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雪の日の完璧な過ごし方

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 そんなふうにえっちらおっちらと帰った部屋には、明かりがついていた。ちょっぴり残念だけれどしかたがない。
 ならば予定変更だ。いつもだったらチャイムを鳴らして義勇に鍵を開けてもらうけれど、よりビックリしてもらうためにも、新巻鮭片手に自分で開けることにする。いそいそと紙袋から新巻鮭を取り出したら、スタンバイオーケー。
 義勇はきっと予定より早くに帰った炭治郎に驚き、ついで炭治郎がかかげた鮭に呆気にとられるかもしれない。いつもよりもちょっと幼くなるビックリ顔を思い浮かべ、くふふと笑いながら勢いよく炭治郎はドアを開けた。

「ただいま、義勇さん! お土産は新巻鮭ですよー!」

「炭治郎!? ……いっ!!」
「義勇さん!? だ、大丈夫ですか!!」
 とりあえず、ドッキリは成功、なんだろう。炭治郎も義勇に負けず劣らずビックリしたけれども。
 ドアを開けてすぐに見えた義勇の顔が、ちょっと幼く見える仰天顔だったのはいい。それが見たかった。ソファから即座に立ちあがったのもべつにいい。一瞬、巨大なミノムシかと思ったけれども。
 予定外に早く再会できた大切な恋人に対して、いだく感想じゃないかもしれないけれど、しょうがないじゃないか。頭からすっぽりかぶったうえ、体にぐるぐる巻きつけた毛布が茶色かったもんだから、見た目はどうしてもミノムシだったんだもの。
 いや、まぁ、色はしかたがない。派手な色合いは炭治郎も義勇も好まないし、発熱効果のある敷きパッドとともに義勇を温めてくれる寒い冬の心強い味方だし、肌触りも良くていい毛布なのだ。うん、毛布は悪くない。
 けれども、着るものではないので、足まで巻きつけていたら、動きが制限されるのは当然だろう。そんな状態でいきなり歩き出そうとしたら、転ぶのも道理だ。

 えっと、なんだっけ、こういうの。そうだ、大惨事。まさしく、それ。

 見事に転んでローテーブルに膝をしたたか打ち付けた義勇は、うずくまって痛みをこらえているし、揺れて倒れたマグカップからはコーヒーがこぼれて、床に滴り落ちているし。思わず駆け寄った炭治郎がお土産もバッグも放り出したのだって、いたしかたないことだ。玄関先に転がる新巻鮭が、家のなかの当たり前の光景になんとも言えない違和感を醸し出しているが、鮭よりも義勇のほうが大事なんだから、しょうがないのだ。

「立てますか? ケガは?」
「……おまえ、どうして」

 そうとう強くぶつけたのだろう、義勇の声は呆然としつつもまだ苦しげだ。どうにか立ちあがりはしたものの、義勇はすぐにソファに深く腰掛けて、いかにも落ち込んだため息をついている。
「合宿所の水道と電気が、この雪で止まっちゃいまして。驚かせたくて連絡しなかったんですけど……ごめんなさい」
 ドッキリなんてしかけなければ、義勇が痛い思いをすることもなかったのに。炭治郎がしょんぼりと言えば、義勇は困ったように視線をさまよわせて、わざとらしい咳払いなんかした。まったくもって珍しい反応だ。
「いや……おまえが悪いわけじゃない。俺がこんな格好でいたのが悪い」
「そういえば、どうして毛布なんか巻いてるんです?」
 そもそもの原因はそこだ。きょとりと首をかしげた炭治郎は、今さらのように部屋に充満した冷気に気づき、ぶるっと体を震わせた。
 外が寒かったから気づかなかったけれども、こんなに寒いんじゃ毛布を着たくもなるだろう。でも、なんで? 寒がりの義勇がこんな日にエアコンなしで過ごすなんて、そちらのほうがビックリだ。
「……壊れた」
「へ? えっと……あ、エアコンですか?」
 こくりとうなずく義勇はなんともバツが悪そうで、せっかく早く帰れたというのに、炭治郎と目をあわせてくれない。
「昨日は大丈夫だったんだ。むしろ調子がよくて、直ったなら電話なんかしなくてもいいだろうと思ったんだが……今朝になって動かなくなった」
「電気屋さんは、電話した当日でも修理にきてくれますよ?」
「学校に着いてから、電話番号をメモしてくるのを忘れたのに気づいた。電気屋としか呼んでなかったから、店名がわからなくて調べようがなかった。帰ってすぐに電話したが、休みだから出なかった」
 ぼそぼそと口ごもりながら、そっぽを向いて義勇は言う。
「あ、そっか。日曜日でしたね。でも、ほかにも修理業者はいるんだし、調べれば見つかったんじゃ……」
 今まさにそれに気がついた。義勇はそんな顔をしていた。
 炭治郎があきれて呆気にとられたのは、そこまで。

「おい……笑うな」
「ご、ごめんなさい。でも、かわいくて」
 アハハと声をあげて笑う炭治郎に、義勇が憮然と眉を寄せるのさえもが、なんだかかわいくてしかたがない。
 はぁっと、あきらめたようにため息をついた義勇が、ギュッと抱き締めてくれた腕は、なんとなくすがるようだった。やっと目をあわせてくれたのがうれしくて、炭治郎も、冷えた義勇の背中をギュッと抱き締め返す。
 眉尻を下げた情けない顔なんて、めったに見られないレアものだ。いつだって炭治郎にとって義勇は完璧で、こんなふうにドジな場面なんて見ることはない。なにしろ、口の周りに食べかすをつけているのですら、長男としてつちかった庇護欲をかきたてられる要素にしかならないのだ。だというのに、日ごろは見られないドジっ子な一面なんて見せられたら、キュンとしちゃうのは当然のなりゆきだろう。
 完璧な義勇の、ドジな姿。完璧さを求める人なら、百年の恋も冷めそうなミノムシ状態の義勇なんて、炭治郎にとってはご褒美でしかない。不釣り合いだなんて自己嫌悪も、吹き飛ぶぐらいの。

 あぁ、そっか。不安だったのは、完璧な人に釣り合わない自分か。

 不意に納得して、炭治郎は笑みを深くした。義勇は決して完璧な人なんかじゃない。だけどやっぱり、炭治郎にとっては完璧な恋人だ。自分がついていなくちゃ、エアコンの修理ひとつしそこなうような人。引け目を感じさせずにいてくれる人。キュンと胸が高鳴ってしまう、不完全だからこそ完璧な、恋人。
「珍しい義勇さんを見られて得しちゃいました」
「頼むから忘れてくれ……」
 声までも情けなさをにじませて言う義勇を、炭治郎はくふくふと笑って見上げた。
「無理です」
 だって、ますます愛おしさが増していく。今までだって気が狂いそうに好きだったけれど、それをまた凌駕して、大好きが募っていくから。
「幻滅されたくないんだが……」
 覇気のない声で紡がれた言葉に、なおも笑いたくなるのをどうにかこらえて、炭治郎は真剣な顔を作ってみせた。厳かな声なんかも装ってもみる。

「義勇さん、俺、大発見しちゃったんですけど……実は俺、ギャップ萌えってかなりツボみたいです」
「は?」

 義勇さん限定ですけどねと悪戯っ子な笑みで言えば、義勇の顔にもやっと苦笑が戻って、ますます炭治郎の胸はときめいてしまう。
「萌えたのか」
「ええ、バッチリと! キュンキュンします」
「それはよかった」
 クスクスと笑いあえば、ときめきが胸のなか加速していく。