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自分らしく
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彼方から 幕間5 ~ エンナマルナへ ~

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 ただ、彼女との距離が……エイジュとの距離が離れれば離れるほど、その『想い』は強くなってゆくような気がする。

 『エイジュの傍へ行きたい』

 その、『想い』が――

          ***

 嫌な気配が、どんどん強くなってくる。
 馬車の中、皆に支えられ、ジーナを膝の上で抱き締め……
 ゼーナは馬車の『外』に寄り集まる『嫌な気配』が、更に増えて来ていることを感じ取っていた。

 ――何事も
 ――起きなければ良いけど……

 言い知れぬ不安が、頭を擡げてくる。
 『外』の様子を確かめたいが、激しく揺れる車体の中を移動すること自体、危険な気がする。
 いや、それよりも……
 その『嫌な気配』が今、正に、ジーナに何かしらの『影響』を与えているのではないか――
 先刻の彼女の様子を思い返せば返すほど……
 馬車の後方に、その見えない瞳を向け続ける様を見れば見るほど……そう思えてならない。

 先日の占いを『妨害』してきた、『嫌な気配』……
 『邪気』と呼ばれるこの『気配』が、まだ幼く、占者としての経験も浅いジーナに与える影響は、計り知れない。
 一刻も早く、エンナマルナへ……
 『聖地』に着くことを、願わずにはいられない。
 『光の世界』の加護を、求めずにはいられない……
「左大公!」
「――!?」
 ゼーナの不意の呼び掛けに、振り向くジェイダ。
「エンナマルナは……まだ、見えませんか!?」
 焦りの滲む問いかけに眉を顰めながら、ジェイダは幌幕の外に視線を移した。

 視界に入るのは、遥か遠くまで続く荒れ地……
 夜の色を濃くした空と、殺風景な大地とを分かつ地平線が、果てもなく続いている。
 揺れる体を支えながら、瞳を凝らす。
 やがて……
 馬の目指す先に黒い点が――
 真っ直ぐな地平に、態と一つだけ落としたかのようなエンナマルナの岩壁が、ジェイダの視界に入ってきた。
「――っ! 見えたぞっ!!」
 左大公の口から発せられた鋭く短い声に、皆が反応し、眼を向ける。
 だが、ただ一人……ジーナだけは――

 ――エイジュ……

 その意識を皆とは違う方へ……
 エイジュへとただ、向けていた。

          *** 

 ――エイジュは……
 ――みんなは、大丈夫だろうか……

 エンナマルナの影を視界に捉えた時、アゴルの脳裏に最初に過ったのは、衝撃者たちの足止めをしてくれている、皆の安否だった。

 
 昼間……
 一時の休息を得る為に立ち寄った岩場で、ゼーナと共に話し始めたエイジュの顔が脳裏に浮かぶ。
 皆を前に、二人は感じ取った気配があることを……
 ゼーナが『占い』で占た『場(未来)』が迫っていることを、告げられた。
 自然と、口数は少なく……
 表情が強張ってゆくのを確かめ合うように、皆、視線を交わす。
 勿論、『怖れ』はある。
 だが、それよりも、『いよいよ』『遂に』『漸く』――
 そういった感情の方が、面に強く出ていたように思える。
 『あとは勝つだけだ』……
 そんな、戦いを控えた戦士たちの『士気』を挫くかのように、 

  『襲撃者は翼竜に乗ってやってくる』

 そう言ったのはエイジュだった。

  『だから、戦えない者は全員、何があっても構わず、馬車でエンナマルナへ向かって』

 と……
 当然――皆、首を横に振った。
 翼竜に乗ってくるのなら、馬車で逃げたところで直ぐに追いつかれる。
 だったら皆で迎え撃とうと――――
 だが、エイジュはそれを許さなかった。

  『まずは翼竜を追い返す方法を……』

  『能力者はあたしが――』

  『残り四人の襲撃者は、戦える者全員で足止めを……』

  『但し一人は、重臣方の護衛として、一緒にエンナマルナに向かって欲しい』

  『皆で、生き残る為にも――』

 と…………
 対策を立て、皆の役割を決めようと――そう言ってきた。
 敵の能力が分からぬ以上、少しでも生き残る確率を上げなくてはならない。
 『最悪の結果』を想定し、それを回避しなくてはならない。
 皆で留まり、護りながら戦うよりも、言葉は悪いが『足手纏い』になる者を先に逃がし、足止めに専念した方がどちらも生き残る確率が高くなる……と――
 彼女の話しに……首を縦に振る者はほとんど、いなかった。
 頭では理解していても感情では『それ』を、受け入れられなかったからだ……
 おれとガーヤ、それにゼーナが、皆を宥めエイジュの案を受け入れるよう説得しなければ、いつまでも話し合いは終わらなかったかもしれない。 
 襲撃者への対策も、翼竜を追い返す方法も、直ぐに決まった。
 まさか、リェンカで翼竜を扱ってきたことが、こんな所で役に立つとは……
 『役割』を決めるのも、大して時間は掛からなかった。
 『護衛』役に任命されたのは、自分だった――
 これは否応もなく全員一致で『指名』された。
 理由は簡単だ。
 戦闘能力の高さもそうだが、戦えない者たち……その内の一人は自分の子供……なのだから。
 まだ幼いジーナから唯一の肉親を、『万が一』にも奪うことになってはいけない――と……
 ……自分だけが――
 『戦士』であるにも拘らず自分だけが、『戦いの場』から除け者にされたような……
 罪悪感にも似た疎外感を感じた。
 無論……
 襲撃者が狙っているのは、手配された左大公方重臣たちであることは間違いない。
 ガーヤやバラゴ、戦士たちの足止めを掻い潜り、何とかこちらを狙おうとしてくるだろう。
 逃げに徹するとは言え、決して、安全だとは言い切れない。
 ……だが……
 直に剣を交える者たちと比べたら、命の危険度は、雲泥の差と言えるのではないだろうか……
 ……『命を懸けて』戦闘の場に身を置くことだけが、『戦う』ことではないことは重々承知している。
 だが、『子供がいるから』という理由が付くことが……
 『男』として『戦士』として、どうにも、承服出来なかった。
 その考えが、『父親』として『失格』だと分かっていても――


 無意識に、馬を急かす手が緩む。
 仲間の様子を、戦いの行方を……確かめたい衝動に駆られる。

 ――集中しろっ、アゴル!
 ――今は余計なことを考えるなっ!!

 際限なく脳裏を過る『危疑』を……『憂い』を振り払うように自身を叱咤し、アゴルは馬車をエンナマルナへと、走らせていた……
 
          ***

「うっ……?」
「……あ――」

 『それ』を感じたのは、『二人』ともほぼ同時だった。
 疾走する馬車を包み込むように、覆い被さるかのように――
 『邪気』の気配に辺りが満たされるのを、感じたのは…………

        クェーーーーッ!!

 馬の――
 何かに怯えたような鋭い嘶きが響く。
「うわっ!」
「きゃあっ!」
 急激な馬車の失速に、体が前に倒れ込みそうになる……
「どうしたっ! 走れ、走ってくれっ!!」
 必死に体を支え、堪える中、聞こえてくるアゴルの切羽詰まった声音が……
 打ち鳴らされる手綱の音が、嫌な予感をただただに、煽って来る。
「拙いね……」
 押し寄せる嫌な感覚に、眉を顰めるゼーナ。