ポケットに咲く花。
「ハッピバースデー、トゥーユー、ハッピーバースデイ、トゥーユー、ハッピバースデイディア蘭世~(ちゃーん)……ハッピ、バース、デイ、トゥー、ユ~!」
十二人の盛大な拍手が、寺田蘭世に贈られる。
「えー、嬉しい!」蘭世は素直に喜んだ。「え、今考えたの?」
「このタイミングだと思ってさ」夕は蘭世にウィンクした。「話してたのは皆とだよ」
「おめでとう蘭世ちゃーん」一実は笑顔のお手本のような笑みで蘭世を称(たた)える。
「おめでとう、え幾つになったの?」まあやは疑問を口にした。
「二十、三になります」蘭世は微笑んで答えた。「二日後で」
「おめでとぅ」七瀬は微笑んだ。
「おめでとうございます」遥香はぺこりとおじぎをした。
「おめでとうございます」さくらも蘭世におじぎする。
「ありがと~」蘭世は笑みを絶やさない。
「蘭世ぴん、おめでと!」日奈子は満面の笑みで蘭世を見つめた。「二個下!」
「二個上」蘭世は微笑みを返す。
電脳執事のイーサンの呼び声で、ミッションの発動が終了した。
「えー」蘭世は眼を見開く。
寺田蘭世と北野日奈子が座る、東側の壁面に埋め込まれている〈レストラン・エレベーター〉に、ビッグサイズの誕生ケーキが到着したのであった。
風秋夕が大型のトレーに載った誕生ケーキを、移動式のキャビネットに載せて、ソファ・スペースの中央にあるテーブルへと運んだ。その時に、食べ終わった皿やグラスなどを〈レストラン・エレベーター〉で送り返した。
ナイフもフォークも、人数分が用意されていた。
「あ、名前書いてある、えー」蘭世は感動する。「ちっちゃい頃、よく名前間違えられてたなー……」
「たまにミスるけどね、今日は大丈夫」夕は蘭世に微笑んだ。
誕生ケーキの真ん中には飴細工アートの虹がアーチを作り、そこに「寺田蘭世ちゃん、誕生日おめでとう」とチョコレートで書かれている。
火の代わりに花火の灯(とも)った蝋燭(ろうそく)は、太い十を現したものが二つと、細い蝋燭(ろうそく)が三本あった。
「食べようぜ、蘭世ぴん」磯野は蘭世に言った。
「待って、……写真撮る。え撮ろう、撮りましょう、みんなで撮りたい」蘭世は可愛らしくそう言った。
皆が寺田蘭世と北野日奈子の座るソファに集まり、記念写真を撮影した。
北野日奈子と山下美月が率先して誕生ケーキを切り分け、皆は行儀よく着席して、ケーキを食す。
「イーサン、音楽……」夕が天井を見上げて言った。
すると地下二階のフロアに、ロイドのR&Bサウンド『レイ・イット・ダウン』が流れ始めた。
「今度さ、リリィで改めて、九月生まれと十月生まれの人の、生誕祭? やるつもりでいるんだけど。今日は今日でオンリーワンの、いい感じになったね」夕はにっこりと微笑んで皆に言った。
「最初に蘭世ちゃんの誕生日だって言ったの誰だっけ?」一実は皆を見回す。
「はい!」日奈子は元気よく手を上げた。「日奈子がケーキ注文したんだもん」
「タイミングもちょうど良かったねぇ」一実は微笑んで、ケーキを一口食べた。
「ありがとう」蘭世は日奈子にそう言ってから、皆にも「ありがとうございます」と言った。
「蘭世ちゃんの誕生日、二日前って事で、波平が歌うみたいだぜ?」夕はしらけっつらでケーキを食しながらそう言った。
「は!」磯野は夕を見る。「何だぞれおい!」
「歌ってくれるの?」蘭世は、磯野を見つめる。
「うふーんおお、歌うぜ」磯野は照れた。
風秋夕は笑いこけている。
