BUDDY 8
「ううぅ……、士郎が、ランサーのじゃなきゃダメって、言ったらね」
渋々だが、凛はランサーに許可を出してしまった。
「よぉっし! 決まりだな! さて、あとは、どうやって坊主を落とすか……だな」
凛から言質を取ったランサーは、上機嫌で新たに缶ビールを開けた。
(士郎はランサーになど……)
靡くはずがない、と頭ではわかっている。いくら魔力が少なくても、ランサーの言うようなやり方で欲しがるわけがない。
(絶対に、受け入れるはずなど……)
そうはいうものの、士郎は地下石室で異形と交わっていた。
あれがもしかすると魔力供給のためのものであれば、士郎は抵抗なくランサーを受け入れるのではないか?
アーチャーの思考は、どんどん悪い方へと転がり落ちていく。
(い、いや、絶対に、そんなことは……)
脳裡にチラつく士郎の媚態。先日、風呂場で交わした口づけの熱さ。薄い唇からこぼれた、己を呼ぶ声の甘さ。
それをランサーに奪われるかもしれない、と考えるだけで、握りしめた皿を粉々にしてしまいそうになる。
(おかしい……)
自分が何に対して憤っているのかがわからない。ただ、取られたくないと思う。
(士郎は……私のものではない……)
だというのに、取られるという感覚が湧く。
(違う、私は……、士郎の相棒《バディ》で……)
その言葉が虚しく空回りする。
“自分は士郎の相棒《バディ》だ”とアーチャーは言い続けてきた。だが、今はそう思うことが、なぜか腑に落ちない。
(私はいったい、どうしてしまったのだろう……?)
居間の喧騒が遠くなり、思い出すのは、このところ垣間見る士郎の笑った顔。こちらには決して向けられることのない微笑み。
(私は……)
何もはっきりしたものがない。何をどうすべきなのか、己はどうしたいのか、わからないことだらけだ。
その困惑しかない状態で、一つだけ確かなことがある。
無性に士郎に会いたい。
それだけが、アーチャーを占めていた。
衛宮邸に集まった者たちが解散し、宴はお開きとなる。
ひと通りの片づけを終えたアーチャーは、霊体となり、夜の帳を駆けた。寝静まった家々の屋根を跳び伝い、ものの数分で遠坂邸へ到着する。
凛のサーヴァントであるアーチャーは、その屋敷の結界に拒まれることなく、すんなりと屋根から侵入して、リビングに降り立った。
霊体化を解き、すぐに目的の姿を認め、歩み寄る。
「ここで寝ているのか……」
いつも使用している、士郎に充てがわれた客間にいるものと思っていたが、士郎はリビングのソファで寝ている。どう考えても自分たちを見送った後に、そのままここで寝てしまったように見えた。
(それほど魔力が……?)
かなり深刻な状態なのだろうかと疑問を浮かべ、赤銅色の髪を梳き、指に纏わりつく柔らかな髪の感触を堪能する。
「…………ん……」
身動いだ士郎に一瞬手を止めたが、覚醒したわけではないようだ。が、念のため、士郎の意識は奪っておく。
頬に触れ、耳朶をくすぐり、深い眠りに落ちているはずの士郎が、ぴくり、ぴくり、と反応を示すのがうれしい。
士郎が眠るソファに腰を下ろし、
「士郎……」
規則正しい寝息を立てる士郎に膝枕をして、髪を飽くことなく撫で梳く。
「九対一とは、あまりにも……」
凛とランサーの会話を聞いた限り、士郎にはアーチャーの九分の一しか魔力が流れていないらしい。
(気づかなかった……)
おそらく士郎は魔力が満足に補給できていないため、常にその身に不調を来していたはずだ。だが、アーチャーはそんな状態だったとは、まったく気づかなかったのだ。
士郎の肩を抱き上げ、頬に手を添え、口を開けさせる。慣れた手つきで士郎に口づけ、アーチャーは力ない舌を絡め取った。
唾液を流し込んだとて、微々たる魔力しか与えられない。したがって、粘膜である口腔内と舌に接触し、アーチャーは士郎に魔力を供給する。
座で散々繰り返したことだった。
どうあっても魔力が補えないのならば、こういう方法で魔力を受け取るより他ない。
士郎の舌など味わい尽くしたというのに、熱が下腹部に集まっていくのをアーチャーには止められない。座ではどうということもなかったこの行為に、スラックスを軽く押し上げる程度には反応している。
あの地下石室で見た光景が……、士郎の艶かしい肢体が、蛇男の上で腰をくねらせ、絶頂に喘ぐ姿が次々と思い出される。
士郎からはなんの反応もないというのに、アーチャーだけが昂っていた。
こんなことが許されるはずがない、とわかっていながら、アーチャーは士郎の魔力不足を理由に、士郎に触れて、……貪っていた。
「ただいまー」
凛に続いて遠坂邸の玄関を入り、廊下を行けば、近づいてくる足音がする。
「おかえり」
リビングの扉が開き、ひょこり、と顔を出した士郎が、凛の後ろに続くアーチャーのさらに後方に目を遣って、ぽかん、としている。
「邪魔するぜー」
「ランサー……?」
「よう、坊主。あの夜以来か。ん? あの服、着てねえのか?」
明らかに残念そうな顔をしたランサーに、士郎は数歩後退った。
「どうしたの、士郎?」
「え? あ、あの、」
衛宮邸に二泊して帰ってきた二人と一緒にランサーがいることに士郎は面食らっているようだ。
「教会が壊れちゃってるでしょー。それで、いろいろ事情があって、しばらく泊めてほしい、ってランサーが」
「きょ、教会って……、ランサーと、なんの関係が……」
「あー、ランサーは、教会の神父のサーヴァントなのよ」
凛がかい摘んで説明すれば、士郎は少し頬を強張らせながら頷いている。
アーチャーは、表情を硬くした士郎を横目に、凛の荷物を片づけるべくリビングへのドアを通り過ぎた。
(教会という言葉に反応している……)
士郎の様子から、教会と聞き、キャスターに囚われたことと、あの地下石室で行われていたことが蔭を落としているのだとわかる。
(忘れろ、という方が難しいだろうが、あれは、事故のようなものだ。士郎が負い目を感じることではない……)
そう考えるアーチャーでさえ、あのときの士郎が、ただ捕らえられた状態であったとするのには首を捻りたくなる。
自ら異形に跨って腰を振っていた姿を目の当たりにしているアーチャーには、止むを得ない状況だったとは言い切れないとも思えるのだ。
(士郎は、あの蛇に……?)
犯されていたのか、それとも望んでセックスをしていたのか。
その線引きがはっきりとしない。
考えれば考えるほど、士郎に言い訳のできない状況が並べ立てられていく。
あれは合意だったのか?
そう訊けたら、すっきりするだろう。だが、面と向かってそんなことを訊ける関係ではない。普段からして実のある会話というものが欠けている士郎とアーチャーは、今さら細々した相談事などをするはずもない。
(士郎は、望んだのだろうか……)
あの行為をはじめから望んでいたわけではないにしても、回を重ねるごとにのめり込んでしまったということもあるかもしれない。あるいは、催淫作用のある薬や術にかかり、まともな判断すらできない状況だったのかもしれない。
(訊かなければ……)