。義勇は優しく微笑んでくれたから。
「薬を飲んだら寝ろ。きっとただの風邪だろうが、明日になっても具合が良くならないようなら病院に行こう」
 お粥にココアという取り合わせは、平生ならば変なのかもしれないけれど、弱った今の炭治郎には幸せの味だ。ベッドに腰かけて、ココアをすする炭治郎の頭を撫でながら言う義勇の声が、きっとココアの隠し味になっている。ココアの味は感じ取れないけれど、義勇の声の優しさが補って、ただただ甘い。

 素直に薬を飲んだ炭治郎に頷いて、義勇が部屋を出て行こうとする。その腕を、炭治郎は思わず掴んで、引き留めていた。
「義勇さんも、ここで寝るんですよね……?」
 義勇は今風邪なんて引くわけにはいかない。それは十分炭治郎だって理解している。でも、嫌だと思った。離れているのは嫌だ。義勇の誕生日なのに、二人じゃなくて別々なんて、嫌だ。
 けれど。
「……ごめんなさい。気にしないでください。ソファで寝るなら、毛布の予備がクローゼットに」
「炭治郎」
 義勇を見ないで口早につづった炭治郎の言葉を、義勇の少し強い声音が止めた。
 頬を両手で包まれて、恐る恐る顔を上げたら、義勇の青い瞳がじっと炭治郎を見つめていた。
「我儘でいい。お前がしてほしいことを言え」
「……む、り……だって、そんなの、嫌われる」
 迷惑がられる。義勇に厭われる。そんなの嫌だ。
 俺は長男だから、我儘なんて言わない。どんなにつらくたって我慢だってしてみせる。
 それに、今日は炭治郎の誕生日ではなく、義勇の誕生日なのだ。我儘を言っていいのも、プレゼントを貰うのも、義勇であるべきだ。

 だから。だからどうか、嫌わないで。

 縋りつく炭治郎の目が涙で潤むのを、義勇はじっと見つめている。見透かすように。
 まるで狩りをする獣みたいな目だと、炭治郎は背を震わせた。自分が小さな兎にでもなってしまったような気さえする。逃げ場を失って追い詰められた獲物だ。
 義勇を失うことは怖くても、義勇自身を恐ろしいと思ったことなんて一度もなかったのに、なんだか少し、この目は恐ろしい。竹刀を持って追いかけてくる冨岡先生の怖さなんて、この目と比べたら揺り籠のように優しく感じられる。
「俺がお前を嫌うことなんて有り得ないが、もし、お前がもっと俺に好かれたいと思うのなら、俺にもっとお前を見せろ」

 俺は今日誕生日で、お前の恋人だ。それなら、お前から受け取る権利があると思うが?

 ニィッと笑ってみせた義勇の顔は、初めて見るどこか意地の悪い顔。獲物を見つめる肉食獣が笑ったのなら、こんな顔をする気がした。それとも、聖職者をそそのかす悪魔だろうか。
 悪魔はみんな美しいのだとどこかで聞いたことがある。美しくなければ誘惑なんてされないかららしい。
 ならば義勇はきっと、炭治郎を誘惑し耽溺させる悪魔だ。優しくて恐ろしい、炭治郎を恋の渦に引きずり込む悪魔。きっともう逃れられないし、逃れたいとも思わない。
 頭の芯がくらくらするのは、発熱のせいなんかじゃない。義勇の誘惑が、甘い蜜のように頭を痺れさせるからだ。