「何歌うの?」一実は磯野を真っ直ぐに見つめて言った。「ここで? ここで歌うの?」
「イーサン、マイク」夕は言った。
電脳執事のイーサンの、しゃがれた老人の声が応答した。
「え、マイクも届くんだ?」一実は眼を見開いて、驚いた顔で言った。
「何歌うの?」七瀬は磯野に言った。
「ん? んんー……」磯野は斜め上を見て考えてから、七瀬を見て言う。「イナッチも歌うらしいからなあ。かぶんねえ歌だよな?」
「え?」稲見はクロスワード・パズルから顔を上げる。
「イナッチも歌ってくれるの?」蘭世は半分ふざけて、稲見を見つめた。
「……。歌っても、いいんなら」稲見は眼鏡の位置を修正しながら答えた。
磯野波平は笑いを堪(こら)えている。
「夕も歌うからね、邪魔しないようにしないと」稲見は澄ました顔で言った。
「はあ?」夕は稲見を見る。
磯野波平は大笑いする。
「夕君、ありがと」蘭世は完全にふざけて、上品に微笑んだ。
「あ、ああ、はは、うん」夕は咳払いをして、言う。「ダーリンがメインボーカルだからなー、合わせないと」
「んぶう!」あたるはお茶を真横の空間に、霧吹きのように吹き出した。
「うわあなになになに!」日奈子は悲鳴を上げる。
姫野あたるは謝罪しながら、壁にかかっている常用のタオルケットで床の液体を拭いた。
「小生は、歌は苦手でござるけど、……蘭世殿が、それでも良ければ」あたるは苦笑した。
「ありがとう」蘭世は微笑む。
電脳執事のイーサンの声で、〈レストラン・エレベーター〉にマイクが十三本、到着した。マイクにはそれぞれ、頭部の部分に布がかぶされていた。
男子達四人の長い相談が終わり、風秋夕がマイクで言う。
「言霊砲……、行きます。与田祐希さん、やらせていただきます」
磯野波平は、短く手を上げる。「大園桃子ちゃん、やらしてもらいます」
稲見瓶が、続いてマイクで言う。「山下美月さん、やります」
姫野あたるも続いてマイクで言う。「久保史緒里ちゃん、やりたいと思いますでござる」
明るい雰囲気のその場に、小さな歓声と拍手が沸き起こる。
「イーサン、乃木坂の言霊砲のインスト、流して……」
風秋夕はそう言って、眼を閉じた。他の三人も集中力を高めていく……。
楽曲が流れ始め、終わるまでが、やたらと長く感じられた。四人共にひどく音程の外れた発声と、リズムキープを忘れた渾身の一曲となった。
「蘭世ちゃん、おめでと」夕は苦笑する。
「おめでとうな!」磯野は堂々として微笑んだ。
「ハッピーハッピーバースデイ、ディア、蘭世ちゃん」稲見は無表情でソファに座った。
「歌のプレゼントなんて、初めての体験でござるよ。蘭世殿、お誕生日、おめでとうございます、でござる」
寺田蘭世は微笑んで、皆を見る。「ほんと、ありがとう。皆さん。素敵な二十三歳にします」
11
二千二十一年にも十月が訪れ、本格的な秋を終える頃、姫野あたるは多くの熱き想いを胸に秘めて、秋田県のとある山の麓(ふもと)にいた。そこは茜富士馬子次郎(あかねふじまごじろう)こと、通称夏男(なつお)氏が管理人を務める〈センター〉と名の付いた二階建てのコンクリート建造物である。
姫野あたるは石油ストーブの電源を入れた。カチリと、気持ちの良い音がして、間も無くストーブに紅い火が灯(とも)った。
夏男は、キッチンのテーブル席で煙草を吸っている。姫野あたるは、喫煙者であるが、今は煙草は吸わずに、ワイヤレス・イヤホンで携帯電話からの音楽を聴いていた。