ポケットに咲く花。
「ああ、確かにあれは可愛いよね。うん」稲見は己の意見に頷いた。
「可愛い可愛いって、あんたらは可愛けりゃ何でもいいのか……」飛鳥は呆れた視線で夕、稲見、磯野と顔を見た。
「可愛いは正義!」夕はにっこりと飛鳥に微笑む。
「私も可愛いには含まれてるのかな?」眞衣はほぼ笑み無しで言った。
「可愛いでしょう」夕は驚く。「何だよまいちゅん、ちゃんと根っこまで惚れてるぜ?」
「可愛いでござる!」
「可愛いのってよお、判断すんのが本能だと思うんだよな?」磯野は顔を難しくしかめて言う。「可愛い子とか見つけるとよ、自分の、DNAを残したい、とかよ、本能で思うらしいぜ?」
「赤ちゃんは何で、人間も動物も可愛いか知ってる?」夕はにこやかに皆に言う。「ベビーシェマっていうんだけどさ、赤ちゃんって可愛いでしょ? これを刺激として、親近性が自動的に働くんだよ。つまり、可愛いことで、赤ちゃんは周囲の大人に生きるのを手伝わせる魔法を使ってるわけ」
「乃木坂も一緒じゃねえか」磯野はげらっと下品に笑った。「乃木坂は可愛いだろ? いや可愛すぎんだろうが!」
「一人突っ込み……」眞衣は磯野を見て呟いた。
「その可愛さでえ、その魔法にかかった俺らは、推すわけだよな?」磯野は夕に視線を向ける。「だろ?」
「まあな。魔法使いだな、赤ちゃんと乃木坂は」夕は微笑んで皆を見る。「だれがエグイ魔法使いかな~……」
「何でこっち見てるんだよ……」飛鳥は夕をあしらう。
「今ここに集まってるメンバーは最強クラスの魔法使いでござるよ!」あたるは興奮してソファから立ち上がった。「あれでござるな、チート級のヤバい魔法使いでござるな!」
「悪い魔法使いじゃあないんでしょ?」飛鳥はグラスを持ちながら、あたるを一瞥して言った。
「もちろんでござる!」
「座れ……」夕は嫌そうにあたるに言った。
「まいちゅんの大人っぽい魅力、かっきーやさくちゃんの初々しい魅力」稲見は突然に語り始めた。「だとしたら、乃木坂はありとあらゆる魔法を使い分けるね。ベビーシェマじゃないけど、確かに乃木坂は可愛いことで多くの大人達を動かしてる」
現在この広大なフロアには、乃木坂46の『君に叱られた』がリピート再生されている。
「センターだけどさ、さくちゃんときて、かっきーだよ。どうこの四期の強さ」夕は嬉しそうに顔を喜ばせて言った。「前代未聞(ぜんだいみもん)じゃねえ?」
「そうだねー」絵梨花は深く納得する。「確かに快挙(かいきょ)だよね」
「凄いと思うよ」眞衣はさくらと遥香を一瞥して言った。「頑張ってると思うし」
「そうなのよ。ちゃんと努力が見えるのよ」絵梨花が言った。
「いやいや、そんな……」遥香は恐縮する。さくらも眼を細めて首を横に振っていた。
「美月ちゃんの時も驚いたな」夕は美月を見て言った。「僕は僕を好きになるのセンター」
「あらー」美月はちょうどつまみを口に入れたところだった。「ありがと」
「ずっと神曲続いてね?」磯野は夕を見て、それから皆に言う。「ここんところ何年か、つうかまあ、全部名曲なんだけどよお……、なんっか、すっげえ聴きごたえ? 見ごたえのあるシングルが続いてるよな~」
「君に叱られた。とにかく、とてつもなく可愛い楽曲です!」駅前は精一杯で発言した。
「センターの両わき、飛鳥ちゃんと与田ちゃんだよ?」夕は嬉しそうに言う。「こんな素敵な事って他にあるか?」
「ないでござる!」
齋藤飛鳥は「あ、そう」と苦笑している。与田祐希は上品に笑っていた。
「王冠(おうかん)? かずみんが、王冠託(たく)すじゃん、かっきーに」夕は両腕で再現しながら言う。「あそこ、いっちばん、感動!」
