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恋を召しませ、召しませ愛を

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あぁ、そうだ。義勇は我儘を言えと、我慢をするなと言ってくれたのだ。そうしたら、もっと愛してやるからと。
愛して。愛して。もっともっと、俺を愛して。願う炭治郎に、炭治郎が望むなら、全てを義勇に見せるならと、義勇は言う。その為ならば努力もしよう。容易い筈だ。義勇の愛が他の誰かの手に渡るのを、指を銜えて見ていることなんて、もう出来やしないんだから。
義勇がそれを望むなら、長男の顔を少しだけ隠して、慣れない我儘だって口にする。全部見せて嫌われたらと、不安になる心はまだ消えないけれど、義勇は炭治郎に嘘なんか吐かないから。

だからきっと、こんなのは杞憂でしかない。この女の人が義勇のなんなのかは分からないけれど、時期的にチョコを選んだだけで特別な意味なんてないのかもしれないし。
でも。でももしも、この人が義勇のことを好きだったら。義勇も住所を教えるぐらいには、この人を憎からず思っているのだとしたら。炭治郎のことを好きだと言うその心の中に、この人への気持ちが少しでもあるのだとしたら。

ぐるぐると嫌な言葉ばかりが頭を巡って、身体の芯が冷えていく。クロワッサン焼かなきゃと、頭の片隅で思うのに、手足が動いてくれない。
チョコ味ばかりじゃ甘党じゃない義勇には辛いだろうから、口直し用にチーズやベーコンを入れたやつも一緒に焼くのだ。きっと義勇は喜んでくれる。あぁ、夕飯代わりだから、栄養も考えて温野菜のサラダも作らなきゃ。サラダに入れるチキンは多めにしよう。ポテトチップも手作りするんだから、そろそろジャガイモを切らないと。
ねぇ、この人は誰ですか? 義勇さんのなんですか? 知らない、こんな人。俺は知らない。
頭に浮かんでくるそんな言葉を掻き消したくて、炭治郎は想像する。義勇が帰ってきた時のことを。寒いのが苦手な義勇は、端麗な顔を仄かに赤く染めて、ちょっと眉間に皺なんか寄せて帰ってくる。出迎えた炭治郎を見た瞬間に、その皺は解けて小さく微笑むのだ。いつものように。
おかえりなさいと笑う炭治郎に、ただいまって優しく言って、冷えた腕で炭治郎を抱き締めてくれる。
駅に向かう途中で禰豆子に教えてもらったフォンデュのルールを義勇に教えたら、義勇はきっとちょっとだけ意地悪っぽい笑みを浮かべて、炭治郎にちょっかいをかけてわざと具材をフォンデュ鍋に落とさせるだろう。そうして言うのだ。落としたらキスを振舞うんだろう? って。
炭治郎が真っ赤になって頬にキスしたら、自分は落としてないくせにお返しって唇にキスしてくれたりして。きっとそう。そうなる筈で。
こんなチョコ、いっそ投げ捨ててしまいたい。俺の義勇さんにこんなもの送ってくるなと、ごみ箱にポイっと投げ入れて、生ごみと一緒に捨てちゃいたい。そんなことが出来るわけもなくて、でも目に入るのは辛くて。衝動的に掴み上げて、窓から放り投げそうになる自分を堪える為に目を閉じた。
ちゃんと。ちゃんと家のことも出来るから。荷物が届いたならきちんと受け取って渡すし、隠したりなんかしない。いい子に出来るから。いい子にするから。
あぁ、違う。我儘を言わなきゃ駄目なんだ。我慢しちゃ駄目なんだ。だってもっと愛してほしいから。義勇の愛が全部欲しいから。
でも。だけど。どこまでなら許される? どこまでだったら許してくれる? 分からない。分からない。なんにも。
全部見せてしまうのは怖い。だって自分でも怖くなるぐらい義勇のことが好きなのだ。愛しているのだ。小さい頃からずっと、ずっと。今ではその頃よりもっと、もっと、愛しているのだ。それはもう、果てがないぐらいに。
いっそこんな忌々しい荷物など、踏みつけて、踏みにじって、義勇の目に触れる前に捨ててしまえと、頭の中で誰かが唆す。良い子の長男がそんなこと駄目だと叱る。自分で自分が信じられないほど、頭の中はぐちゃぐちゃで、義勇の腕が恋しかった。
だから。

