BUDDY 8
(いや、あれは、仕方がなかったのだ。あそこで喚かれてはセイバーが戻ってくる可能性が高かった。それに、痛がっていたから……)
だからと言って、キスで口を塞ぐとは、いったい何様のつもりだ、と今になって反省する。
「そうね、塞がないだろうけど、もし塞がないといけないときは、どんなとき?」
まだ尋問は続くのか、と思いつつ、凛が飽きるまでは解放されないと悟ったアーチャーは、一般論を引っ張り出す。
「敵に見つかりそうなときだな」
「でも、士郎は敵がいるところで無闇に口を開いたりしないでしょう?」
「ああ」
「じゃあ、声を上げるということは、士郎にとって、そうしなければ不利になる状況にあるってときでしょうね?」
「そ、そうだろうな……」
凛の言いたいことがイマイチつかめず、アーチャーは首を傾げる。
「声を上げたくても上げられなかった。助けを求めたくても声を出せなかった。その心理状態を貴方は理解できる?」
「っ…………」
冷や水を浴びせられた気がした。
凛の忠告は、何よりも胸に突き刺さった。
「一昨日、ランサーと話していたことなんだけど……、アーチャーも知っておく必要があると思うから共有してもらうわね。現界に足る契約はしているけれど、士郎の魔力は貴方の九分の一よ。身体的な負担もだけど、精神的な負担もかけないようにしてほしいの」
胸を張って言えることではないけれど、と凛はカップに残る冷えた紅茶を口にする。
「淹れ直そう、冷めてい——」
「いいの。士郎が淹れてくれたんだもの。全部飲むわ」
「凛……?」
「士郎が無理をしていることを、知っているの、私。それを士郎が隠そうとしていることも……。遠坂家の敷地《うち》から外には出られないってことを説明しなければと思う。気づかずに士郎が外に出てしまったりしないようにね。だけど、それを言えば、私が無理をしていると勘違いして、士郎は契約破棄を言い出すかもしれない」
「外に……出られない…………?」
「ええ。本当に情けないわ。冬木の管理者のクセに、使い魔もまともに維持できないなんて」
悔しげにこぼした凛は眉間にシワを寄せている。
「それは、どういう意味だ。士郎がここから出られないとは、」
「士郎との契約は、私と、この遠坂の邸自体とで結んでいるの。だから、この敷地から出ることはできない。遠坂家が培った魔術はこの土地と建物にも染み付いているから、それを利用したの……。私だけでは、サーヴァント一騎が精一杯。魔力が足りないとか、そういうことではなくて、単なる実力不足なんだわ……、うまく契約が結べなかったから。士郎の魔力が極端に少ないのもそのせい。九対一なんて多く見積もっての話よ。ほんとはアーチャーに流れる分の一割もないはずだもの。遠坂の維持してきたこの地を利用したら半々くらいにはなると思ったのに……!」
凛は自身の不甲斐なさを恥じている。そして、繋ぎ留めた士郎をどうにかして維持しようとしている。前向きに、直向きに、ただ、それが正しいと思うから、という強い意志で。
「だから、士郎が作ってくれたご飯は全部食べるし、淹れてくれた紅茶も全部飲むの。冷めてたって不味くたって、士郎が一生懸命作ってくれたことには変わりないから。……それでね、アーチャー。もし、士郎の魔力が足りなくてどうしようもなくなっていたら、そのときは、少し分けてあげて」
「……もちろんだ」
昨夜も一昨日の夜も、そんなことを知らないアーチャーは、居ても立ってもいられずに遠坂邸へ戻ってきていた。あの行為には後ろめたさを感じていたが、あれは間違いではなかったのだと背中を押された気がしている。
(だが、本人の同意もなしにすることではないな……)
少し反省をしていると、凛がじっとこちらを見ている。その視線に気づき凛を見返すと、手招きする凛は自身の座るソファの隣に座りなさいと示唆した。
「ねえ、アーチャー。そろそろ、教えてくれない?」
床に正座状態からソファへ格上げされたアーチャーは、おとなしく凛の指示に従いながら首を傾げる。
「何をだ?」
「貴方、何者なの?」
どうして今になって? と訊きたくなったが、いまだ真名を明かしていないことをアーチャーは思い出した。
(そういえば、今回の召喚では真名の話には至らなかったな……)
前回の召喚は士郎に召喚され、打ち明ける必要があったためアーチャーは真名を隠すことはなかったが、今回は訊ねられることもなくここまできている。
(隠す必要もないだろうが……)
どう言えばいいかと言葉を探す。
「聖杯戦争に四度召喚されて、これが五度目だって言ったわよね。三度は私。四度目は士郎。今回は私。どうして?」
「ど、どうして、と訊かれても……、私は召喚される側だ。選ぼうにも選べない」
「そうよね。でも、サーヴァントの召喚には縁が必要でしょ? 私はそれを持ち合わせていなかったと思うんだけど?」
「ペンダントだ」
「え? ペンダント?」
「赤い、君の……、父親の形見の」
「え……、それって、え? ええっ? あ、あれ? でも、私、返してもらったわよね? 衛宮くんに使ったペンダントは」
「いや。あれは、私が持っていた方だ」
「持っていた? え……っと、じゃあ……、使ったペンダントは、衛宮くんが、持っていて…………? えええっ? 貴方って、衛宮くんっ?」
「その呼び方は、些か……」
バツが悪くて顔を逸らす。
「う、うわー! 嘘ぉ! こんなふうになるの? あの、衛宮くんが?」
「実際に衛宮士郎が私のようになるとは限らない。私は一つの可能性であり、衛宮士郎とは別物だ」
「そっかー、衛宮くんかー」
「おい、凛……」
話を聞けと言っても、凛は、そうか、そうか、と頷いていて、まったくアーチャーの話を聞いていない。
「それじゃあ、イレギュラーな四度目は、何を縁にしたのかしら?」
「あのときも私はペンダントを持っていた。てっきり凛に召喚されたと思ったが、それよりも強い縁が士郎にあったということか。もしくは、君がセイバーを召喚していたから、彼女との縁が私との縁よりも強かった、ということかもしれない」
「ふーん。セイバーを召喚したのね、私」
「……悪かったな」
「べつにー。悪いなんて言ってないじゃない?」
「口ぶりが、セイバーだったらよかったのに、と言っている」
「そぉんなこと、言ってないでしょー」
「実際、君は三度も私に向かって言ったぞ。なぜ、セイバーじゃないのか、と……」
「そんなの、私じゃないじゃない。別の世界の私でしょ?」
「まあ、そうだが」
「でも、どうして士郎がアーチャーを召喚したのかしらね?」
「ああ。派生が同じというくらいで、縁と呼ぶようなものはないと思うが……」
「やっぱり、同じ身体だからじゃない?」
「同じではない。……魔術回路は同じだが」
「同じじゃない。サイズが違うだけで」
「いや、まあ……。それを言うなら、あのときの凛は、どうやってセイバーを召喚したのだろうな?」
「何か縁になるものを持っていたんじゃない? 他のときにあって、そのときになかったものか、その反対とか、何か思い当たらない?」