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心配無用、準備は万端です

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 そんな切なそうに潤んだ瞳をするのなら、さっさと告白してくればいいのにと、じれったく思う日は、当然ある。早く手に入れてしまいたいと、飢えを覚える日もあった。決意を押し曲げても強引に手に入れてしまおうかと思うことも時折あったけれども、それでは意味がない。
 炭治郎の選択に委ねてこそ、炭治郎のすべてが手に入るはずだ。義勇に理由を預けるのではなく、自分の意思で求めてくる炭治郎が欲しかった。一生逃がすつもりはないが、逃げたいと思われることすらごめんだと思う。
 炭治郎は自分で決めた選択ならば、きっと貫き通すだろう。義勇に流されただなんて言い訳は、言わせない。臆病者と言わば言え、決して手放せぬ相手なのだ。用意周到に準備して、一生離れぬよう囲い込んでなにが悪い。
 愛し抜く自信はあっても、愛され続ける自信が義勇にあるかと言えば、本音はNOだ。
 努力はする。当然だ。けれど人の心はままならない。炭治郎の瞳にある輝きは恋慕だと確信してはいるが、それがいつまで続くのかなんて、炭治郎にだってわからないだろう。
 顔の良さだけが炭治郎が義勇を好く理由だとしたら、年を経てなお傍にいてくれるものか。不安にだってなるというものだ。
 口下手なのもコミュニケーション能力が低いのも、残念ながら自覚がある。顔なんていう年々変わる、悪く言えば劣化だってするものが好かれる理由だなんて、空恐ろしくなってもしかたないではないか。
 だから入念に準備した。炭治郎の想いが自分に向けられている内に、愛して愛して愛し抜いて、その骨身まですべて義勇に耽溺するように、義勇の傍にいることこそが幸せなのだと炭治郎が思いこむように、憂いの種はすべて刈り取ってきた。

 まぁ、準備以前に姉には義勇の執着はバレバレで、結婚の報告を受けて帰省した折に開口一番言われたのは
「家のことは姉さんが継ぐから心配しなくていいわ。だからあなたも約束してちょうだい。絶対に炭治郎くんを泣かせるようなふざけた真似はしないこと。いいわね?」
 だったのだけれども。

 土下座する以外になにができようか。いつも通り優しい笑顔ではあったけれど、正直、姉の背後には般若が見えた。
 それでも反対せずにいてくれたのは、義勇への愛情ゆえだと信じたいところだが、少し遠い目をして「心中騒ぎなんて起こされる羽目になるよりは全然マシ」と乾いた笑いを浮かべていたのは……まぁ、結果オーライで済ませておきたい。
 ちなみに、竈門家でも炭治郎の度外れた義勇への執着心は暗黙の了解であったそうで、蔦子から内々に葵枝と密約──という名の謝り合戦──を交わしているから、あちらに反対される心配はないと聞かされたのは、炭治郎が卒業する直前のことだった。
 このまま炭治郎が卒業してしまって今までよりも距離が開くよりは、決意には少々反するが告白を誘導するしかなかろうかと、思い悩みだしたころだ。

 卒業が近づいて、登校することもめったになくなって以来ずっと、炭治郎が思い詰めた顔をするようになってきたらしいとの報告は、葵枝発蔦子経由で義勇に届いた。なんともまぁ、至れり尽くせりなことだ。
 二人にしてみれば、それこそ道ならぬ恋に心中騒ぎなんて事態さえ起こさずにいてくれれば、それでいい。同性愛がどうした、生きていてくれてこその物種だという心境だったのだろうが、早めに諦めがついていたのも理由の一つかもしれない。
 なにしろ、義勇にしても炭治郎にしても、互いの並々ならぬ独占欲と執着心は家族には筒抜けだったらしく、両家とも早々に「駄目だこの子、手遅れ」との感想しか浮かばなかったそうだから。
 ともあれ、炭治郎に告白する心積もりがあるらしいことさえ知れば、余裕も生まれる。答えは決まり切っているから、すぐに渡せるよう合鍵を用意して炭治郎の呼び出しを待った。
 きっと炭治郎は恋を叶えることを諦めているだろう。告白は泣きながらかもしれない。
 心配なんてしなくてもいいのに。

 大丈夫、準備は完璧にしておいたから。だから、さぁ。

 この腕に、落ちておいで。