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恋を召しませ、召しませ愛を

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食べ物を無駄にするなんてという感想よりも、まず浮かんだ言葉はそれだった辺り、やっぱり俺も腹が立ってるんだなぁと、炭治郎はまだ止まらない涙の所為でしゃくり上げながら言った。いつも言ってるのに、まだ覚えてないんですかと、泣きながらも小さく唇を尖らせてなんかみる。
そういうものか? と言いたげな義勇にちょっとだけ呆れる。一人暮らしの時だって、ゴミ出しのルールは今と変わらなかっただろうに。けれど今は、その無頓着さに救われる。注意する人は、義勇の傍にはいなかったのだ。
炭治郎のように、まったくもうっ義勇さんたら駄目じゃないですかと、ちょっと怒ってみせる人は、誰も。
「これの始末は後にしよう。座って待ってろ」
そう言うと、義勇は炭治郎を椅子に腰かけさせ流しに向かった。
食器棚から取り出したのは、炭治郎のマグカップ。お揃いのそれは、炭治郎が赤、義勇が青だ。
それは炭治郎がこのアパートに転がり込んだ翌日に、二人で商店街の雑貨屋で買ったもの。カップだけじゃない。箸や茶碗なんかもお揃いで。歯ブラシだって、丁度いいから買い替えと義勇が言うからお揃いで買った。全部、全部、義勇と炭治郎の分をお揃いで。
義勇の分は元々使っていたものでいいのにと言ったのに、いいからと言い切られて全部お揃いで買ったあの日。今思えば、炭治郎を喜ばせる為だけでなく、義勇も浮かれていたんじゃないかと思う。
「これは?」
問う声に物思いから覚めて、振り返る義勇を見れば、義勇の手には真っ白なフォンデュ鍋。炭治郎は義勇が手にしたそれに、またぽろりと涙を落とした。
「ね、禰豆子が……禰豆子と花子から、俺と、義勇さんへの、バレンタインプレゼントって。チョコフォンデュ、作ろうと思った、のにっ、俺、今度もなんにも、出来てないっ」
「そうか……じゃあ、後で一緒に作ろう」
嗚咽を洩らした炭治郎に優しく言いながら、義勇が棚からミルクパンを取り出すのを、炭治郎は泣きながら見ていた。次に出すのはきっとココアパウダーの缶。それから牛乳。
ミルクパンにココアと砂糖を入れる義勇の手付きは手慣れている。迷いないそれは義勇が何度もココアを入れてきた証明だろう。調味料も調理器具も碌にない義勇の部屋に、ココアとミルクパンは最初からあった。誰の為に使ってきたのかを考えると、哀しくなるからやめておく。
初めて小さな喧嘩をした日も、こうだった。
言いたい言葉はいっぱいあるのに、全部我儘にしか思えなくて、迷惑だと思われたくない嫌われたくないと、ぐっと唇を噛んで黙り込んで俯いた炭治郎に義勇は小さく溜息を吐いた。少し待ってろと言い置いて、あの時も義勇が淹れてくれたのはココア。
義勇は昔から、炭治郎が泣くとココアをくれる。始めのうちは自販機の缶ココア。高校生の終わり頃には、泣く炭治郎をうちに来るかと誘ってくれて、自分の手でココアを作ってくれるようになった。
義勇の家の台所で、コトコトと温められるココアの香りに包まれて、小さな炭治郎は義勇の背を見ていた。甘い、美味しいと、笑った炭治郎の頭を撫でて、そうかと微笑む義勇の顔。なにもかも全部、覚えている。
ココアを淹れるのには少し時間がかかる。ココアを練る義勇の背を見ながら、炭治郎はゆっくりと泣き止んでいく。いつでもそうだった。だからココアの匂いがすると安心する。もう大丈夫、義勇は自分を抱き締めて、優しく笑ってくれると炭治郎は信じられる。
