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ポケットに咲く花。

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 どうやって見送ってきたのだろう。今では、もう、その鬼気迫(ききせま)るような日々を憶えてはいない。一体いつからだろうか。
 乃木坂46の卒業生が出て、涙を流すようになったのは……。
 単身東京に出てきて、乃木坂工事中という番組名になぞって、ガードマンの会社に就職した。
 やれる事は、何とかやってこれただろう。
 幸福は、絶えず乃木坂46から、そして、その卒業生達から貰っている。
 しかし、その愛情が絶大だからこそ、悲しみも、その人達から伝わってくるのだ。
 泣く事は、正しいことだろうか。
 落とした涙が、深い闇に転がり落ちていく。暗がりに閉ざされた部屋に引きこもっていた頃には、経験した事のない感情だった。大好きだからこそ、悲しみが大きすぎるのだ。
 この手に掴んだ幸せが、少しずつ、形を変えてすり抜けていく……。砂漠(さばく)の砂礫(されき)のようなそれらの悲しみは、掴みどころがなく、どこまでも広大に広がり、深海の海底のように、明確な底が無い。
 僕は、こんな気持ちを抱えて、乃木坂46に今、一体何が出来るというのだろうか。
「ダーリン、応援する事ができる」
 応援すること。
「それはファンにしかできない事だよ!」
 ファンにしか、できないこと……。
 それならば、僕は乃木坂46の卒業を、ちゃんと見送ろう。
 僕には僕の、乃木坂46と紡(つむ)いできた歴史がちゃんとある。
 寺田蘭世ちゃん、高山一実ちゃん、君達の卒業を、祝福できるように、どうか、僕にまた力を貸して下さい。
 生きていてくれるだけでいい。
 どうか、僕に力を――。
「蘭世ちゃん大好きでござる……、かずみぃん、大好きでござるよぉ……」あたるは凛々(りり)しく微笑んで、その名を呼んだ。「情けないかもしれぬでござるが、少し、泣きべそをかいても許してくれるでござるかな……。小生、めーいっぱい、応援するでござるから!」
「いいんじゃない?」夏男はにっこりと微笑んだ。「ダーリンっぽくて」
「思い出という記憶が、昨日の事のようにはっきりと、くっきりと頭にあるでござる」
「今も記憶になるんだよ。時間はね、実は今しかない。常に今だったものが、この先の未来であり、これまでの過去なんだ」
「今……」
「今、ダーリンがしたい事はなに?」
「ライブに、行きたいでござる」あたるは力いっぱいに眼を瞑って言った。
「あは!」夏男は満面の笑みで微笑む。「ダーリン、ヲタクだねえ!」
「小生は随一(ずいいち)の乃木ヲタにして、乃木坂46ファン同盟の一人、姫野あたるでござる!」あたるは歌舞伎(かぶき)役者のように見えを切った仕草(しぐさ)で言った。「あ乃木坂があ……、大好きぃで、ござぁるぅ~!」
「決まったね!」夏男は笑顔で、灰皿に煙草を捨てた。
「夏男さん……」あたるは、夏男を見る。
「うん?」
「ありがとう、でござるよ」
「ふふん、あ、いいってえ、ことよお!」夏男は歌舞伎役者のように見えを切った。
「わわ本物でござる!」
「うふん。上手い?」
「もう一度、もう一度見たい気もするでござるが、いささか、怖い気もするでござる!」
「怖いって、あ顔が?」夏男は不気味に微笑む。「ふふう。ダーリンも、言うようになったねえ……」
「夏男殿、いっぷく、しましょう」あたるは抜き取った煙草を口に咥えて、百円ライターで火をつけた。「フウ~~……。しみる、でござる」
「大自然の煙草って美味しいよね」夏男はけらけらと笑って、煙草を咥えた。「ダメだね、大自然で煙草美味しいとか言ってちゃあ」
「傑作(けっさく)でござる!」あたるは大笑いする。「夏男殿が言うと、まるで熊が都会にいちゃダメだよね、とか言ってるみたいでござるよ!」
「熊って……」夏男はまた、不気味な笑みを浮かべた。
「かっはっはっはっは!」
 乃木坂46のみんな、ありがとうでござる。
 小生、まだまだいっぱい応援するでござるよ。
 永遠の、愛を誓って……。

