桜が謳うサンサーラ
あぁ、農家の女房にも、気のいい老爺にも、なにも告げずに来てしまった。きっと気をもみ義勇をたいそう案じてくれているだろうに。自分なぞを慕ってくれた子どもたちは、どうしているだろう。財産などろくにないが、子どもらには筆やら将棋盤やらを、形見としてもらってもらう心づもりでいたというのに、これではなにも残してやれない。
不愛想で口下手な自分に、優しく接してくれた善良な人々を、どれだけ心配させ、悲しませたのか。
鬼殺隊の者たちだって、みな心配してくれていた。義勇と炭治郎の行く末を、心から案じてくれていた。
祝福ならば、彼らだけで十分だっただろう? たとえ短い月日だろうと、炭治郎とともに生きると告げれば、誰もみなおめでとうと笑ってくれると、わかっていたはずだ。
離れたことは間違いだった。気がついたというのに、また義勇は間違えた。
慈しみ寄り添ってやれなかった時間を悔やむあまりに、今からでも間にあうと、己を騙しただけではないか。
義勇の胸にあふれんばかりの後悔が降り積もる。
なぜこんなにも、自分は愚かで未熟なのだろう。どうしてこれほどまでに間違いを繰り返す。
悔やんでももう遅い。ときは戻ってはくれない。いたずらに齢を重ねるだけの三年間だったとは思いたくはないが、終わりがこれでは言い訳ひとつできやしなかった。
すまないと、わびることすらもうかなわない。乾ききり力を失った喉は、声を発することすらできなかった。
自分は間違えてばかりだ。命を賭して守りたかった者すら、守るどころかはずかしめてしまうような愚か者だ。優しい人たちに心配ばかりかけて、なにも返せなかった大馬鹿者だ。
けれど、それでも。
炭治郎、お前が許してくれるのならば、次こそは。
もしも生まれ変わることができたなら、必ずおまえを探しだし、今度こそともにありたい。残された力で義勇はふたつの守り袋を強くにぎりしめた。
きっとこれから自分は罪のつぐないをするのだろう。耐えがたい苦痛を味わうことにもなるのだろう。
それでもいつか。いつか必ずおまえの手をとろう。そうして二度と間違えず、おまえのそばで、いつまでもおまえと笑いあうのだ。
今度は桜の木の下で死を願うのではなく、手をつないで桜を見上げて明日の話をしよう。
並んで夜空をあおぎ、北の一つ星を探そう。ふたりそろってきらめく星を指差して、あの日のようにふたりで笑おう。
繰り返し、繰り返し、何度でも。何年でも。ずっと。
二度と離れることなく、毎年ふたりで桜を見るのだ。毎日、同じ星を並んで見るのだ。
いつか再び出逢ったのなら、きっと。
いや、必ずや出逢い、その手を取ってみせると、義勇は強く誓う。
だから。だから炭治郎、どうか。どうか今度こそ、ずっとともに。二度と離れぬように。
今度こそ、あの変わらぬ星のように、ずっと……。
ただそれだけを願い、はらはらと涙をこぼす義勇の群青色の瞳が、光を失っていく。
ひゅっとひとつ大きく息を吸い込み、やせ細った身体がガクガクと痙攣しこわばった。
そうして震えがやんだとき、義勇の命は消え失せ、互いの想いの証をにぎったままこと切れた、物言わぬ死体だけが、そこにはあった。