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下町情緒が色濃く残るとある町に、その少々古びた2DKのアパートはある。最寄り駅までの距離や築年数がそれなりということもあって、家賃もさほど高くはなく、新婚さん向けという触れ込みにふさわしい、二人住まいにはお手頃な物件だ。今どきではない外観に比べて内装はリフォームがされていて、使い勝手も悪くはない。
 地方の大学を卒業して母校であるキメツ学園の教師となった義勇が、一人暮らしをするにあたってなぜそんな物件に決めたのか、いまだに炭治郎にしてみれば少々不思議ではある。
 実家には、義勇が大学在学中に結婚した蔦子が婿入りした旦那さんと住んでいるため、一人暮らしをすることになったのは、理解ができる。けれども、料理などめったにすることもない義勇にしてみれば、学園に近くコンビニや二十四時間スーパーなどが近所にあるほうが、生活するには楽だろう。
 それなのに、義勇が選んだのはキメツ学園から少し離れた駅の下町で、二人暮らしを想定したアパートだ。だから炭治郎は、蔦子から義勇が地元に帰ってくるとの報告に併せてそれを聞いたとき、きっと義勇は近いうちに恋人とそのアパートで暮らすのだろうと思った。義勇とまた毎日のように逢えるかもしれないという歓喜も束の間、もしかしたら結婚も近いのではないかと思って、一人夜中に枕に顔を埋め、声を殺して泣いたものだ。
 蓋を開けてみればそんな涙は杞憂でしかなく、地元に戻ってからの義勇には、炭治郎が高校を卒業するまでの六年間、恋人らしき存在はいないようだった。
 それに義勇は、帰宅が早かったり実家に顔を出すときなどには、必ず竈門ベーカリーに寄って買い物をしてくれたりもした。おかげで、高等部の先生と中等部の生徒となってからも、ほかの生徒よりは距離の近い間柄でいられたのだから、炭治郎にとっては幸せなことではあった。
 それでも、いつかは義勇が恋人と暮らすかもしれない場所と思うだけで、その町に近づくことすら気鬱になり、炭治郎は高校を卒業するまで、義勇が住む町を訪れたことがなかった。
 炭治郎が初めて義勇の暮らす町の駅に降り立ったのは、今を盛りと桜が舞う春のことだった。義勇が描いてくれた地図と身の回りのものだけを手に、炭治郎が、ドキドキと破裂しそうに高鳴る鼓動を持て余しながら義勇のアパートに辿り着いたのは、告白が受け入れられた卒業式から実に半月近く経ってからだ。
 なんともなれば、ムード的には盛り上がりまくってキスで締めくくられたはずの告白劇は
「卒業式を迎えても、三月三十一日まではお前はキメツ学園の生徒だ」
 などという、変なところで生真面目な義勇のお言葉と、だから正式なお付き合いは四月の一日から始めましょうという約束で、ひとまず幕を閉じたからである。

 それを聞かされたときの炭治郎が、呆気にとられたのは言うまでもなく。ぶっちゃけ、歓喜の涙も引っ込むというものである。

 とはいえだ。だからといって、じゃあやめますなんて言うはずもない。それどころか、言葉をなくして呆然としているうちに渡された合鍵と、葵枝さんの了承が得られたら俺の家に住めばいいとの言葉に、理解が追いついた瞬間にブンブンと首を縦に振りもした。
 勢い任せでなくなった分、一人気恥ずかしさやら不安やらに悩みつつ、それでも抑えがたい幸せや期待にのたうち回る羽目になろうとは、そのときの炭治郎には想像もつかなかったけれど。
 それからの半月間、突然真っ赤になって挙動不審に狼狽えたり、ニヤニヤしたり落ち込んだりする炭治郎にそそがれた家族の視線は、なんとも言えず生温かったように思う。それでも、炭治郎に初めてできた恋人が同性の、しかも家族同然とすら思っていたであろう義勇であることに、慌てるどころか祝福までしてくれたのだから、家族には感謝しかない。
 いや、正直なところをいえば、家族の思いがけない度量の広さと、ひた隠しにしていたはずの自分の片想いを完全に見抜かれていたことに、度肝を抜かれもしたのだけれども。それはともかく。
 大学進学の準備よりも四月からの同棲生活に比重を置いた猶予期間は、またたく間に過ぎていった。フライングと承知の上で、炭治郎が固い面持ちで義勇の住むアパートのドアをノックしたのは、三月三十一日のことだった。
 義勇にしてみれば、炭治郎に覚悟を決める猶予をくれたつもりだったのかもしれないが、炭治郎にとっては、有無を言わさず奪ってくれるほうがよっぽど優しいと思わなくもない。そんな半月間だったのだ。だからこそ、少しだけ意趣返しのつもりのフライングだったのだけれども。もしかしたら、炭治郎の不満をわかったうえでの仕打ちだったのかもと、思い至ったのは最近だ。けれども尋ねるのはやめておく。答えを聞くのはなんだか怖い。
 それに、ドアを開けた瞬間こそ呆気にとられた顔をしたものの、義勇はすぐに微笑んでくれたし、部屋に招き入れ炭治郎を抱き締めてくれた腕は、これでもかというほどには優しかった。それだけでじゅうぶん。なにも問題はない。

 もちろん、日付が変わったと同時に与えられたキスも、その後の蕩けるような時間も、すべて優しく、いっそ怖いぐらいに甘かった。



 さて、そんなこんなで転がり込んだアパートは、住んでみれば二人で住むにはたしかに最適な間取りで、台所や水回りもリフォームのお陰で使いやすい。古めのアパートにしてはウォシュレット付きなのも、正直ありがたい。理由は聞かないで欲しい。察してくださいお願いしますってなものである。
 公園や商店街も近く、住む人々も昔からの住人が多いのか下町気質な人ばかりで、炭治郎はすぐにこの町が大好きになった。
 駅まで行けばコンビニやスーパーもあるけれど、駅からアパートまでの道すがらにある昔ながらの商店街のほうが、炭治郎にとっては利便性が高い。炭治郎は人と接するのが好きなタチだし、料理の腕はそこそこ磨いてきたつもりでも、食材の良し悪しについてはプロの目には敵わない。学校帰りに商店街の皆さんと楽しく会話しつつ、お薦めの食材やらとっておきのレシピやらを聞くのは、炭治郎の日課となっていた。
 なによりも感謝せずにいられないのは、この商店街の店主たちには、なぜだか義勇との関係を取り沙汰されたりしないことだ。その代わりに、揶揄われることなら、ままあるけれども。
 ともあれ、その気楽さと義勇との仲を認められているこそばゆさが、炭治郎の足を商店街へと向かわせる。

 義勇の元へ嫁ぐような気持ちでこの町にやってきてから、春が来ればもう二年が経とうとしている。初めて義勇に連れられて商店街で買い物をしたときに、店主たちが仰天顔から一転、満面の笑みになって炭治郎を歓待してくれた理由は、今もって謎だ。
 口下手で誤解されやすい義勇が、下町気質な人たちに受け入れられていることにも、失礼ながらちょっとばかり驚きはした。しかしそれ以上に驚いたのは、店主たちが端から炭治郎を義勇のお嫁さんのように迎え入れてくれたことだった。気恥ずかしさと感謝ばかりが先立って、疑問を後回しにした結果、つい最近になって「あれ? そういえばなんで俺が義勇さんの恋人だって皆さん知ってたんだろう?」と首をかしげるに至ったあたり、炭治郎も相当呑気ではある。