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舞え舞え桜、咲け咲け想い

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 とうとう三年間同じクラスになれなかった。でも、隣のクラスだ。選択授業は同じものを選ぶに決まっているから、週に何時間かは同じ教室で授業を受けることもできる。炭治郎の席は窓際だから、体育の授業でグラウンドに出る義勇をながめることだってできるのだ。小中学校だって別々のクラスのほうが多かったのだし、悲しむ必要なんてないはずだ。
 今年度から、義勇は、国際剣道連盟とやらから強化選手に選ばれた。夏に行われる世界規模の大会のために、連盟から呼ばれて春休みは強化合宿に行ってしまい、家に帰ったのは春休みの最終日。つまりは昨日だ。学年が上がることもあり、たった一日の休みは慌ただしく過ぎたらしい。
 今までは、長期の休みには必ずどこかに遊びに行っていたのに、今年は店で立ち話を一度しただけ。でもそれは、義勇が強くなるために必要なことだ。炭治郎だって文句なんてない。
 だって道着姿の義勇は本当に格好いいのだ。竹刀をかまえると、いつものどこかぽやんとした可愛らしさが嘘のように消えて、いつも以上に堂々として見える。そんな姿に炭治郎はいつだってドキドキするから、剣道する義勇は好き。会えないのは寂しいけれど、毎日連絡は取りあっていたから、義勇の声を聞かない日はなかった。だから寂しさを我慢するのも苦じゃない。
 競技としては、剣道というのはいまだに地味だ。メディアに取り上げられることはめったにない。ところが、強豪でもない公立校の部活から国際強化選手が選ばれたってことで、春休みに入る前に、学校にテレビ局の取材が来た。ちなみに、義勇が小さいときから通っている道場の師範の孫息子である錆兎も、強化選手に選ばれている。おかげで学校は大騒ぎだった。
 錆兎は保育園や小学校は違うけれど、中学高校は一緒だし、稽古を終えた義勇と一緒に公園に遊びに来たりしてたから、炭治郎とも仲がいい。錆兎と義勇が認められたことは、炭治郎にとっても自分のこと以上にうれしい。それは誓って嘘じゃないのだ。
 幼馴染の贔屓目抜きにしても、義勇や錆兎の見目はすこぶる良い。絵になるイケメン高校生――とんでもなく強いというおまけつき――が並んでいたら、そりゃテレビ局だって食いつくってものだ。地方局だろうと、テレビ出演には違いなく、炭治郎は店にくるお客さんにも盛大に番組の宣伝しまくるぐらい、喜んだ。実際に番組を見た、昨日までは。
 それらはすべて、炭治郎と義勇が一緒に過ごせる時間を減らしてしまう事柄ばかりだったけれども、炭治郎は気にしなかった。義勇は忙しすぎて炭治郎と会えないと、拗ねているようだったけど、義勇の実力が正しく評価されることは、炭治郎にとってはたいへん喜ばしい以外のなにものでもない。だから手放しで褒めたし、炭治郎に褒められた義勇だって、まんざらでもなさそうだった。

 そう。なにも問題ないはずだった。なのに、なんであんなこと言っちゃったんだろう。

 泣きたくなるけれど、ひどいことを言った自分に泣く資格なんてない。炭治郎はグッと涙をこらえた。
 薄暗い遊具のなかに、風が桜の花びらを運んでくる。
 今日は風が強い。砂ぼこりと一緒に、枝に残っていた桜の花弁が、これで最後とでもいうように潔く散っている。
 ひらひら、はらはら、桜は雪のように風に舞う。ひとひら、ふたひら、薄暗いトンネルのなかにも、くるくる舞いながら桜が降り積もる。まるで落とすのを我慢した、炭治郎の涙の代わりみたいに。

