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恋を召しませ、召しませ愛を

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これなら義勇にもきっと喜んでもらえるだろうし、ちょっとしたサプライズの雰囲気も楽しめそうだと、すっかり安心してエコバッグを手に結局駅まで禰豆子を送った炭治郎を、不意に禰豆子はしみじみと見つめてきた。
「お兄ちゃん……もうすっかり義勇さん家の人だね」
「え?」
「気づいてた? お兄ちゃん、義勇さん家のことを話す時に『うち』って言ってるんだよ? お兄ちゃんがうちって言うのは、もう義勇さんと一緒に暮らすあのアパートなんだね。あのアパートは、義勇さんの家じゃなくてお兄ちゃんの家でもあるんだなぁって……」
分かってた筈なのに、ちょっと寂しいなって思っちゃったと、禰豆子は言葉とは裏腹に嬉しげに笑う。
「私も結婚したらそうなるのかなぁ」
「禰豆子結婚するのか!? ま、まだ早いぞっ、せめて善逸が就職してしっかり生活が安定してからじゃないと、兄ちゃんは許しません!」
思わず喚いた炭治郎に、禰豆子はいよいよ楽しそうな笑い声を立て手を振った。
「まだ結婚なんてしないよ、お兄ちゃん気が早すぎ。それにね、お兄ちゃんは私にそんなこと言えないと思うんだけど? 高校を卒業した途端に同棲してるのはどこのどなたでしょうね~」
それを言われると、と言葉に詰まり真っ赤になった炭治郎に禰豆子は尚も笑って
「じゃあ、バレンタイン頑張ってね!」
そう言い残し改札へと入っていった。ホームへと消えていく禰豆子を見送り、炭治郎は小さく苦笑する。
確かにどの口が言うってものだ。でも善逸と俺の義勇さんじゃ甲斐性は全然違うぞと、内心思ったことは禰豆子には内緒にしておこう。
ともあれ、これで誕生日のリベンジは出来そうだ。
さぁ、うちに帰ろうと、歩きだした炭治郎の足取りは軽かった。


