BUDDY 9
「てめえ、なんだって、そこに、って、あ! 遠坂、何があったんだよ?」
「む……」
門の方から叫びつつ駆けてきた者に、アーチャーは、じとり、とした目で凛を流し見る。
「凛、なぜ奴が?」
士郎の衣服を抱えた凛は、悪びれもせずに答える。
「衛宮くんの家にお邪魔するわって、一声かけたらついてきちゃったみたいね」
「余計なことを言うからだ」
ため息をこぼしたアーチャーは、少し肩を竦め、さっさと離れの方へと歩いていく。
「あ、おい? どこ行く、っていうか、どうしたんだ、そいつ?」
目ざとく士郎に気がつき、衛宮士郎が追いすがって問い詰めようとしたのを凛が制する。
(説明は、凛に任せておこう)
振り返ることもなく、あとのことは凛にすべて任せて、アーチャーは離れの洋間に向かった。
◆◆◆
いったいどういうことなのか。
契約は成った。
魔力も私から五割近く持っていっている。
だというのに、士郎は目を覚さない。
すう、すう、と穏やかな寝息を立てて眠ったままだ。
現界は問題ない。
契約も問題ない。
では、いったい何が原因だ?
士郎と契約をして丸二日が経つというのに、まったく目覚める様子がない。
“もしかしたら、起爆剤のようなものが必要なのかもしれないわ”
遠坂家の蔵書をあさり、魔導書を調べ、そういう結論に至ったと凛は寝不足の顔で言ったが……。
「起爆剤……か……」
それは一理あると思う。
士郎の状態を内燃機関と考えれば、燃料は満タンで部品類やその動きにも問題はない。ただ、起動するための燃料を爆発させる起爆剤が足りていない、そういうことなのだろう。
凛の結論に納得はいった。
だが、その起爆剤となる事象を、どうやって……?
士郎を寝かせたのは、衛宮邸の離れの洋室で、我々が間借りしている間、凛も衛宮邸で寝食をともにしている。
魔力は足りているはず、というより、私が契約する前はもっと少ない魔力で家事をどうにかこなしていたのだ。格段に魔力量は増えているはずだ。
だというのに、なぜ、目覚めない?
これは、士郎の意思なのか?
であれば、いったい、どういうつもりだ?
……いや、士郎に文句を垂れても仕方がない。理由は目覚めてから問い質すとして、今は、どうやって士郎を目覚めさせるか、だ。
その日も、考えるだけで終わってしまった。が、明けて三日目、凛がただならぬ雰囲気を纏って洋間のドアをノックし、開け放った。
「いつまでそうしているつもり?」
こめかみに青筋を立て、凛は私を睨みつける。
「いつまで、と言われても、だな……」
「あーっ! まどろっこしい! いい? 起爆剤は、あんたよ、アーチャー」
「は?」
「サーヴァントの糧、もしくは力、それは、魔力でしょ?」
「ああ、そうだな」
「士郎はサーヴァントじゃないけど、同じようなものでしょ?」
「確かに」
「だったら、起爆剤は、魔力じゃない!」
「だが、魔力は私から五割近く流れて——」
「それとは別の魔力よ!」
「別? そんなものは、」
「あんたの一等濃い魔力で、士郎の目を覚まさせるのよ!」
「濃い、魔力? そんなもの、いったいどこに——」
「あんたの中に流れているもの! もしくは……、あー……えっと、……うぅ、察しなさいよ!」
急にしどろもどろになった凛は、頬を赤くしている。
(私の中に流れている? それは……)
血を与える、ということなのか?
確かに、濃い魔力だ。それを摂取させれば、起爆剤としての効力を発揮するかもしれない。だが、眠っている士郎に、どうやって飲みこませればいいのか。
無理やり喉に流し込むのか?
下手をすれば喉を詰まらせて窒息しやしないか?
いや、待て。凛は“もしくは”と言った。
血液以外にも何か方法があるのか?
「凛、血ではない方法は、」
「わかるでしょ!」
「い、いや、まったく、見当もつかないが……」
私を睨んだままで、凛は口籠る。
「時間が惜しい、他の方法はいったい——」
「精液よ!」
「…………」
「ちょっと、黙らないでよ! こっちだって、恥ずかしいんだから!」
両手で顔を覆って赤くなった凛に思わず謝る。
うら若き乙女に精液などというワードを吐かせてしまったのだ、私に非がある。真っ赤になって非難轟々されても仕方がない。
だが……。
(そんなこと、カケラも思いつかなかったんだ、遠坂……)
私も口元を片手で覆い、二人して沈黙し、しばらく気を落ち着けることに努めた。
「そ、それで……、その方法なら、その……?」
私から沈黙を破れば、凛も気持ちを切り替えて顔を上げる。
「ええ、ソレって生命力の塊みたいなものでしょ、実際。サーヴァントのものがどうかは知らないけど。べつに生き返らせようってわけじゃないし、魔力を行き渡らせるきっかけくらいになら、なるんじゃないかと思うんだけど」
「ああ、まあ……、そうかもしれないが……」
何やら、さらに難易度が上がった気がするのは私だけだろうか?
血液を飲ませるのも精液を飲ませるのも、どちらも窒息のリスクがあると思うのだが……。
「危険、ではないか?」
「え? どうして?」
「喉を詰まらせる可能性が否定できないだろう? やはり、もう少し考慮し——」
「アーチャー…………、貴方、結構アブノーマルな部類なのね……」
「はあ? おい、ちょっと待て! なぜ、私が変態呼ばわりされなければならないっ?」
「だって、眠っている士郎に、その、く、咥えさせようとしてるんでしょ……?」
「いいいいや、ち、違う、断じて違う! そんなことはしない! ただ、こ、こう、コップや何かで口に入れても、下手をすれば窒息の可能性があるということをだな、」
「あ、あー、そ、そういう、こ、ことね! あー、ビックリした……」
「凛、意外と君は……、そういう知識も、あったんだな……」
「はっ? な、なに言ってるのよ? そ、そんなわけ、ないでしょ? あはははははは……」
わざとらしく笑う凛に、私も愛想笑いを浮かべた。何やら主従揃って、動揺が拭えない状況に陥っている……。
「と、とにかく、ソレなら問題はないでしょ?」
「どこがだ? 何も解決は、」
「だって、直接供給の要領でやればいいんだから、簡単よ」
「ちょ……く、せつ……供給……?」
「そ。身体を繋げて魔力を受け渡しする、あれよ、あ、れ」
「い、いや、それは、倫理的に、」
「今は緊急事態でしょ? 士郎だってきちんと話せばわかってくれるわよ、たぶん」
「いや、たぶん、だろ? だめだ、そんなことは、」
「じゃあ、このままでいいの?」
「…………」
「士郎はずっと目覚めないままよ?」
「それは……」
答えることができなかった。
このまま士郎を眠り続けさせたくない、と思う。だが、士郎の意思の確認が取れないまま、そういう行為に至るのは、横暴が過ぎる。
「アーチャーが無理そうなら、衛宮くんに頼んでみる?」
「は? なぜ、小僧に?」
「だって、アーチャーと魔力の質は変わらないでしょ? それに、魔力を注ぐのなら、女性よりも男性の方が効率がいいでしょうし」
「だ、だが、小僧が了承するとは思え——」
「衛宮くんなら、助けてくれるわよ」
「…………」