 そういえば、義勇とここで約束したのも春で、桜が咲いていた。

 思い出すのは、この遊具のなかで二人、小さな小指を絡めてした約束だ。炭治郎と義勇は小学一年生になったばかりだったのを覚えている。
 二人の家の中間にあるこの児童公園が、いつもの二人の遊び場所だ。義勇はそのころにはもう剣道を始めていたけれど、内気で人見知りな性格を心配されてのことだったらしく、今ほど真面目に取り組んではいなかった。炭治郎と遊ぶほうがずっと楽しいと、いつだって言ってくれていた。稽古は日曜の午前中だけで、それ以外の日は「たんじろ、遊ぼう」と、はにかみながら誘ってくるのが常だったのだ。

 その日はめずらしく公園には誰もいなくて、ブランコだって滑り台だって、遊び放題だった。いつもは譲りあって乗るブランコも、隣りあってどっちが高くまでこげるか競争だってできる。それがうれしくて、ずっと二人ともはしゃいでいた。

 大きな犬が、ふらりと公園に現れるまでは。

 散歩中に逃げ出してきたのだろうか。炭治郎や義勇よりずっと大きい犬は、舌をだらりと垂らして、ハッハッと息を荒くしていた。
 怖い。まず浮かんだのはそんな言葉だ。
 顔はだいぶ違うけれども、二人の目には、絵本のなかで子ヤギや赤ずきんちゃんのおばあさんをペロリと食べてしまう、狼のようにも見えた。茶色くて、大きくて、耳や尻尾はだらりと垂れている。絵本の狼とは似ても似つかない犬だったけれど、それでも大きくて怖い犬は二人にとってはイコール狼だ。だってそんなに大きな犬なんて、二人は狼ぐらいしか知らなかったから。
 大きく開けた犬の口から、たらりとよだれが落ちた。まるで美味しそうなエサを見つけたぞとでも言ってるみたいに。ビクンと震え上がった二人に向かって、犬は、誰もいない公園を横切りゆっくりと近づいてくる。まだ小学一年生だった二人が、怖くてたまらなくなってもしかたないだろう。義勇はすっかりすくんで震えていたし、動物が大好きな炭治郎だって、ちょっと泣きそうになった。
 でも、炭治郎の手をギュッとつかんで震える義勇の、泣きだしそうな顔を見てしまえば、怖いなんて言えるわけもない。
「ぎゆっ、こっち!」

 二月生まれの義勇より、七月生まれの俺のほうがお兄ちゃんなんだから。守ってあげなきゃ。大好きな義勇に怪我なんてさせるもんか。

 炭治郎は義勇の手を引き、一目散に駆けだした。犬の前で走ったら逆効果なのは、大人なら大概の人は知っているだろう。けれどもそんなことすら、まだ小さかった炭治郎は知らなかった。走り出した二人を追って、犬もタッと走り出す。
 二人で必死に走って、逃げ込んだのはゾウさんのお腹のなか。炭治郎と義勇の大好きな場所。象の形をした遊具のお腹部分はトンネルになっていて、二人で入っているとまるで秘密基地のようだった。誰からも丸見えだけれど、二人にとっては秘密の場所だ。安心して逃げ込める場所は、そこしかない。だけど実際は、なんにも安全なんかじゃなかった。
 すべり込むようにトンネルに逃げ込んで、炭治郎は、義勇を背に追いかけてきた犬を睨みつけた。児童向けの遊具といっても大人だって二人くらいは入れるトンネルは、犬をせき止めてくれるものじゃない。けれどもそんなことすら、炭治郎の頭にはなかった。
 とにかく義勇だけは守らなくちゃと、そればかりに頭を占められて、必死に叫ぶ。
「あっちいけ! はいっちゃダメ! ぎゆをいじめるな!」
「たんじろう、あぶないよっ」
 義勇がグイグイと炭治郎のTシャツの背中をひっぱっても、炭治郎は動かなかった。義勇は炭治郎よりもかけっこだって遅い。逃げたらきっと犬に追いつかれて噛まれちゃう。
「にげようよっ、ねぇ、たんじろぉ!」