雪の日の完璧な過ごし方
学校から帰ったと同時に留守のあいだの食事をひたすら作って、保存して、慌ただしく旅行の準備もしているうちに過ぎた一月七日。
一月八日の本日、冨岡家の冷蔵庫はいくつものタッパーが占拠していた。冷蔵庫にも冷凍庫にも、チンするだけで食べられるようにしたおかずの数々が入っている。ご飯も一膳分ずつラップして冷凍したし、インスタントの味噌汁も用意した。準備は万端だ。
「今日の昼と夜の分は冷蔵庫に入ってます。明日から明後日の昼までの分は冷凍庫にありますから。日付をかいた付箋を貼ってあるんで、それを食べてください。ご飯は全部冷凍してあります。多めに用意したんで、おかわりしても大丈夫です。味噌汁はテーブルの籠のなかです。何種類か買っておいたんで、好きなのを飲んでください。冷えるようなら冷蔵庫にしょうがのチューブが入ってるんで、少し入れてみてくださいね。温まりますから。明日の昼の弁当も冷凍庫に入ってます。凍ったまま持っていって学校でチンしてください。洗濯は帰ったらまとめてしますから、仕分けだけしといてもらっていいですか? えっと、あとは……あ、そうだ! エアコン! もし調子がよくならないようだったら、電気屋さんに電話してきてもらってください。日曜は休みだから、今日か明後日ですよ? 電話番号はホワイトボードに貼ってありますから。あとは……」
「わかったから。おまえが作ってくれたんだ、ちゃんと飯は食う。味噌汁も飲む。弁当まで悪かったな。ありがとう。洗濯ぐらい俺もできる。おまえがしてるように、部屋干しして扇風機を当てればいいんだろう?」
マシンガンのような炭治郎の言葉を止めて玄関先で苦笑いした義勇に、炭治郎は思わず照れ笑いを浮かべた。
義勇だっていい大人なのだ。炭治郎と暮らす前までは一人暮らしだってしていた。竹雄たちじゃないのだから、細々と注意しなくても大丈夫だとわかっているのに、ここまで心配するのも失礼だろう。
わかっているのに、ついつい長々と話してしまったのは、離れがたさゆえだというのは否めない。
「遅刻するぞ」
「はい。風邪ひかないように気をつけてくださいね」
「おまえもな。向こうはこっちより寒いらしいぞ」
言いながら伸びてきた腕が、ゆるく巻かれたマフラーをしっかりと巻き直してくれる。ゼミ合宿は隣県だ。たいした遠出ではないのに、心配性はお互い様だろう。昨夜の準備中から、やれカイロは持ったか、常備薬は入れたかと、日ごろの口数の少なさがうそのように、義勇は炭治郎の準備に口を出してきた。
夫婦は似てくる。なんて言葉が頭の隅に浮かんで、くふふと思わず笑った炭治郎に、不思議そうな目をして小首をかしげた義勇は、それでもふわりと口元をゆるめ微笑んでくれた。
「気をつけて行ってこい」
「はい、いってきます」
落ちてきたキスは、いってらっしゃいのキスにしては少しばかり濃く、深かった。
◇ ◇ ◇
「ついてないね~」
「いきなり停電だもんね。怖かったぁ。水も出ないとか、ありえないよね」
「ホント。でも電車が止まらなくて良かったんじゃない? これで帰れなかったら最悪だもん」
ワイワイと話しあう声に、炭治郎はうんうんと強くうなずいた。
「竈門くんも、無理に来てもらったのにごめんね」
「いや、設備の故障じゃしかたないよ。気にしないで」
三連休の中日だというのに、電車は空いていた。さもありなん。合宿所に着いたころから降り出した雪は、夜通し降り続け、起きたら山の麓近い合宿所の外は一面の雪景色となっていた。
昼前になってようやくやんだものの、どうやら関東は雪国並みの積雪量らしい。出かけようにもこの雪では、スリップ事故やら電車の運休やらが心配だ。大人しく家にいようというのが、大方の人の判断なのだろう。
炭治郎たちだって、凍結による水道管の破裂と送電線の破損で、合宿所のあらかたの設備が使い物にならなくなったりしなければ、大人しく合宿所にこもっていたはずだった。今ごろは、目的である全国各地の郷土おせち料理づくりに、精を出していたことだろう。
だが、電気も水道も使えないのでは、屋内にこもっているほうがマズい。エアコンの使えない施設で凍死なんてしゃれにならないのだから、帰宅を決定した教授の判断は、正しいしありがたかった。
腐らせるだけになるのも惜しいと、食材を持ち帰れることになったのも、ちょっと得した気分だ。
おまけに、一日早く帰れる。炭治郎に文句などあるはずもない。
最寄り駅で車内に残る同級生に別れを告げ、深い雪に足をとられながら帰路を急ぐ炭治郎の頭には、早く早くという言葉ばかりが浮かんでいた。
こんな雪のなか出勤している義勇の邪魔をしてはたいへん申し訳ないし、万が一電車が途中で止まったら、ビジネスホテルかネカフェにでも泊るしかないので、連絡はしていない。義勇さんを驚かせたいななんていう、ちょっぴりの悪戯心もあったりした。
時刻はそろそろ四時になる。義勇はもう帰宅しているだろうか。できれば義勇よりも早くに家に着きたいのだけれど、微妙なところだ。
もし義勇より先に着いたのなら、エアコンをつけて部屋を暖めておいてあげなければ。それから熱いコーヒーを淹れてあげて、お風呂も準備しておくのだ。お土産に新巻鮭がありますよと、じゃーんと掲げてみせたら、義勇はどんな顔をするだろう。重い丸ごとの鮭は、雪道を歩く今でこそ正直厄介な手荷物ではあるけれども、義勇のビックリ顔を見られるのなら苦でもない。
明日は連休最終日だ。一日中ゴロゴロしてたってかまわない日だ。いつものように甘く甘く溶かされる夜を過ごしたって、誰にも文句を言われない。
寒さのためばかりでもなく顔を熱くしながら、炭治郎は、マフラーをぐいっと口元まで引き上げた。
どうしたってにやけてしまう顔を、誰かに見られるのは恥ずかしかったので。
作品名:雪の日の完璧な過ごし方 作家名:オバ/OBA