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午後4時のパンオショコラ

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 九月ごろにショッピングモールへ行ったら、義勇がとてもきれいな人と一緒にいるのを見た。喫茶店の窓から見える二人の姿に、道行く人の多くが凄い美男美女カップルと騒めいていた。自分もとてもお似合いだと思う。彼女からプレゼントらしい紙袋を受け取って、義勇は嬉しそうだった。恋人ができたのに炭治郎に好意を寄せられるのは迷惑で、だから店に来づらかったのではないのか。

 言いながら炭治郎は何度も言葉を詰まらせ、泣き出すのを堪えていた。借り物のスウェットの膝を握り締めた手が震えている。義勇を見る瞳には、明らかな嫉妬の色があった。
 炭治郎にしてみれば、義勇に逢えなくなる不安や義勇とともにいた女性への嫉妬で、平常心など保てないのだろうが、義勇にしてみれば阿保らしいの一言だ。
 炭治郎が見たのは、考えずともしのぶとの打ち合わせだとわかる。受け取った紙袋はファンレターだ。
 そんなもので誤解して、炭治郎はあんなにも不自然に自分を避けようとしたのか。
 呆れ返るのと同時に、ふざけるなと身勝手な怒りも湧く。おまえの態度に俺がどれだけ……と考えたところで、義勇の怒りはスッと冷めた。
 怒ってどうするというのだ。そんなことを口にすれば、炭治郎にまた期待させてしまう。自分としのぶについてはありえない勘違いでしかないが、炭治郎に恋するしのぶの妹は現実だ。今はまだ自分の勝手な想像でしかなかったようだが、いずれは義勇の想像も現実になるのだろう。

「……もう、俺を好きだとか言うのはやめろ」

 カチャリとスプーンを置いて、義勇は固い声で呟いた。
 サッと青ざめた炭治郎は、きっと自分の言葉が事実なのだと誤解をさらに深めたに違いない。傷つく瞳を見ていられなくて、義勇は空になった器だけ見つめ、言葉を重ねた。
「俺が店に行ったときにいた女の子は、おまえのことが好きなんだろう? あの子と付き合うほうがいい。お似合いだ」
「なんで……なんでそんなこと言うんですかっ!? 冨岡さんが迷惑なら、もう好きだなんて言いません。でも、ほかの人と付き合えなんて言わないでください! 俺が好きなのはたった一人です! 今までも、これからも、俺のことを好きになってもらえなくても……好きなんです。想うことぐらい許してくれたっていいじゃないですか……っ」
「勘違いだと言っただろ! おまえが好きだと言う男は、おまえの記憶のなかにしかいない! 勝手に人を美化して、憧れを恋だと勘違いしてるだけだ!」
「勘違いなんかじゃない! 美化なんてしてない! 俺が好きなのは、優しくて人が好きで、でも人に近づくことに臆病で、ちょっとドジだったりする人です。子供みたいにパンを選んでるあいだじゅうトングをカチカチ鳴らしたり、食べるのが下手でしょっちゅう口に食べかすつけてたりする……そんな、あなたです。想い出のなかの冨岡さんより、ずっと、ずっと、大好きでたまらないのは、そういうあなたです……」

 思わず。
 そう、思わず、顔を上げ炭治郎を見ずにいられなかった。

 嘘だ。最初に浮かんだのはそんな言葉。たった一度だ。幼いころにたった一度、助けただけ。ただそれだけで、好きだと言う炭治郎の言葉は、信じられなかった。
 初恋だと言うのは嘘ではないのだろう。それでも、勘違いだとしか思えなかった。弱っているときに優しくされたから、恋だと思い込んだだけだろうと思っていた。
 再会した後ならなおさらだ。好かれるようなことはなに一つしていない。優しいなんて言われる覚えがない。
 竈門炭治郎という少年のことはもう信用している。店で逢う短い時間ですら、炭治郎のひととなりは容易に知れた。誠実で生真面目、頑固なのが玉に瑕な、思い遣りに溢れた優しい子だ。こんな子を信用せずにいるほうが難しい。
 けれど、炭治郎の恋心については、義勇は信じたことがなかった。信じてどうなる。好かれた要因が義勇が気紛れに見せた優しさなら、もうとうにそんなものは幻想だったと思い知ったはずだ。
「……優しいなんて、おまえが勝手に思い込んでるだけだ」
「思い込みなんかじゃないです! 冨岡さん、初めて店に来たとき、俺のこと嫌がって早く帰りたいって思ってましたよね。それなのに会計が済んだ後、すぐに帰らないでまた棚を眺めてたでしょう? ベビーカーを押したお母さんが店に来るのが見えて、待ってたんですよね? 手が塞がったお母さんの代わりに、ドアを開けてあげるために」

 そんなこと、覚えてない。困るのは、心当たりがありすぎることだ。だって、そんなの当たり前のことで、特別なことをしたわけじゃない。

「冨岡さんは、いつもそうです。杖をついたお爺さんが来たときには、わざわざ席を立って通路に落ちてた紙ナプキン拾ってましたよね。足を滑らせたらいけないって思ったんでしょう? お爺さんがレジを済ませてる間に拾って、お爺さんが気付かないうちに席に戻ったの見てました。お仕事に集中してても、気が付いたら冨岡さんは人のために動いてる。誰も見ていなくても。本屋で逢ったときもそうでした。子供が上にある本を取れないで背伸びしてたら、なにも言わないでその本取って下に置いてあげてました。いつだって冨岡さんは、少し離れた場所で人を見てる。人が好きで、誰かが楽しそうにしてるのを見てるだけで、自分も幸せに思えるからじゃないんですか? 冨岡さんはそんなふうに、見返りなしで人に優しくできる人です。あの日、店に来た冨岡さんに逢ってから、ずっと冨岡さんを見てたから、俺、知ってます。そんな冨岡さんだから、好きなんです」

 結局のところおまえは人が好きなんだよな。
 昔、そう言ったのは錆兎だ。真菰が小説を書いてみたらどうかと、義勇に言ったときのことだ。

『義勇はよく人を見てるからな。小説って言うのは、自分じゃない誰かの人生を言葉にするってことだろう? おまえに向いてると思う。自分から人に近づいてくのは尻込みする癖に、人に自分がなんて言われようとケロッとしてるのは、人が楽しそうにしてるのを見てるだけでおまえも楽しめるからだろ? 結局のところおまえは人が好きなんだよな。そういう奴は小説を書くのに向いてる気がする。義勇みたいに人が好きじゃなきゃ、他人の人生書いて、人を感動させたり笑わせたりなんかできやしないんじゃないかな』

 だから書いてみろよと笑った錆兎に、顔が熱くなるのを止められなかった。
 錆兎は、自分のことをちゃんと理解してくれている。それが嬉しかった。全部が全部その通りとは言えないが、義勇の本質は義勇自身よりも錆兎のほうが知っているとさえ言えるぐらいに、錆兎は義勇を見ていてくれた。
 だから、錆兎の期待に応えられるなら、やってみようと思った。

 そして今、小説を書くことは、義勇にとって生き甲斐になっている。

 そうして今、炭治郎が言ったのは……。

「すまない、今日は帰ってくれ……」
「冨岡さん……」
「怒ってるわけじゃない。迷惑だとも思っていない。だが、今日は帰ってくれ……ちゃんと、いずれ店には行くから……多分、クリスマスごろには」

 声は自分でも意外なほど静かだった。少し黙り込んだ炭治郎が、小さくうなずいて涙を拭うと立ち上がる。