       12

 巨大地下建造物〈リリィ・アース〉の地下六階の東側の壁面に存在する巨大な扉。その奥に存在する映画館のような造りになっている〈映写室〉。今宵は、この〈映写室〉にて、乃木坂46ファン同盟の五人は集結していた。
 寺田蘭世グッズに身を包み、白と赤のサイリュウムを全員が両手に持っている。
 間もなく、それは始まるだろう……。
「いやあ、ライブがなんっかなっつかしいぜ~」磯野は強気に微笑んで言った。
「アンダラ、熱いよな」夕は口元を引き上げて笑う。「蘭世ちゃんそろそろスタンバイしてるかな~?」
「緊張してるんだろうね」稲見は無表情で言ったが、彼は少し高揚(こうよう)していた。
「あっという間の月日でござった!」あたるは精一杯で微笑んだ。
「何はともあれ、今日は蘭世さんのラストライブ、見守りましょう」駅前は心に決めた言葉を吐露したような顔をしていた。
 二千二十一年十月二十八日。乃木坂46トゥエンティエイス・SGアンダーライブがついに幕を切った……。
 影アナは吉田綾乃クリスティーであった。
 オーバーチャーが流れ始める。
 会場にフラッシュライトが明滅を打つ。
 出発を飾った楽曲は、『マシンガンレイン』である。紅い情熱的な衣装で、センターは寺田蘭世であった。
 見とれているうちに、続いて『滑走路』がかかる。センターは寺田蘭世である。
 寺田蘭世がオーディエンスを煽(あお)る演出があった。手拍子でそれに応えるオーディエンス。
 『欲望のリインカーネーション』が、怪しく妖艶(ようえん)に歌い踊られる。
 矢継(やつ)ぎ早(ばや)に、『ここにいる理由』が弓木奈於のセンターで歌われる。フラッシュライトと眩しい照明のトリックのような演出が素晴らしかった。
 和田まあやをセンターとしての『傾斜する』が続けて流れる。見事なフォーメーション・ダンスに、風秋夕は完全に魅了されていた。
 『口ほどにもないキス』が始まる。センターは阪口珠美であった。
「いやあ、毎回思うけど、ちゃんとライブだね。配信でも」稲見は爆音に掻き消される声で、誰にでもなくそう言った。
「この曲、たまちゃんと蘭世ちゃんのイメージある!」夕は大声でそう言った。
「あぁ?」磯野は大声で夕に返す。
「いじってたろ! 蘭世ちゃんがたまちゃんを!」夕は楽しそうに叫んだ。
「ああ、あったなあ!」磯野も大声を上げて笑った。
「なんて可愛い曲なの……」駅前は笑みを浮かべる。
「素敵でござるよ、みんな……」あたるは小さく、優しく、そう囁(ささや)いた。
 吉田綾乃クリスティーのセンターで『13日の金曜日』がポップコーンように爽(さわ)やかに可愛らしく弾け渡る。
 和田まあやのMCをきっかけに、向井葉月のMCでトークが始まる。
 寺田蘭世は悔いが無く、清々しい気持ちで、乃木坂46としての最後のライブを繰り広げいると告げた。
 伊藤理々杏と向井葉月は、寺田蘭世がいなくなることを、まだ信じられないと漠然(ばくぜん)と語った。阪口珠美は、寺田蘭世にネタにされて長く弄(いじ)られた事を笑いと共に語った。
作品名:ポケットに咲く花。 作家名:タンポポ