二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

午後4時のパンオショコラ

INDEX|3ページ/34ページ|

次のページ前のページ
 

 義勇の視線に気づいた錆兎が笑ってくれるだけで、幸せだと思う。
 幼馴染で親友の錆兎に、恋をしている。ずっと、ずっと、前から。

 ……駄目だな。鱗滝さんの具合も良くなさそうだし、真菰が手伝いに行ってるのに、呼び出して邪魔するわけにはいかないか……。

 小さな溜息を噛み殺してドアを開けようとした義勇は、思い直しドアの近くの棚へと移動した。背中に感じる視線が鬱陶しい。噛み殺しきれずに溜息が落ちそうになったころ、ふたたび入り口に向かいドアを開ける。
「あ、すいません。ありがとうございます」
 入ってくるベビーカーを押した若い主婦に軽く会釈して、表に出たときにはなんだかひどく疲れていた。もう来るつもりはないのだから、どうせなら棚にあったフレンチトーストも買えばよかったかなと、ちらりと思ったが、またレジに並ぶ気には到底なれない。しかたがないかと愛車へと近づいたとき。
「おや、冨岡さん。早速いらしてくださったんですね」
「あぁ……烏間さん」
 行きつけだった喫茶店のマスターが、義勇の愛車の隣に停車した車から降りて、義勇にニコニコと笑いかけてきた。
 タイミングが悪いなと、少々バツ悪く思う義勇とは裏腹に、烏間は至極嬉しそうだ。
「どうでしたか、いい店でしたでしょう? パンの味もさることながら、店員の感じがとてもいい店ですから」
「……いえ、今日は時間がないので」
 言外にだから飲食はしていないのだと滲ませれば、烏間は納得したようにうなずいた。義勇にしてみれば、どこが感じがいいだって? と苦虫を噛み潰したような顔になりそうな烏間の言だが、烏間はそれをまったく疑っていないようだ。

「あのっ!」

 二度と来る気はないなど言うわけにもいかないし、どう誤魔化せばいいだろうかと思案する義勇の背に、もう聞くこともないと思っていた声がかけられた。
「おや、炭治郎くん。お久しぶりです」
「烏間さん、お久しぶりです! 閉店、本当に残念です。あの……こちらのお客さんと、お知り合いなんですか……?」
 慌てて出てきたのだろう。少し息を切らしながら言う炭治郎の声を背中で聞きながら、義勇は思わず遠い目で虚空を見つめた。
 本当にタイミングが悪い。せめて店内から見えないところでの会話なら、この感じの悪い店員にも気づかれなかっただろうに。
 この少年が、義勇のことをこれほど気にするのはなぜだろう。気になるのは確かだが、それを問いただすより、二度と関わらないほうが楽だ。実際、そうなるはずだったというのに……。
 そうは思うが、話題に出されてはしょうがない。
 烏間の顔を潰すのも忍びなく、義勇はゆっくりと振り向いた。愛想のないことでは定評のある己の顔は、きっといつも以上に無になっていることだろう。そういう顔をするからみんな話しかけづらくなるのだと、苦笑いする親友と幼馴染の顔が浮かんだが、この場ではその太鼓判がありがたい。きっと炭治郎も、自分の不愛想っぷりにドン引きするに違いないと、ほとんど義勇は確信していた。
 けれど、炭治郎の義勇への関心は、一筋縄ではいかぬようだ。
「ああ、この方が私が言っていた冨岡さんですよ。ほら、うちの喫茶店でお仕事をされることが多い常連さん。こちらならきっと冨岡さんも、ゆっくりと落ち着いてお仕事ができるでしょうから、いらしたら懇意にして差し上げてくださいとお願いした……」
「あぁ! この方のことだったんですか! 冨岡さんっていうんですね……あ、あの、下のお名前はなんですか? あ、俺は竈門炭治郎って言います! この店の長男です!」
 ニコニコと言う烏間の言葉や表情には善意しか見当たらないが、義勇にしてみれば、余計なことをとしか思えない。赤い顔をしてきらきらと目を輝かせ言う炭治郎に、義勇のほうがたじろいでしまう。
 思わず眉を寄せた義勇の戸惑いと不快感に気づいたのか、炭治郎は途端にしゅんと肩を落として、モジモジとしている。しかし、これぐらいでへこたれるような性格ではないのだろう。キッと顔を上げると、義勇へと詰め寄ってきた。
「カフェスペースでお仕事されるんですよね? どの席がいいですか? 窓際のほうがいいですか? 気に入った席があったら予約席にします! あ、でもさっきはテイクアウト商品しかお買い上げいただいてないから、どの席がいいかわかりませんよね。良かったら今からカフェのほうに来てください! さっきうちで自慢のパンオショコラが焼き上がったんです、ぜひ食べてみてください! 俺、ドリンク奢りますから!」
コーヒーがいいですか? それとも紅茶? ホットドリンクと合わせるほうがお薦めですけど、コールドドリンクもありますよ。甘いのがお嫌いならクロックムッシュはどうですか? と、怒涛のように紡がれる言葉に、口を挟む隙を見つけられないまま義勇が茫然としていると、烏間が苦笑した。
「炭治郎くん、冨岡さんが驚いてらっしゃいますよ。冨岡さん、お時間がないのはわかっておりますが、少々お付き合いいただけますでしょうか」
 嫌だ。即座に脳裏に浮かんだ否定の言葉は、結局義勇の口から発せられることはなかった。

 義勇は押しに弱くて流されやすいから。

 頭のなかで錆兎と真菰が呆れた顔で言ったような気がしたが、今回ばかりは、自分だけが悪いんじゃないと義勇は思う。
 炭治郎の押しの強さもさることながら、烏間にはそれなりに恩を感じているのだ。義勇のように金にならない長っ尻な客にも嫌な顔一つせず、いつもにこやかで丁寧な対応をしてくれたマスターのお陰で、今まで邪魔されることなく執筆作業ができたわけだから。
 しかも、このたびのことだって、あくまでも義勇に対しての厚意からだ。本心から義勇の執筆状況を案じてくれているのは疑いようがない。そんな烏間をがっかりさせるのは、恩を仇で返すようなものじゃないか。
 諦めの境地で小さくうなずいた義勇に、炭治郎の喜びようは激しかった。こっち! こっちへどうぞと、はしゃぐ様を見ていると、手を引かれないだけでもマシかと思ってしまう。



 カフェスペースは席と席の間隔を広くとっていて、飲食するだけなら確かに居心地はよさそうだ。椅子も客の長居を拒むような硬いものではなく、落ち着けるようにと選ばれたことがよくわかる。実際、カフェスペースにいた客のなかには、じっくりと腰を据えて読書中といった風情の者もいる。
 だが。
「……申し訳ないが」
 烏間と二人、炭治郎に案内された奥の席に着き、お薦めだというパンオショコラとコーヒーを目の前に、義勇は烏間に向かって小さく断りを入れた。炭治郎と会話したら最後という気がしてしかたがないので、あくまでも、烏間に。
「落ち着かれませんか……? やはり、当店で気に入ってくださっていた席のように、ほかの席からは隔離されているような感じをお求めで?」
 こくりとうなずいた義勇に、烏間は残念そうな顔はしたが、重ねて薦めてはこない。義勇の意思を尊重する姿勢は、義勇の著書のファンだからだろうか。これで話が終わるのは義勇にとってもありがたい。