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桜が謳うサンサーラ

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 名も知らぬ山の獣道を、義勇は歩く。
 息が切れ、さすがに話しつづけることはできなくなった。だんだんと険しくなる山道を、黙々と歩いていた義勇の足は、山頂近くのとある一本の大木の前で止まった。
 九〇尺(約二十八メートル)はあろうかという大樹である。箒(ほうき)状に広がった枝ぶりはケヤキに似ているが、赤く色づいた葉の形状を見るに、どうやら山桜のようだ。
 威風堂々たる桜の大木の周りは、まだ暑さの残る初秋だというのにせっかちな落ち葉が敷きつめられ、まるで緋毛氈(ひもうせん)のように見えた。
 これほどに育っているのなら、樹齢はとうに百年は過ぎているだろう。山桜の樹齢は、ともすれば千年を超えるものもあるというから、この木はこれから先もきっとここにあり、花を咲かせるものと思われた。
 ここに来るまでの木々から判断するに、付近に人の手が入った様子はなかった。材木を切りだすにしても、もっと別の場所なのだろう。
 ふぅっと深く息をはき、義勇は片腕で器用に背負子をおろした。
 くくりつけていた桶のふたを開けたとたんに、悪臭がぶわりとわきあがる。一斉に出てきた無数のハエが、ブオオンとうなりをあげて飛びまわり、義勇はカっと脳髄を焼く憤懣にきつく眉根を寄せた。
 あれだけ毎日丹念にウジを取りのぞいていたのに、しょうこりもなくハエがわく。こいつらは炭治郎の肉を食(は)んでいたのだと思えば、憎悪が全身から立ち昇る。
 だが、ようやく落ち着ける場所を見つけたというのに、怒りばかりをあらわにしていては、炭治郎に申しわけがない。
 慣れたはずの刺激臭が目をつき、生理的な涙がぽろぽろと義勇の目から流れ落ちる。それでも義勇は、視界をふさぐ涙に頓着することなく、桶に腕を差し入れた。
 なかにいる炭治郎を引き上げようとし、しばしの逡巡のあと、思い直しゆっくりと桶をたおす。
「すまない、炭治郎。苦しかっただろう? もう大丈夫だ。ここにしよう」
 慈しみにあふれた声音と微笑みを受けとめ、炭治郎が幸せそうに笑い返すことはなかった。
 ごろりと転がり出たのは、ほぼ白骨化した遺体であるのだから、当然であろう。
 炭治郎が着ていた浴衣は、腐った脂肪や血液で汚れ、元の色合いなどとうにわからない。腐肉や血液は桶の底に溜まり、固まりかけていたが、多くはたおした桶からドロドロと、白くうごめくウジともども流れ落ちた。
 もったいない。思わず義勇は流れ出るそれらを受けとめようと手を差し伸べた。しかし、人ひとり分の血肉を受けとめきれるものではない。考えなおし義勇は手を止めた。
 なまじウジどもの餌にされるくらいなら、土に沁み込み同化するほうがよい。義勇もこの土に還るのだ。炭治郎を失うことにはならないだろう。
 手にまとわりつく腐肉を気にすることもなく、がらりとくずれた骨のなかから炭治郎の頭蓋骨を取り上げると、義勇はそっと胸元にかかえた。
 ふわふわとゆれていた赤みがかった髪は、見るも無残に抜け落ち、わずかに残る頭皮にまばらにこびりついている。
 それを愛おしげに見つめてから、義勇は山桜の根元に、炭治郎の骨をひとつひとつ置いていった。
 やせて骨ばった手で、義勇は炭治郎の骨を並べていく。炭治郎の心臓や肺を守っていた肋骨も、元気に駆け寄ってきた足も、ただ一度にぎりしめた手も、間違わぬよう慎重に。
 そうしてすべての骨が桜の木の下に並んだ。
