桜が謳うサンサーラ
冨岡義勇という少年について語るとき、多くの人は変わり者だと口にした。義勇に否やはない。実際、自分は変わり者だろうと、義勇自身も認識している。
義勇は常になにかを探している子どもだった。それは義勇が物心ついたころから変わらぬ、義勇の癖のようなものだ。
なにかが足りないという焦燥や葛藤で、義勇のまだ長くもない人生はさいなまれつづけている。
家族関係は良好で、とくに姉とは仲がいい。特別裕福というわけではないが、困窮とは無縁の家庭である。
義勇本人の運動神経や知力にも不足はなく、むしろ優秀なほうだ。
人目をひく容姿は、派手さはないが秀麗で、はたから見れば、義勇は恵まれているとしか思われない少年であった。
それでも、義勇にはなにかが足りなかった。ずっと足りないなにかを探しつづけていた。
なにが足りないのか。それは義勇にもわからない。
けれども、自分にとってなにより大切なものがここにないという欠落感と焦燥は、常に義勇の胸にあって、気がつけば心が遠くへと馳せようとする。体がそれにしたがわずにいるのは、幼い身ではかなわなかったからにすぎない。
小学校に上がったころ、剣道を始めた義勇は、おとずれた道場で錆兎という少年に出逢ったとき、なぜだが無性に泣きたくなった。
錆兎もそれは同様だったとみえ、言葉もなく差し伸べあった手をとり名乗りあったときには、もしかしたら錆兎が探していたなにかなのかもと、義勇は思った。
残念ながら、すぐに違うと気づいたけれど。
なんとなれば、欠落感は錆兎とともにあってさえ、消えることがなかったのである。
足りないなにかに想いを馳せるあまり、ぼんやりしがちな義勇を、人は変わり者だと言う。クラスメイトなどには、厭われることもままあった。
錆兎や同期入門の真菰という少女は、そんな輩への怒りを隠さなかった。変わり者と馬鹿にすることで義勇への妬みを晴らしているだけだと、義勇の代わりにいきどおってくれもする。
そんなふたりだけでなく、数こそ少ないものの、それなりに友人と呼べる者だってちゃんといる。だから義勇は、そんなことでは傷つかない。それどころか、やっぱり自分は恵まれているのだろうと思いもした。
それでもやはり、得体のしれない欠落を埋めるにはいたらず、義勇の心は常になにかを探し求めずにはいられなかった。
求めるものがなんなのかがわからないから、探しかたも杳(よう)として知れない。術がないからますます焦燥が胸を焼き、時折衝動的に泣き叫びたくなったりもした。
もっと幼いころには衝動を抑えきれずに、泣きわめいたり叫びだしたりしたものだから、両親の――とくに母の不安は計り知れなかったようだ。
仕事がら家にいることが少ない父も、懸命に母を支えていたようではある。それでも、あまり体が丈夫ではない母の精神的な負担は大きく、義勇が泣くたび、母のほうこそ弱っていった。
突然泣き出すものだから友達もろくにできず、幼稚園でももてあまされた義勇の、幼いころの思い出と言えば、通院のことばかりだ。やつれた顔をした母に痛いぐらい手をにぎられて通う、病院への道や、待合室に置かれたクジラのぬいぐるみ、壁に貼られた色紙の桜を、やけにおぼえている。
今でこそ致し方ないことだとわかってはいるが、心療内科や精神科への通院は、おおいに義勇は悲嘆させたし、自分はやはりどこかおかしいのかと動揺もした。
母が悪いわけじゃない。自分が泣きだすたび追いつめられていく母にも、落ち度はあったのだろう。だが、原因はどこまでも義勇にある。
父はけして義勇のことも母のことも責めはせず、どうにか時間をつくろうと無理を重ねていたように思う。いつもは泰然自若とした父が、夜中にリビングでひとり、疲れた顔でため息をつく様を、時折見かけた。
疲労困憊(こんぱい)な母に代わり、まだ小学生の姉が必死に家事をこなそうとして、ろくに遊びにも行けなかったのも、義勇は知っている。
冨岡家に家庭崩壊の危機があったとすれば、あの当時以外ありえない。当時の義勇の口癖は『ごめんなさい』だ。
言葉もなくただ泣き叫び、どうにか泣きやめば心配し困りきる家族に、ごめんなさいを繰り返す。それしかできなかった。
日を追うごとに義勇の罪悪感はいや増し、抑えがたい渇望との板挟みになった義勇の精神は、ますます不安定に揺らぐばかりだった。
足りない。悲しい。さびしい。それしかカウンセリングの医師に告げることができなかった義勇には、医師の言葉はなんの解決ももたらしてはくれなかった。
自分でもなにが足りないのか、どうしてこらえきれぬほどにさびしく悲しいのか、理由がわからない義勇には、医師へ説明する言葉を持たなかった。就学前の幼児である義勇は、前世なんて言葉も知らなかった。
もしも、大丈夫よと抱きしめてくれた姉がいなければ、義勇の精神は正真正銘病んでいたかもしれない。
つたない義勇の言葉を否定することなく聞き、姉は優しく義勇の頭をなでながら言ってくれた。
「ねぇ、義勇。義勇にはきっと、生まれる前からずっと大好きな人がいるのよ。その人を義勇は探しているのね。それは素敵なことなのよ。恥ずかしいことでも怖いことでもないわ。いつか必ず義勇はその人を探し出せるから、心配しないでいいの」
それは、今思えばずいぶんと少女趣味な言で、まったく根拠などないなぐさめであったかもしれないが、義勇の心には不思議とすんなり落ちてきた。
あぁ、そうか。俺は大好きな人を探しているのだ。いつかその人に出逢うために、この体は生まれてきたんだ。
そう義勇は信じた。素直に信じられたし、心から納得できた。
それ以来、義勇は衝動を表に出すことはなくなった。猜疑の目は、義勇をいつか出逢うその人から遠ざけてしまうだろう。両親や姉にこれ以上心配をかけるのも嫌だった。
だから義勇は我慢強くなった。時々、矢も楯もたまらぬ焦りがわき上がり泣きそうになっても、いつか必ずその人を探しに行くのだからと、心に固く誓えば耐えられた。
抑えこむ衝動は、自然と義勇の言動を静かなものにし、余計なことを言わぬようにと閉ざした口は、ずいぶんと口下手になりもしたが、おおむね姉のなぐさめは功を奏したと言っていい。
小学校を卒業した今春にいたるまで、義勇の欠落感はまったく変わらない。激情を抑えることに慣れすぎて、表情もとぼしくなった弊害(へいがい)はあるにせよ、それでも家族を不安がらせることもなく、ごく平穏な学校生活を送れたのは幸いだ。
物腰柔らかでおとなしく、文武両道を地でいく義勇は、誰の目にも優等生であったろう。もう心配はいらない。家族の安堵は、義勇にとっても色んな意味で安心をもたらした。
先だっての二月に十二歳を迎えた義勇は、そろそろ行動に移してもいいのではないかと思い始めていた。
義勇ももう中学生になる。大人から見ればまだまだ子どもだろうが、ある程度の金と知恵さえあれば、どこへだって行けるだろう。
探すのだ。自分の足で、求めてやまない誰かを。
姉はもう忘れているかもしれない。だが義勇の決意はかたかった。