「あーそこかあ」一実は笑顔である。
「あー私も、好き、その、そこ」遥香は夕を指差して、噛み噛みではにかんで言った。
「あの……。ぴょんぴょん、飛び跳ねるところがあるよね」稲見は眼鏡の位置を修正しながら言った。「僕は頭を殴られたようで、のところだね。……可愛いよね、あれは。さくちゃんの印象が強い」
「ありがとう」さくらは稲見に微笑んだ。
「俺はサビだな!」磯野は大喜びで皆に視線を送る。「王冠のあの動き! どうやってんのかわかんねえもんだって」
「こう……」
賀喜遥香を先陣に、何名かがサビの部分の振り付けを再現してみせた。
「だ、今の見たってできねえもんよ……」磯野は腕を組む。「お前らできっか?」
「やあと、わかっあた、わかっあた」夕は踊ってみせた。
「あれできんのかお前ごときが!」
「誰がごときだ!」
「私は、かずみんさんが、かっきーさんの背中を押すシーンが、一番きます」駅前は今も感動しながら言った。
「ああー木葉ちゃーん、ありがとー嬉しいぃ」一実は駅前ににこやに言った。
「ありがとうえっきー」遥香は駅前に微笑んだ。
「え、えっきーって呼んでるの?」一実は驚いた顔を遥香に向ける。「えっきー?」
「はい」遥香は微笑んで答えた。「つい最近からなんですけど」
「えっきー……」みなみは笑顔で囁いた。
「なんか、かっきー、みたいだね」一実は笑う。「えー何それー、可愛い~」
「えっきー?」飛鳥は反芻(はんすう)する。「えっきー、えっきー……。あれ私何て呼んでるっけ?」
「駅前っちです」駅前は笑顔で飛鳥に答えた。
「あ、いいでござるなー」あたるはすかさずに飛鳥に言った。「飛鳥ちゃん殿は小生をダーリンと呼んでくれないでござるのに……」
「いやダーリンは、ちょと……無理なんで」飛鳥はあたるから視線を外して、細かく頷いた。
「駅前さんは、いやえっきーは、かずみんがかっきーの背中を押すシーンか……」夕は会話を元に戻した。「確かにあれはヤバい表現だよなー」
「小生はあれでござるな~」あたるは両耳を両手でふわふわ押さえて踊ってみせる。「他人(ひと)の話、聞こうとせずに、でござるな~!」
「フリ入れは、飛鳥早いよね、覚えるの」眞衣は飛鳥を見て言った。
「別に早くないよ~」飛鳥は口先を尖(とが)らせてふざけて言った。
「さくちゃんも上手い、よね」遥香はさくらを見つめて言った。
「上手くない上手くない」さくらはまいったように首を横に振る。
「かっきーも上手だよ?」絵梨花は遥香を見つめて言った。
「あ、ありがとうございます。いや、全然」遥香は苦笑する。
「電車のーなかーはーうるーさーくてー、知らずーにー声がー大きくなってたーのところ! 飛鳥ちゃんと与田ちゃん!」夕はそのシーンを思い出して笑顔で興奮する。「あそこカメラに抜かれるじゃん、二人。あっそこヤっバい! 可愛すぎる!」
「ありがとう」祐希は笑みを浮かべて夕におじぎした。飛鳥は澄ましてドリンクを飲んでいる。
「きつくー聞ーこえーたーかもしーれない、もだろ!」磯野は興奮して歌ってみた。
「なに今のど下手っくそな歌は」夕は驚愕(きょうがく)する。
「クソっカスでござったな」あたるも続いた。
「うっせえ殴んぞてめえら!」磯野は歌の評価に驚きを隠せない。
「まあ、言いたかったのは、さくちゃんと美月ちゃんのところだね」稲見が言った。
「そう! そうだろ!」磯野は大声で答える。「さくちゃんが最初に謝(あやま)ってるの抜かれて、次に美月ちゃんのトホホ、が抜かれんだろうが! 最強だろうが!」