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ポケットに咲く花。

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 〈センター〉の構造は、簡単に説明すると、出入り口となる正面玄関の前にアーチが在り、常夜灯(じょうやとう)が灯っている。玄関を入ってすぐ左手側にキッチンがあり、大半の時間をここで皆が過ごすのである。一階には他に、暖房室とお風呂場があり、洗濯機置き場や物置があった。
 二階は、シンプルな部屋が三部屋あるだけであった。トイレは一階と二階共に一か所ずつ設(もう)けられている。
 時刻は夕方の四時を回っていた。
「ダーリン」夏男はふと、あたるの方を見た。
「?」あたるはイヤホンを外す。「何でござるか?」
「二日目になるね、ダーリンが来て」
「ああ、はい。でござる……、迷惑でござったか、夏男殿(どの)」
「いやいやあ、そういうんじゃないんだ。たださ、元気ないじゃない、ダーリン」夏男は微笑んで言った。
「見抜かれている、でござるな……」あたるは苦笑しようとして、やめた。
「誰かが、卒業するんだね?」夏男はあたるを見つめる。
 姫野あたるは、頷(うなず)いた。
「誰が卒業するのか、きいてもいい?」夏男は優しい顔で言った。
「二期生の、寺田、蘭世ちゃんと。一期生の、高山一実ちゃん、でござる」あたるは夏男の眼を見れずにそう言った。
「乃木坂を支えてきた、一期生と二期生か……。そうか。辛いよね」
「正直、辛いでござる」あたるは眼を瞑(つぶ)った。
「ダーリンがここに遊びに来てくれる時ってさ、いつもそういう時だから、ね。わかってはいたんだけど、ダーリン今回何も話さないからさ……。きいちゃった」
「面目(めんぼく)ないでござる、夏男殿……。蘭世ちゃんとかずみんの卒業は、小生(しょうせい)、まだ気持ちの整理ができていないのでござる。ゆえに、言い出せなかったんでござるよ」
「蘭世さん? はいつ頃、乃木坂を卒業しちゃうの?」夏男は、新しい煙草を抜き取った。
「おそらく、十月後半の、アンダーライブで」あたるはそう言った後で、歯を食いしばった。
「ふーん、そっか。高山、かずみんさんは?」夏男は煙草に百円ライターで火をつけた。
「おそらくは、十一月の東京ドームがラストかと」あたるはその頬(ほお)に、涙を落とした。
「まだ時間はあるよね。じゃあ、笑顔で送る準備をしようよ、ダーリン」
 姫野あたるは、俯(うつむ)いた顔を、夏男の方へと向けた。夏男は笑顔であった。
「どうやって……」あたるは縋(すが)るような眼で夏男に言った。
「好きだと、言葉にするんだよ。大好きな人に、永遠を誓って」夏男は笑顔のままで言った。
「永遠を、誓って……」あたるは顔を般若(はんにゃ)のように歪めて、泣き始める。「え、永遠を誓うでござるよ……、ずうっと、大好きなままでござる……」
「アイドルを本気で好きという人の事を、笑う人もいる。それも事実だ。だけどね、アイドルだって、人生賭けてやってるんだよ。自分の一番大事な時期を、全てアイドルに捧げてるんだ。本気なんだよ。だったら、ファンだって本気にならなきゃ、秤(はかり)が合わないじゃない? だから、アイドルとファンはいつだって繋がってるんだ」
 姫野あたるは、夏男の言葉を胸に焼き付けていく。
「どんな時も、見捨てちゃいけないよ。どんな時だって、守ってあげられなきゃあ、それはファンとは呼べない。どんな時だって、大好きな人達だよ、支えてあげなきゃ」
 姫野あたるは、新しい涙を頬に流した。
「難しい時だってある。人間も感情がある生き物だからね、わからなくなる時だってあるよ。そういう時……」夏男はあたるを強く見つめる。「思い出せ、ダーリン。その人達に、永遠の愛を誓った事を……」
「永遠の愛。生涯、忘れぬでござる!」あたるは叫んだ。
「どんな時だって味方でいろ!」夏男は強い視線で言った。「君を救ってきた眩しい光を一秒だって忘れるなっ! ウィーケスト・リング! 繋がりを守るその鎖(くさり)は、弱い輪からちぎれる! 鎖のわっかとわっかに弱みを作るなよダーリン! 胸をはって君が好きだと、大声で言えるように、普段から乃木坂に誠実でいろ!」
「はい!」あたるは震える声で答えた。
「卒業を選んだその人が、これからを笑って行けるように……」夏男は、あたるに微笑んだ。「泣いた後で、ちゃんと笑うんだよ」
「はい、でござる!」あたるはテーブルに伏(ふ)して、泣き始めた。
 姫野あたるのその姿は、親に愛情ある説教をもらった子供の様でもあり、何やらに必死になって思いを巡(めぐ)らせる吟遊詩人(ぎんゆうしじん)のようでもあった。
 卒業とは、なんであろうか――。卒業とは、規定の全課程を修了する事をいう。これをもって、卒業した者は卒業生と呼ばれ、身に着けた知識や経験値を高く評価される事となる。
 では、寺田蘭世ちゃんや、高山一実ちゃんは、乃木坂46を卒業して、広く一般的に言う世の中から、称賛されるのだ。嫌な気はしない。それよりも逆に誇らしくあった。
 なのに。
 なのになぜ。
 涙は止まらないのだろう……。
「小生はっ、小生は行けなかった乃木坂ライブもあるでござるっ、行けなかったアンダーライブもあるでござるよっ、申し訳がないでござるっうう!」
「ダーリン……、その気持ちが大事なんだよ。ライブに行きたい気持ちは、あったんでしょう?」
「もちろんでござるっ!」
「行けない時だってあるよ。みんな、それぞれ事情を持ってるんだ。ただ、乃木坂が、スタッフさん達が、どういう気持ちでライブを創(つく)ってるのか、そういう事をちゃんと理解していれば、行けずに申し訳ない気持ちだって出てくる。取り返せるチャンスがあったら、取り返せばいいよ」
「小生は……、乃木坂にとって、どんなファンでござろうか……」あたるの瞼(まぶた)からは次々と、新しい涙が零れていく。「持っていないグッズも中にはあるでござる……、どんなに悩み抜いてみんながグッズを作っているかはしっかりと知っているでござる、小生がもっと裕福だったなら、…くそ! 小生はどうしてこんなに、こんなに……、幸せでいられるのか、それが痛いほどわかっているのに……、何で、完璧に応えられるファンではないのでござろう」
「……」
「小生はっ、乃木坂にっ、一体何をしてあげられるでござるかっ!」
「応援する事ができるよ」
 夏男は真っ直ぐに、姫野あたるを見つめて、頷いた。
 僕はある日、乃木坂46と出逢った。それはテレビの中と、テレビを観ている一視聴者としての出逢いだった。
 衝撃が走った――。ひたむきに、がむしゃらに努力をしている乃木坂46のまだ幼い姿を見て、僕は人生をやり直せと言われている気持ちになった。
 中退した高校。それを克服(こくふく)するべくして、働きながら夜間学校に通った。乃木坂ってどこ? という深夜番組を毎週楽しみにして、乃木坂46がリリースするCDを買う事がまるでご褒美(ほうび)のような感覚だった。
 幸せな何年間かが過ぎて行き、ちらほらと卒業、というものが眼に見える傷口のように心に痛むようになっていった。
 何度か経験済みの乃木坂46のメンバーの卒業であったが、年数が増すほどに、それは徐々に受け入れられぬ卒業となっていった。
作品名:ポケットに咲く花。 作家名:タンポポ