悩んでいる内にすっかり忘れかけていた家事を済ませたら、クロワッサンづくりに取り掛かる。義勇が買ったオーブンレンジに発酵モードが付いていたのは助かった。まぁ、自炊などほぼしなかった一人暮らしの義勇が購入するには、あまりにも無用の長物な機能ではあるけれども。
図々しいと思いつつも、これも炭治郎と義勇が二人で暮らすことは運命だったのだという天の思し召しなんて、そんな感慨が胸に落ちて一人でついつい照れ笑いなんかしてしまう。
そうこうするうちクロワッサンの下拵えも済んで、後は焼くだけとなった時、再び玄関でチャイムが鳴った。
まだ義勇が帰宅するには早すぎるし、宅配便だろうか。思った瞬間にちょっと赤くなってしまったのは、届く宅配便の多くは義勇がネット購入するものだからだ。主にゴム製品だとか、それとともに必要な潤滑剤だとか……。
お陰で宅配便が届くたびに夜の営みに必要なアレコレが、頭の中にポンっと浮かんで恥ずかしくなってしまうという、変な癖が炭治郎にはついた。
いやいや、蔦子さんからかもしれないし、母さんがなにか送ってくれたってこともある。ふるりと頭を振って玄関に向かった炭治郎は、想像通りドアスコープの向こうに見える宅配便のドライバーの姿に、また少し頬が熱くなるのを感じながらドアを開けた。
小さな小包に貼られた伝票には、見知らぬ依頼主の名前。
ドクンと嫌な音を立てた胸がざわつく。受け取った荷物をテーブルへと運ぶ手は少し震えていた。
どう見ても女性でしかない名前。品名は、チョコレート。
バレンタインデーに届くよう日付指定で、自宅に届く、チョコ。なんだそれ。
崩れるように腰を下ろしたら、椅子がガタンと音を立てた。
教職に就いて以来、義勇はチョコを家には持ち帰らなかった筈だ。生徒から貰うチョコは。高校生の時と同じように、義勇が貰ったチョコは全部、竈門家のおやつになっているのだと思っていた。
でも、学校で貰うものが全てとは限らない。もしかしたら、受け取りたいチョコはこんな風に自宅に送られたり、逢って直接貰っていたのかもしれない。
嫌な想像ばかりが膨らむけれど、義勇は今、炭治郎の恋人だ。ここは義勇と炭治郎の家で、今まで一度だって女性が尋ねてきたことなんてない。義勇はいつだって炭治郎を甘やかして甘やかして、愛をこれでもかと注ぎ込んでくる。受け取るか否かの選択を炭治郎に迫るけれど、炭治郎が拒絶なんてしないことはきっと承知の上だろう。
愛されている。疑いようのないそれを、疑う自分が嫌だ。いつか迷惑がられて嫌われる日が来るんじゃないかと、いつだって不安で、嫌われたくなくて。そんな風に義勇を疑う、自分が嫌いだ。
去年まで、バレンタインにはいつも不安だった。食べるのは一つだけでいいとチョコのパンを買っていく義勇が、パンを買うことなく貰ったチョコの中のたった一つを、大事に食べるようになるん
じゃないかと。
義勇がバレンタインに食べるチョコは毎年一つだけ。去年まではこれだけでいいと、竈門ベーカリーのチョコのパンを一つきり。今年からはパンではなく、ましてやきらきらとした可愛らしい女の子達から貰うチョコでもなく、炭治郎があげたチョコだけ食べることになる筈だった。
今年から義勇はチョコのパンも買わなくて、紙袋に入ったチョコの山を困り顔の禰豆子や花子か、やったと喜ぶ竹雄や茂にでも手渡して、一つもチョコを持たずに帰るのだ。義勇と炭治郎が二人で暮らすこの家に。
けれど、本当は。もしかしたら、本当は。今までだってこんな風に、家に届いたチョコレートを大事に食べていたのかもしれない。いや、届くとは限らない。綺麗な女の人と待ち合わせなんかしてチョコを貰っていたのかも。その後はどこかで食事でもして、そして炭治郎にしてくれるようなキスをして……嫌だ、駄目だ、考えるな。
炭治郎は必死に頭を振って嫌な想像を追い出そうとした。
そんなことをしたって、頭の中に住み着いた不安は消えやしないのに。

小学生になってからずっと、炭治郎はバレンタインが苦手だった。楽しげな禰豆子や花子を見ているのはいいけれど、学校で女の子たちがキャッキャとはしゃいでいるのを見るのは辛かった。だって炭治郎は渡せない。恋心の詰まったチョコレートを、大好きな人にあげることすら出来ない。
義勇が大学に進学して遠くに行ってからは、今頃義勇は好きな人と二人きり過ごしているんだろうかと考えては、嫌だ駄目だ俺の知らない誰かからのチョコなんて食べないで、俺の家で買ったパンだけでいいでしょう? 他のチョコなんていらないって言ってと、喚いて泣いて闇雲に駆けだしたくなった。義勇が当時住んでいた街に、小学生の炭治郎が一人で行けるわけもないのに、走って走って心臓が止まりそうになるぐらい走って、もっと小さい頃のように義勇に飛びつきしがみついてしまいたくなった。
抱き上げてくれる義勇の首に腕を回して、義勇の肩に埋めた頭を嫌々と振れば、きっと義勇は分かったと言ってくれるから。分かったから泣くなと炭治郎の頬を濡らす涙を拭い、炭治郎にココアをくれる筈だから。それだけは、炭治郎は疑わない。だっていつだってそうだったから。
いつでも義勇は、炭治郎が堪えきれずに泣けば抱き上げて、泣くなと涙を拭ってココアをくれたから。

そして義勇は……今年の誕生日に義勇は、全部くれると言ってくれた。全部欲しいと我儘を言った炭治郎に、偉いと笑ってくれた。