ポケットに咲く花。
とろん、とした眼つきだった五人が、普通の表情になってきていた。
「て事でね、魔法をかけられちゃいました」夕ははにかんで、皆にマイクで言った。「催眠術に名前を起用された人達は、ガチ恋視線にご注意あれ」
乃木坂46ファン同盟の五人は、各々が指定された術の相手のもとへと向かう。
「マジか……」飛鳥は眼を瞬(まばた)きさせながら、溜息(ためいき)をついた。「何で私……」
「あーすっかちゃん!」夕は飛鳥の眼の前の席に着席した。「どうしよう、恋の魔法にかかっちゃったみたい」
「あれ、いつもと感じ変わんなくない?」真夏は夕を見つめながら言う。「見た感じ、おんなじ雰囲気だけど……」
「変な感じも、ないな」夕は首を傾げてから、笑顔になる。「でも飛鳥ちゃんのことすっげえ大好きなのはわかる!」
「あっそう」飛鳥は視線を反らした。
「ほら、飛鳥ちゃんとお揃いのイーエムのプラチナリング」夕は指先のリングを飛鳥に見せた。「あえてデザインは変えてあるよ」
「当たり前だろ」飛鳥は呟いた。
「いつも通りの夕君だね」七瀬はにこやかに言った。
「なぁちゃんさすが、鋭い君にも恋します」夕は七瀬に微笑んだ。
「いつもと変わらんな」飛鳥は吐いて捨てた。
「イナッチ、どうなの?」一実は稲見にきく。「なんか、なんか変わったことある?」
「そうだね」稲見は無表情で答える。「いくちゃんを好きだけどね。……うまく言えない」
「それじゃいつもと変わんないじゃーん」一実は笑った。「え、えどんな感じなの?」
「どんな、うん……。みんなを見てると、ドキドキしたり、楽しくなったり、するよ」稲見は淡々と答えた。
「これって、どうなの?」絵梨花は顔をしかめて一実を見る。「いつも通りじゃない?」
「そもそも、いつもイナッチが何を考えてるのかがわかんないからなー」一実はにこやかに笑った。
「人としゃべってる時はほとんど思考してないよ」稲見は無表情で言った。「反応で答えたり、問いかけたりしてる気がする」
「いくちゃんに恋してますか~?」まあやは稲見に言った。
「うん」稲見は頷いた。
「どうなんだろ……」日奈は考え込む。
「波平っち、どんな気持ち?」日奈子は笑顔で磯野に言う。「ラブラブ?」
「ラブのラブよ!」磯野はにやけながら言った。「籍入れんのは、明日でいいよな? 蘭世ちゃん」
「いやいやいや」蘭世は、顔の前で手を横に振って苦笑する。
「あれ?」眞衣はまじまじと磯野を見つめる。「この感じ、いつもと一緒じゃない?」
「俺は俺よ!」磯野は意味不明にいばった。
「蘭世は特別?」日奈子は、にこにこしながら磯野に興味深そうに聞いた。「ね、特別なの?」
「そりゃそうだろ」磯野はふんぞり返って答える。「世界に一人、蘭世ちゃんは蘭世ちゃんしかいねえだろ? 蘭世ちゃんへの恋は、正真正銘の恋だろうが! だってそうだろうが!」
「じゃあ波平君、私は?」怜奈は己を指差して、磯野に言った。
「おう、結婚すっか? なあ?」磯野はにこにこと言う。「籍だけ、先にな、入れっちまおうな」
「あれえ?」絢音は首を傾げる。「じゃ、波平君、私、好きですか?」
「あったり前だろう、あれだぜ? 恋愛ドラマだったら、主役とヒロインだぜ?」磯野はそう言ってから、照れ臭そうに苦笑した。「まいったな、こりゃ……」
「これじゃいつもと一緒じゃーん」眞衣は顔をにやけさせて言った。「変わってないって。こやつ」
「まいちゅんチュウしちゃうぞ!」磯野は眉を顰めて眞衣を睨みつけた。
「はいはい、チュウでも何でもキャア!」眞衣は悲鳴を上げる。