早く帰ってきて。こんなもので不安になるなんて馬鹿馬鹿しいと笑って、どうかお願い、抱き締めて。



どれぐらいそうしていただろう。三度鳴ったチャイムに、炭治郎はびくりと飛び上がった。咄嗟に確認した壁掛け時計の針は8時半を指している。義勇が帰るのは遅いと思っていたけれど、もしかしたらバレンタインだから頑張って早く帰ってくれたのかも。そんな期待が込み上げて、炭治郎は慌てて玄関のドアを開けた。
あんまり勢いよくドアを開けたからか、義勇は少し驚いた顔をした。ビックリすると義勇の顔は幼くなる。それがなんだか可愛くて、いつもはきゅんとするのだけれど、今日はとにかく不安の方が大きくて、おかえりなさいと笑うことが出来ない。
義勇は紙袋を持っていない。きっと竈門ベーカリーに寄って渡してきたのだろう。良かったと少しだけ炭治郎はホッとした。それなら今日義勇が受け取るチョコは、炭治郎のチョコフォンデュ以外にはあの憎々しい小荷物のチョコだけだ。
思った瞬間に怒りと不安がまた膨れ上がった。でも、まだそれを義勇に素直に見せられるほど、強くはなれない。義勇への恋はいつだって心に秘めるものだったから、見せるのが怖い。
だからちゃんとしなくちゃ。笑わなきゃ。おかえりなさいって言わなくちゃ。
思っていると手袋をしたままの義勇の手が、炭治郎の頬を包んだ。
「なにがあった? どうして泣いてる?」
「泣いて、る……? 俺、泣いてた……?」
不安げに顰められる義勇の顔が、不意にぼやけた。本当だ。どうやら自分は泣いていたらしい。堰を切ったように溢れて止まらなくなった涙が邪魔をして、義勇の顔がよく見えない。
抱き締めて、ポンポンと背中を叩いてくれる手が優しい。部屋に入ろうと耳元で囁くように言う声が愛おしい。
だから大丈夫。テーブルの上のあれを見たって、義勇さんは大丈夫。俺のことをまた抱き締めてくれる筈。
自分に言い聞かせながら炭治郎は頷いた。でもやっぱり少し怖くて、離れるのが怖いと黙って腕にしがみついた炭治郎を、義勇はいきなり抱き上げた。小さい頃と同じように。
「ぎ、義勇さんっ!?」
「離れるの嫌なんだろう? くっつかれたまま歩くより早い」
狭い玄関先で炭治郎を抱き上げたまま器用に靴を脱ぎ──ブーツでなくて良かったと義勇は少し笑った──ほんの数歩のテーブルセットまで。炭治郎を下ろすことなくテーブルに置かれた荷物を見た義勇は、途端に腹立たしげに顔を顰めた。
「これか」
「……誰ですか?」
声は知らず咎める響きになった。それに気づいて炭治郎はヒヤリと走った不安に小さく震えた。
義勇の口からふぅと疲れたような溜息が一つ。喧嘩の原因と言い捨てて、そっと炭治郎を下ろした義勇は如何にも嫌そうな顔で荷物を掴み上げると、そのままゴミ箱の蓋を開けた。
「だっ、駄目ですよ! 捨てるなんて!」
「お前を泣かせたものを捨てない理由なんてないだろう?」
嬉しい。けど、やっぱりそれはどうかと思うので。
「あの……分別、しないとっ、か、回収、してもらえない、から……」