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自分らしく
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彼方から 幕間5 ~ エンナマルナへ ~

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 服を深紅に染め、鮮血の飛沫を散らしていたのは、自分ではなく――――
「…………」
 上着の襟を掴む手に、力が籠る。
 臓腑を搾り上げられるような、嫌な感覚が全身を駆け巡ってゆく。
 ……心の底から、良かったと思える。
 『斬られた』のが、自分の身体で――――

「……エイジュ? どうかしたか?」
 
 案じるアゴルの声に瞼を開き、いつもの笑みを浮かべ……
「辛い想いを、させてしまって――ごめんなさいね……」
 謝る。
 直ぐに――
 涙を振り払うように、ジーナが首を横に振る。
 『自分がいけなかった』のだと、唇を動かしそうになる……
 その頬に手を添え、首を振り、
「あなたに、占いを頼まなかったのは……」
 ジーナの言葉を遮る。
「あなたの能力を、信用していなかったからではないの――」
 …………少し、眩暈がする――
 揺らぐ視界に耐え、
「あの時のジーナには、休息が必要だと思ったから……」
 肩に掛けた上着の襟を握り締める……
「だから……アゴルと一緒に、眠ってもらうことにしたの」
 長く、細く、深く――
 息を一つ吐き、もう一度笑みを浮かべる。
「あなたが……ゼーナと同じくらい、優秀な占者だということは、良く分かっているわ……」
 鉛を着けたように重い右腕を、
「けれど――」
 その手の平を、
「やはり、あなたはまだ子供で……」
 淑やかに小さな頭の上に乗せ……
「占者としての経験も、『邪気』への対処も――悪いけれど、ゼーナには及ばない……」
 緩く波打つ髪を嫋やかに撫で――
「……『邪気』の妨害が入るかもしれない、危険な占いを――」
 申し訳なさげに眉を顰め……
「万が一のことを思えば……あなたに頼むわけには、いかなかったのよ……」
 エイジュは『いつもの』ように、小首を傾げて見せていた。

          ***

 煌めく星の河が、エンナマルナの向こう側に、まるで流れ落ちるかのように広がっている。
「ごめんなさいね、言葉が――足りなくて……」
 笑みを浮かべ、謝りながら……
「ジーナにそんなことを思わせてしまったあたしが、悪かったわ――」
 エイジュは優しく、ジーナの頭を撫で擦っていた。

 すんっと、鼻を啜り――
「……ううん」
 瞳に残る涙を拭い……
「分かるよ、エイジュがジーナのことを、考えてくれていること……」
 晴れやかな笑みを向けてくれる、ジーナ――
「……そう?」
 その笑みに、安堵する。
「あなたが、分かってくれたのなら、それで良いの……」
 下手に言葉を選んだり、取り繕ったりしないで良かったと、そう思える。
          
 ――体が……重い…………

 生まれて初めて覚える、体の違和……
「……もう、行くわね――」
 その違和を悟られぬよう、徐に立ち上がる。 
「もう、行くのか……?」
 ジーナを抱き上げ、共に立ち上がりながら、アゴルがそう――問うてくる。
 歩み寄ってくる皆の姿を見回しながら、コクリと頷くエイジュに、
「共に、エンナマルナには行かないのかね?」
 ジェイダが少し、焦った声音で訊ね掛けていた。
 ゆるりと振り向き、
「ええ……あたしのここでの役割は、もう終わりましたから」
 少し疲れの見える笑みを返す彼女に、
「急ぐのかい? 少しくらい休んでからじゃ、いけないのかい?」
 ガーヤが、
「そうだぜ? なんとなくだがよ、顔色、良くねぇぞ」
 並んでバラゴが、
「人には無理すんなって言ってんだから、あんたも無理すんなよな」
 二人の合間から顔を覗かせ、バーナダムが、
「あなたが一番、疲れて見えますが……」
「そうそう、馬もいるんだし、乗ってエンナマルナまで行けばいいよ」
 ロンタルナにコーリキ……そして、
「そうです、我々も、あなたに謝りたいことが……」
「それに、きちんと礼も述べたい」
 ジェイダに並び、エンリとカイノワが、
「あ、あたし達も」
「そうです! エイジュさん!」
 ゼーナに寄り添う、アニタとロッテニーナも……
 皆が――
 エイジュを中心に集まり、共にエンナマルナへ向かうことを望み、言葉を掛けてくる。
「……ありがとう――みんな……」
 温かな言葉とその心根が、身に染みる。
 エイジュは感謝の意を籠め頭を垂れ、ゆっくりと、けれどもはっきりと、首を横に振っていた。
 
「まだ……『その時』ではないんだね」

 ゼーナの静かな声音に、皆が眼を向ける。
「姉さん――何なの? 『その時』って」
 首を傾げ、問う妹に、
「それが、あたしにも上手く説明できなくてね……ただ、占者としての『能力』が、そう言っているとしか、言えないんだよ」
 ゼーナは困ったように眉を顰め、言葉を返す。
 そのまま、エイジュに近寄り、
「けれど、これだけは言えるよ」
 ガーヤそっくりの温和な笑みを浮かべ、
「『その時』が来るのは、そう遠い話じゃない……」
 彼女の右手を取り、
「近いうち、また、あたしたちは会える」
 想いを籠め……
「エンナマルナでね」
 両の掌で包み込んでゆく――
 星の海に黒く浮かび上がる聖地の岩壁を見やり、
「『その日』こそがきっと、能力が告げた『その時』になると、ね……」
 ゼーナはもう一度、満面の笑みを浮かべていた。

          **********

「この上着……貰ってしまっても、良いかしら――」
 馬に跨り、そう問うてくるエイジュに、
「あんたには少し大きいかもしれんが、そんなもので良ければ」
 アゴルは頷きながら笑みを向ける。
「……ありがとう――」
 感謝の言葉と共に返された笑みが、少し……嬉しそうに見えるのは己の気のせいかと――
 そんな、取り留めのないことを思いながら、アゴルは彼女の荷袋を手渡していた。

 馬に揺られ……
 北へと向かう彼女の背が、夜闇に溶け込むように小さくなってゆく。
 『ありがとう』という言葉と微笑みが、いつまでも胸の内に残り……
 どこか懐かしく思える、物寂しさを覚える。
 ……人を恋しく想う、物寂しさを――

「お父さん」
「――ん? なんだ?」
 踵を返し、少し離れたところで待つ、皆の下へと向かう。
「あたしね、まだエイジュに言ってないことがあるの」
「そうなのか? どうして言わなかったんだ?」
 小さな手を引きながら娘の顔を見やり、首を傾げる。
「ん……とね、今、全部話しちゃうのは、もったいない気がしたの」
「もったいない――?」
 問い直し、更に首を傾げる父に、
「うん、また、会えるんだから、その時まで取っておくことにしたの」
 ジーナはそう言いながら、少し恥ずかしそうに、そして、楽しみで待ちきれぬとでも言うように……
 満面の愛らしい笑みを、とても、とても嬉しそうに浮かべ――
 繋いだ手にキュッと、力を籠めてくる。
「……そうか――」
 己の手の平に,すっぽりと収まってしまう……小さな――小さな手。
 その手から伝わる温もりに、愛おしさが込み上げてくる……
「その時はエイジュとゆっくり、話せると良いな」
「うん!」
 大きく頷く娘を思わず抱き上げ、頬を摺り寄せる。
 恥ずかし気に、けれども嬉しそうに上がるジーナの笑い声に、ふと……