「……喧嘩の原因って?」
置かれたままの荷物を見ないようにして、ぽつりと呟いた炭治郎に、義勇は手を止めぬまま
「喧嘩しただろう? 馬鹿女の所為で」
「口、悪い」
「事実だから仕方ない」
振り返ることなく言い捨てる義勇にほんの少し笑う。
そういえば初めての喧嘩の原因は、研修後の飲み会の帰りに、酔ったふりをした女教師に義勇が迫られたことだっけ。ならこの荷物はその女教師からか。確か、美人で、巨乳。
研修会は秋だったのにまだ義勇のことを諦めてないなんて、本気で義勇のことが好きなのだろうか。義勇は本気になられるようなことをしたんだろうか。
ココアの香りに感じる安堵を潜り抜け、ぞわりと頭をもたげた嫉妬に、炭治郎はぐっと眉根を寄せた。
「住所……」
「教えてない。飲み会の幹事があの馬鹿女の同僚だった筈だから、多分そこら辺から漏れたんだろ」
拗ねた響きが滲んだ炭治郎の声を、義勇はしっかりと感じ取ったようだ。
後で苦情を申し立てておくと言う義勇の声に、まるで嘘は感じられなかった。ココアの香りが漂いだした台所で、義勇の清流のような淡い匂いは紛れてしまうけれど、きっと嘘の匂いなんてしないだろう。
牛乳を注いで火をかけたミルクパンから、立ち上るココアの香りは甘くほろ苦い。まるで炭治郎の恋のように。
義勇への恋は、甘いばかりじゃない。ずっと切なくて苦しくて、苦い想いを炭治郎は飲み込んできた。それでもやっぱり大好きで、逢えれば嬉しいし微笑まれたら舞い上がった。恋心が受け入れられた後は、甘く、甘く、どこまでも甘く、だけどやっぱり少しだけほろ苦さが奥底に。
コトリとテーブルに置かれた赤いマグカップの中で、ココアが揺れる。飲み込むのは恋の味。甘くてちょっとほろ苦い。
「……美味しい」
「そうか」
微笑む義勇に炭治郎も小さく笑った。涙が残る頬を子供のように拭われるのも、昔と変わらない。
いつまでも、こんな風に涙を拭ってくれたらいい。炭治郎が泣いたらココアを淹れて、涙を拭って、微笑んで欲しい。何度でも、何年でも。繰り返し、いつまでも。


ココアを飲み終え泣き止んだ炭治郎に、義勇は手伝うと言って一緒に台所に立った。
結論から言えば、義勇の手伝いは子供のそれと変わらなく。炭治郎に作ってくれた粥も実はレトルトだったと判明したわけだけれど、問題はない。
お前が俺に教えてくれるんだろう? なぁ、先生? なんて少しだけ悪戯っぽく言われたら、炭治郎が舞い上がって良い子の返事をするのは当然だから。
フォンデュ用のチョコはビタースウィート。ココアと同じく甘くてほろ苦い、義勇好みのチョコレート。
食事の前に邪魔な荷物は片付けてしまえと開けた忌々しい荷物の中身の、気合の入ったゴディバチョコは、明日には竈門家のおやつになる。一緒に入っていた手紙は、封筒から出すまでもなく義勇の手で丸めてゴミ箱に投げ入れた。
チョコフォンデュを食べながら、義勇が具材を鍋に落としまくったのは、きっとわざと。その度に頬に、額に、蟀谷にと、チュッと可愛らしいリップ音を立てて落とされるキス。
炭治郎も何度も落としてしまったので、キスの回数はもう数えきれないほど。
口直し用のクロワッサンの残りは、明日の朝食に。温野菜サラダも全部すっかり平らげたら、一緒に並んで片づけをしよう。そしてきっと、キスをする。抱き合って優しく唇を合わせて。
キスはきっと甘くて、ほんのちょっぴりほろ苦い。ビタースウィートなチョコの味。それがきっと炭治郎と義勇の恋の味なんだろう。
炭治郎に恋の味を飲み込ませてくれるのは、いつだって義勇だ。そうしていつかきっと、炭治郎の心も身体にも、義勇の愛が染み渡る。