飛び掛かろうとした磯野波平を、横目で様子を見ていた風秋夕が止めたのであった。
「美月殿、今日もす、素敵でござる!」あたるは精一杯で美月に言った。
「ありがと~」美月は微笑む。「ダーリンも、カッコイイよ」
「どふぁ、そ、そんなそんな……」あたるは照れ笑いを浮かべる。
「ダーリン、私は?」理々杏は己を指差して、あたるに言った。「好きい?」
「す、大好きでござる!」あたるは眼を瞑(つぶ)って精一杯で言った。「可愛すぎる存在でござろう、理々杏殿はっ!」
「あれ?」美波はにやける。「ダーリン、誰が好き?」
「しょ、小生は乃木坂の箱推しでござる! ゆえに、み、みんなが好きでござる!」あたるは赤面しながら大声で言った。「な、なぜでござるか?」
「あれ?」祐希はけらりと笑った。「いつものダーリンだ。美月のことだけ夢中なんじゃないの?」
「む、夢中でござる!」あたるは顔を前に突き出して答えた。
「私の事は?」綾乃は小首を傾げて、あたるに言った。
「む無論、夢中でござるっ!」あたるは必死になって言った。
「変わってないね?」美波は笑った。「催眠あさかったのかなあ?」
「いや、小生達は個室で一人一人、予備催眠とやらもかけられているでござるゆえ、美月殿への想いは、本物かと」あたるは赤面しながら言った。
「うんだからいつも通りじゃん、て」理々杏は笑った。
「木葉ちゃん、さくちゃん好きぃ?」史緒里は駅前に言った。
「もちろんでふ!」駅前は、あごをしゃくらせて白目をむいて答えた。
「あら……、効果てきめんだわ」史緒里は、顔を驚かせて笑った。「じゃあ、じゃあさ、じゃあさ、かっきーとどっちが好き?」
「ちょ、やめて下さいよ」遥香は嫌がる。
「そ、そんなの、おんなじぐらい好きでふよ! 当たり前じゃないでふか!」駅前は鬼の様な形相(ぎょうそう)で微笑んだ。「互角(ごかく)! 笑止(しょうし)!」
「互角、て……」紗耶は苦笑した。「しょうし、て、何? 何語?」
「木葉ちゃん、さくちゃん、どれぐらい好き?」史緒里は面白がって駅前に言った。
「地平線が、見えなくなるぐらいのところまで……」駅前は今にも口から泡を吹き出しそうなエクソシストの悪魔の様な顔で言った。高揚している為である。
「じゃあ、かっきーは?」史緒里はきく。「どのぐらい好き?」
「やめて下さいってえ」遥香はまた嫌がった。
「雲を突き抜けて、空が宇宙に変わるぐらいまで……」駅前は今にも誰かに噛みつきそうな猛獣の形相で答えた。遥香とさくらは、ひそかに怯(おび)えている。
「あれ、催眠術に、かか、てるの?」あやめは皆の様子を一瞥(いちべつ)する。
「かかってなくない?」レイが続いて言った。
「おそらぁく!」駅前は化け物のようなしかめっ面で叫んだ。
「きゃあ!」
「わあ!」
「あすぃ、すいましぇん……。おそらく、かかっていると思われまふ」駅前は、鼻息を荒くして、白目のままで答えた。「これ以上、意識すると気がふれそうでふので、通常通り、普通に接していただけまふか?」
「はーい、っはは」史緒里は小さく笑った。
他のメンバーも笑い、地下二階のフロアに賑やかな雰囲気が戻った。
風秋夕は、再びマイクを握って、皆に説明する。
「あのね? これはね、普段、箱推しって言ってる俺達の、箱推し度をはかった、一種の実験でした。五人共いつもと変わらなかった? ……ね、でしょう? 俺達の箱推しが、日本一の催眠術師によって、証明された日でした~。あ、ハッピーハロウィン!」
磯野波平は立ち上がる。「呑もうぜ! 食おうぜみんなぁ!」