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自分らしく
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彼方から 幕間5 ~ エンナマルナへ ~

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 ジェイダは必死に幌幕を掴み、振動に耐えながら外の様子を窺い、皆に注意を与えていた。
 
 車体の軋む音、馬の脚が地を蹴る音が……
 今にも壊れてしまうのではないかと思えるほど、大きな音を立てて回る車輪の音が、緊張を助長させ体を強張らせる。
 ゼーナは自分にしがみ付くようにして、体を支えてくれているアニタとロッテニーナを見やり、
「大丈夫だよ、しっかりと掴まっているんだよ」
 優しく、そう声を掛けた。
 馬を急かせる手綱の鋭い音が、痛い――
 自分の体に当てられているかのように、聞こえてしまう……
 二人の手が震えているのが分かる。
 怖いのだろう……無理もない。
 蒼褪め、引き攣った表情で、どうにか笑顔を見せる二人が健気でならない。
「わたし達もいます」
「心許ないかもしれませんが」
 グゼナの大臣二人が……
 エンリとカイノワが、そう言いながら皆を護るように、両腕を広げ包んでくれる。
 怖さに唇を噛み締めながら、頷く二人。
 ゼーナは、そんな皆の顔を見回した後……
「あんたも、あたしにしっかりと掴まっているんだよ? いいね、ジーナ」
 膝の上に抱き抱えたジーナに、眼を落としていた。
 コクン……と、しっかりと頷きを返してくれる幼き占者に笑みを向け――
 その小さな体を改めて腕の中に抱き直し、ゼーナは馬車の行く先を見据えていた。

 ――……嫌な気配がする

 ――エイジュに頼まれて占いをした……
 ――あの時と同じ
 ――嫌な、気配……

 纏わり付くように粘っこく――
 疾走する馬車に追い縋るように……
 じわじわと、寄り集まって来ているのを感じる。

「……ゼーナ――」

 耳朶を捉えた小さな声音に、眼を向ける。
 今にも泣き出しそうな表情で見上げてくる、ジーナと眼が合う。
「あたし…………怖い」
 微かに震える声に瞳を大きく見開き、彼女を抱く腕に、ゼーナは力を籠めた。
「ジーナ……」

     ―― みんながいるから、大丈夫だよ ――

 そんな、気休めにしかならない言葉を、掛けようとした時だった。

「あたし、ずっと『占ってる』のに……ずっと、ずっと『占てる』のに、何も『占えない』の――」

 守り石の入った小さな袋を握り締め、ジーナがそう――口にしたのは……
「な、なにを……?」
 戸惑いを隠し切れない。
 辛うじて出た言葉はそれだけだった。

 『こんな時に?』『何の為に?』『何を占っているのか?』

 幾つもの疑問が頭の中を駆け巡り、どれを口にして良いのか分からない。
 だがジーナは、そんなゼーナの焦りなど余所に、
「エイジュのこと、何も『占えない』の――」
 何処か、在らぬ方角に見えない瞳を向け、 
「真っ暗なの、前に『占た』時もそうだったの!」
 まるで……何かに取り憑かれているかのように、
「エイジュは一人なのに……一人で戦っているのに! エイジュがどうなるのか、何も……何も『占えない』のっ!!」
 言葉を連ねていた……

          *************
 
「貴様ぁっ!!」
 旋回する翼竜の背の上に立ち、冷たい表情で見下ろす、長い、黒髪の女――
 超然としたその振る舞いが、『あの男』と重なる。
 奥歯が軋む……蟀谷に血管が浮き立つ……
 怒りと苛立ちに眼を見開き、カイダールはその女を落ち行く宙から……睨みつけていた。

 砂地に叩き付けられる寸前――
 身を翻し、着地する。
 即座に、飛び去る翼竜の影を眼で追う。
 半分ほど地平に沈んだ夕陽を浴び、朱色に染められながら、遠くなってゆく翼――
 だが、その背に、『女』の姿はなかった。
 咄嗟に、夜の色が濃くなってゆく空を見回す。
 数日前の、グゼナの兵の話しが、頭の中に蘇ってくる……
 ……グゼナ一と謳われた『占者』が、一行の中に居るという、話を――

 ――おれとしたことが
 ――失念していた

 『女』の行動はどう見ても、『挟み撃ち』にされることを予測していたとしか思えない。
 元国専の占者が共に居るのだ。
 自分たちの行く先(未来)を『占う』のは、当然のことだろう。
 と、なれば――
 新たに追手が掛かることも、その追手が『翼竜』に乗ってくることも……
 追手の人数も、その中に能力者がいることも、『占い』の結果として出ていた可能性は高い。
 『占い』の結果を踏まえ、それに応じた戦略を立てることも、容易だったはずだ。
 不意に、影が落ちる。
 星が瞬き始めた空を翼竜が……
 手下たちが乗っていた、一行の行く手を塞ぐ役目を担っていたはずの四羽の翼竜が全て……
 騒がしい鳴き声を上げ、何処か怯えたように翼を幾度も羽搏かせ――
 その鼻先を北の地へと向け、飛んで行く。
「クソ――が……!」
 ……天を仰ぎ見たまま、ギリギリと、奥歯を軋ませる。
 グゼナの兵から情報を仕入れ、取引によって翼竜を手に入れ――すっかり『先手』を取ったつもりになり、『慢心』していた自身に、腹が立つ。
 必死に辺りを見回すも、『女』の気配はおろか、人影すら見当たらない。
 陽は、落ち切る寸前だが、十分に明かりを齎してくれている。
 なのに……
 姿を見つけることも、気配を感知することも出来ないことに、カイダールは焦り始めていた。

          *************

「みんなっ! 用意はいいかいっ!?」
 疾走する馬上から、ガーヤの掛け声が響く。
「おうっ!!」
 彼女の声に応じ、皆は弓と矢を、その手にしていた。
 ……グゼナ軍から奪った物資の中にあった、『火矢』を―― 

     『追手は、翼竜に乗ってやってくる』

 ほんの数時前……
 姉、ゼーナと共に、追手の襲来を察知したエイジュの言葉が、蘇る。

     『翼竜は、図体はでかいが存外……臆病な生き物なんだ』

 アゴルの言葉が――

     『人や馬車を襲うなど、よほどのことがない限り、有り得ない』
     
     『だから、翼竜を使って出来ることと言えば……
      行く手を塞ぎ、挟み撃ちにすることぐらいだろう』

 そんな、確信に満ちた笑みが脳裏を過る。
 アゴルの言葉とエイジュの指示を基に、『火矢を射かけよう』――そう言ったのは己だった。
 今更だが……
 彼が、リェンカの元傭兵であったことを、心の底から有難く思う。
 でなければこのような案……思い付くことなどなかった――
  
 ――これも、巡り合わせって、言うのかね……

 柄にもなく、しかもこんな『時』に――
 感慨深げにそんなことを思っている自分につい……自嘲の笑みが浮かぶ。

     『世の中は広いな』

 ふと……
 左大公の言葉が浮かぶ。

     『いろんな人が、様々な思いを抱いて生きている』

 あれは……
 白霧の森を抜け、一夜明けた後のことだったと、思い返す。
 あの言葉、今は漠然とだが、分かる気がする。
 
「ガーヤッ!!」

 バーナダムの声に、気を引き締める。
「頼むぜっ! ガーヤ!」
 続いて名を呼ぶバラゴに、
「ああ、合図は任せなっ!!」
 ガーヤは『戦士』の眼差しを向け、大きく頷きを返していた。

          ***