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自分らしく
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彼方から 幕間5 ~ エンナマルナへ ~

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 ゼーナたちを乗せた馬車が、翼竜の合間を目掛けて、突進してゆく。
 ただそれだけのことで、翼竜たちが驚いているのが分かる。
 逃げようとする翼竜を、必死に抑えこもうとしている襲撃者たち……
 翼竜の力に振り回され、馬車にもこちらにも――気を配る余裕など有りはしない。
 彼らの少し手前で馬を止める。
 馬を降り、鏃(やじり)に火を点ける。
 馬車が……
 アゴルの御する馬車が、更に速度を速めた――

「――今だよっ!!」
 
 ガーヤの鋭い合図と共に火矢が、翼竜に向けて放たれていた。

         ギャーーッ  ギャーッ
     ギャーッ    ギャーーーッ
 
 次から次へと放たれる火矢が、頭を――あるいは翼を、そして巨体を掠め、飛び去る。
 薄闇の中、飛び、迫る『火』は、馬車の突進に驚き、けたたましい鳴き声を上げる翼竜に追い打ちを掛け、怯えさせるに十分な役割を果たしてくれた。
 大きく、激しく……翼竜は翼を翻し、その身を空へと浮き立たせる。
 怯え切った翼竜の逃避を、人一人の力で押さえつけることなど出来はしない。
 襲撃者たちは手綱を放し、ただ茫然と……
 飛び去る翼竜の背を、見送るしかなかった。

「よしっ……これでいい」

 安堵したかのような声音に、眼を向ける……
「これでもう、馬車に追いつくことも行く手を塞ぐことも出来ない――」
 弓を捨て剣の柄に手を掛ける、女戦士の姿が……
 同様に弓を捨て去る、三人の戦士の姿が瞳に映る。
「……チッ――」
 恐れも怯えもない眼差しに、虫唾が奔る。
「てめぇら……ふざけるなよっ!」
 襲撃者の一人が、怒りも露わに剣を引き抜き、身構える。
 『翼竜』を手にしたことで慢心し、彼らを、ただ逃げ回ることしか出来ない『賞金首』と侮った、自分たちの失態など棚の上に上げ、
「だったら……」
 その怒りと苛立ちの全てを籠めるかのように、
「てめぇらの馬を奪うまでよっ!!」
 剣先を馬へと向けていた。
 仲間の言葉に同調し、他の三人も自らの剣を引き抜く。
 威嚇のつもりかこれ見よがしに、無駄に振り回し始める。
「そうかい――」
 態と、だろうか。
 低い声音と共に深々と吐かれた、女戦士の大きな溜め息が鼻につく。
「なら……仕方ないね」
 他の面々と視線を交わしながら、焦りなど、微塵も感じられない台詞と共に、
「こっちも、引くわけには行かないからね……」
 女戦士が静かに剣を引き抜いた。
 他の者たちも、戦う意思を示すかのように剣を抜き、構え……
 揺らぐことのない強い光を放つ瞳を、怖気もなく向けてくる。

 彼らの内の一人が、馬を引き連れ、戦線を離脱してゆく。
 まるで……
 予め、役割を決めてあったかのように――
「……けっ――」
 忌々し気に唾を吐き捨て、苛立ちに形相を歪める、襲撃者たち……
「やるぞ、お前ら」
「おうよ」
 互いに視線を交わし、頷き合い――
 じりじりと彼らとの距離を、詰めていった。

          *************

 突如――
 砂が踏み締められる音が、耳朶を掴む。
 先刻まで、どんなに探っても感知することの出来なかった『気配』が……
 氷のように冷たく、研ぎ澄まされた刃のように鋭い『気』が、ハッキリと感じ取れる――
 不可解だった。
 疑念が、頭の中を駆け巡ってゆく。
 全く感じ取れぬほどに気配を断つことの出来る『能力者』など……
 一瞬にして、『移動』することの出来る『能力』など――カイダール自身、聞いたことも見たこともなかった。 
 また――
 体が勝手に恐怖に慄いている……
 相手がどんな『能力者』だろうと、己が『敗ける』ことなど有り得はしない――はずなのに……

 拳を握り、歯を剥き出し……
 己の『本能』の忠告を無視するように、
「占者に――占わせたんだな……」
 カイダールはゆっくりと、踵を返した。
 風に靡く、緩く波打つ長い黒髪が、瞳に映る。
「おれ達が襲ってくることも、翼竜に乗ってくることも……」
 残照が照らし出す、美しい体の稜線を睨みつけながら、
「全部、占者の『占い』で分かっていたんだな」
 静かに、剣の柄に手を掛けた。
 朱色の光が、女の彫りの深い面立ちを、更に際立たせている。
 形の良い唇を少し、歪め……
「……『占者』が居ることを知っているということは――足止めしておいたグゼナの兵に、会ったということね……」
 冷めた笑みと氷のように冷たい声音を放つ女に向けて、カイダールは剣を引き抜いていた。

          ***

 金属同士がぶつかり合う甲高い音が、幾度も響く。

 ――くそっ……

 この細い体のどこに、それだけの力があるというのか……
 カイダールは女の振るう剣を受け止め、払いながら、納得出来ぬ思いを抱え、応戦していた。

 ――どうなっていやがるっ!

 己の最大限の速さ、最大限の力を以って振るっているはずの剣が……
 悉く弾かれ、薙ぎ払われる――
 こちらは、『風』の能力を使う暇も見い出せずにいるのに、向こうは氷の槍を幾つも作り出しては、攻撃の合間に放って来る。
 否応もなく、足止めを食らっている。
 今、この時にも、馬車はエンナマルナへ刻一刻、近付いているというのに――
 己の望みを果たす為にも、一行を逃す訳にはいかないというのに……
 ……焦りが募る。
 女の攻撃を避け、払いながら、両の指に嵌っている指輪に、カイダールは視線を移していた。
 一瞬――
 あの『御前試合』の日が、脳裏を過る。

 ――だがこいつは、あの男……

 風を纏い、不敵な笑みを浮かべた端正な顔が、思い浮かぶ……

 ――……イザークじゃない

 嫌な記憶を振り払うように女を見据え、

 ――ただの『氷使い』だ!

 幾つもの懸念を振り払うように、自身にそう、幾度も言い聞かせた。
「うおぉおおぉっ!!」
 渾身の力を籠めて、女の攻撃を弾き返す。
 盤石だった女の体勢が僅かに崩れ、隙が、出来た――
 ……その隙を――
 カイダールは逃さなかった。

          ***
 
 剣を交えながらも一行を追う為だろう……
 攻撃を避け、払いながらも、エンナマルナの方へと向かおうとする男に、エイジュは少し、感心していた。
 こちらも『殺さない』程度には、手加減をしている。
 向こうも、『邪気』によって強化されてはいるのだろうが……それでも、剣と氷の槍の攻撃を避けたり、返したりしながら、それだけのことが出来ていることに、素直に驚いていた。

 ――殺してしまえれば
 ――どれだけ楽かしら……ね
 
 ふと、そう思う。
 『今』の力であれば、襲撃者全員を『瞬殺』することなど容易い。
 だが……

     『エイジュッ! 絶対に無益な殺生はするなっ!』

 アゴルの言葉が、耳朶を掴んで離れない。
 彼らの心が放つ『光』の輝きに、逆らうことは出来ない。

 ――数年前のあたしなら
 ――きっと

 ――構いはしなかったでしょうけれど……

 そんな想いが過り、戦いの最中にも拘らず、自嘲の笑みが浮かぶ。
 ……男の背が――
 隙を見ては、一行に追いつこうとする男の背が、眼に入る。