 生前に失った左腕だけが足りない遺骨は、すっかり炭治郎が生きていたころそのままの位置に、綺麗におさまった。それを満足げにながめ、義勇は傍らにどかりと腰をおろした。
 肉がこびりつき変色した血液に染まった骨は、誰の目にも痛ましかろう。けれども義勇の目には、変わらず愛おしいばかりである。
 小野小町の九相図さながらに、炭治郎の体が腐敗していくさまも、義勇はつぶさに見てきた。垂れ流された汚物を、隻腕に苦心しつつ洗い流し清めてやりもした。
 硬直していた筋肉がゆるみ、きたえられ引きしまっていた体がふくらみ様相を変えても、義勇にとってみればそれが炭治郎であるかぎり、ただただ愛らしい。
 かわいいと思う自分に義勇は満足していたし、どこかしら優越感もおぼえていた。
 皮膚が壊死し、くずれた肌から脂肪や血が流れだし始めたころには、優越感はますます増していった。
 こんな姿になった炭治郎を抱きかかえ、愛おしくなでてやれる者など、俺のほかには誰ひとりいないだろう。俺だからだ。心の底から炭治郎に恋いこがれ、炭治郎のすべてを愛する俺だからこその献身なのだ。
 どんな姿になろうとも、深い恋慕を変わらずささげる俺だけが、こうして今も炭治郎と寄り添いあえるのだと、義勇は充足感のなかで、たとえようもなく幸せそうに笑う。
 腐りだした炭治郎の大切な肉体にわくウジを、つまみとるのは腹立たしいばかりだったが、青黒く染まった肌を優しく慰撫するのは楽しかった。
 触れる手が垢じみて汚れていても、炭治郎は文句など言わない。炭治郎の腐り落ちた血肉で汚れていく手は、義勇にとっては炭治郎からの恋情の証のように思えた。
 夏場ゆえとはいえ、腐敗が思うより早かったのは残念としか言いようがない。抱きしめようにも、白骨化が進んだ炭治郎はくずれてしまって、触れるのすらおそるおそるだった。
 とくに眼球が腐敗しとけ落ちたのは、義勇にとっては悔しくすらあった。
 イキイキと輝く炭治郎の瞳は、義勇のお気に入りのひとつだ。戦いのさなかに片方は失われたとはいえ、宝石のようなきらめきにはなにも変わりはない。ひとつきり残ったその目玉は、命が消える寸前まで義勇を映していた。
 炭治郎の義勇への想いを、言葉にはせずとも伝えてくれる、とびきり綺麗な赫灼の瞳。いっそ腐り落ちる前に、くり抜き食べてしまえばよかった。
 終焉の場所を探して歩きまわるあいだも、不意に義勇は思っては、ため息をついたものだ。
 きっと炭治郎の瞳は、透きとおる上等の飴玉のように甘かったことだろう。とろりと舌の上でとろけて、いつまでも舐めしゃぶっていたくなったに違いない。至極残念なことである。
 残念と言えば、性器もまた腐るのは早かった。
 柔らかな部位だ。骨すらない箇所なのだからしかたのないことではあるが、腐り落ちるのは思いのほか早く、義勇を心底落胆させた。
 旅に出てすぐに、汚物にまみれ悪臭を放っていた炭治郎がかわいそうで、夜中に川で清めてやったことがある。
 柱稽古の最中には、水浴びしたり汗をぬぐう炭治郎の素肌を見ても、不埒な想像など露と浮かばなかった。だというのに、初めて己の手で着衣を脱がせて目にした裸体は、義勇をひどく動揺させた。
 死した生き物の常で排出された汚物は、そう多くはなかった。ずっと食が進まずにいたのだろう。胃の腑に残る消化しきれぬままの内容物も、少ないに違いない。
 炭治郎の不調の長きに思いいたり、泣きそうにはなったが、汚いと嫌悪する気持ちは欠片もわかない。
 それどころか、炭治郎がたしかに生きていた証なのだとすら義勇は思った。感動すらしていた。
 生きていれば食わねばならない。食えば排泄するのは道理である。炭治郎は愛玩のための人形などではないのだから、汚物が出るのも当然のことだ。
作品名:桜が謳うサンサーラ 作家名:オバ/OBA