再見 五 その三の一
手下が藺晨の体を押さえ付けて、熊王が右腕を打ち折れるよう差し出す。藺晨は座った状態で、体は五人、右腕を三人がかりで、がっちり押え、逃げる事はおろか、動く事も出来ない。
「う、、あぁぁぁ!!!、やめろ!!!。」
「あははははははは、、この辺りが良いか?。」
熊王がぴたぴたと、右腕に錆びた刀を当てる。
藺晨の背筋が凍り付き、全身に鳥肌が立った。
「さぁて、、。」
そう言って、熊王は刀を振り上げた。
バンッッ!、、
「、、、、ぅぅっ、、、痛ぅ、、、。
誰だ!?。」
熊王が呻く。
熊王の周りには、ばらばらになった机の木っ端が散乱した。誰かが熊王を机で打ち付けたのだ。
頭を擦りながら、熊王が振り向くと、長蘇が立っていた。
熊王の刀が及ばない所まで、長蘇は後ろに飛び退って、間合いを取った。
「長蘇!!!。」
「この女ぁぉ、、タダじゃおかねぇ!。」
長蘇は真っ直ぐに立つ。
藺晨との手合わせの時にする、如何にも無防備な、挑発的な構えでは無い。武術のわからぬ者には、立っているだけにしか見えないのだが、臨戦態勢の、酷く緊張した構えだった。
「殺してやるぞー。」
そう怒鳴りながら、熊王が刀と共に、長蘇に向かって突っ込んできた。
長蘇は鞘を付けたままの剣で、刀を一払いし、長蘇もまた熊王の横に飛び退った。
「はん、幾らか心得があっても、俺様の力には敵うまい。」
長蘇は自分の剣を、傷つけたくはなかったが、今の一太刀で、鞘を抜かずに闘うのは、無理だと悟った。
すらりと黒い皮の鞘から、剣を抜く。
抜き終わるか終わらぬか、熊王が飛び掛ってきた。
長蘇は熊王の刀に自分の剣を、くるくると巻き付けると、不思議な事に、熊王の刀と長蘇の剣がぴたりと繋がったような動きを見せた。
熊王がどう動かそうとも、長蘇の剣は、ぴたりと吸い付いて離れない。
傍目には長蘇が主導して、熊王の刀を御し、自在に動かしている様に見える。
長蘇は力ではなく技で、熊王の力を利用しているに過ぎなかった。
長蘇は熊王に刀を振り上げさせ、思い切りその刀を地面に振り下ろさせた。
ドゴンッッッ!!
地響きがして、熊王の刀は三分の二程が、地面に刺さった。
「むぅぅぅっっっ!!!。」
熊王が刀を抜こうとするが、びくともしなかった。
「いいぞ!、長蘇!!。」
熊王は藺晨をひと睨みする。
形勢逆転した様子を、街人達が、こっそり覗いているのが見えた。
「少し使はえるじゃないか!、女!!。俺様にここまでして、無事で居れると思うなよ。」
熊王はそう言うと、ふぅーーっと大きく息をして刀の柄を両手で握る。
「ぐぅぅぅ、、、、。」
懇親の力を込めて、刀を引き上げ始める。
打ち込まれた杭だとて、これだけ地面に刺されば、抜く事など出来ぬ。
所が熊王の刀は、徐々に動き出し、深々と刺さった刀を、仕舞いには抜いてしまったのだ。
──くっ、、この状態から抜くとは、何て馬鹿力だ!。真面な者ならば、良い武人になり、人の役にも立つだろうに、、、。この者は性根が腐りきってる。──
「あはははは、、、残念だったな。こんなの何でもねぇ。あはははは、、。さっきの変な妖術は通用しねぇぜ。この俺様を、よくも良いように遊んでくれたな。」
「ふふふ、、、あのあンちゃんは、おめぇの連れだろ?。
丁度、女も逃げたし、、、責任をお前に取ってもらう。」
熊王が、「おぃ!」と言うと、藺晨の首に、手下の匕首が突きつけられた。
「あンちゃんを助けたきゃ、俺様の言う事を聞くんだな。あははははは、、、。」
「、、ち、、長蘇、逃げろ!!。、、ぅぅっっ、、。」
匕首の刃が触れて、藺晨の首に血の筋が出来る。
《くそ、、、。どうしたらいい、、、。》
「あいつ同様、お前もいい所の娘の様だ。どれ、お前に酌でもしてもらうか。」
ずかずかと長蘇に近づく、長蘇が無抵抗なのを確認すると、刀の先で、長蘇の紗を捲る。
「邪魔な笠だ。」
そう言うと、刀を力任せに持ち上げた。
ばりっ、と音をさせ、紗ごと長蘇の笠が、刀で剥がし取られた。
「、、ぐっ、、ぅっ、、。」
「なんだ、お前、、白髪か?。」
長蘇は腕で顔を覆い、袖で隠したが、、髪は露わになった。
「白髪の女剣士とは珍しい。、、おい、、顔を見せてみろ!。醜い女か?。顔が良けりゃ俺様の女にしてやる。あははははは、、、。」
──このまま顔を隠しては、戦う事も出来ぬ。
、、、、仕方が無い、、、。──
長蘇は顔を隠していた袖を、ゆっくりと下ろす。
「おいおいおい、、頭だけじゃなくて、顔まで毛むくじゃらじゃねえか!!!。バケモンだな、こりゃあ。
あははははは、、。バケモンの女なら、見世物小屋にでも、売り飛ばしてやるか〜。それとも妓楼でもいいか。こういうのか好きな、変なヤローもいるしなぁ。良い体で、大人しく言いなりに出来たら、高値で買って貰えるかも知れんぞ。バケモンだって女だ、どんな体をしてんのやら、俺様も拝ませてもらうか〜。あはははは、、。」
熊王は卑下た視線で、藺晨の方を見た。
笠を剥がされたが、笠の紐が長蘇の頭に残った。長蘇は左手で紐を解き、その場に捨てた。視線は熊王を睨み続けている。
「、、長蘇!、、止せ!!!、、逃げろ!!」
藺晨は長蘇の異変に、気が付いていた。
《長蘇は怒っている、、。何をする気だ!。》
長蘇の周りに、少しづつ風が起こる。
長蘇の衣が揺れ、白髪が靡く。
《こんなのは初めて見た!、、長蘇が内力を出しているのだ、、。発作が起こるぞ。》
「止めろ長蘇!!、死んでしまうぞ!!、。」
極限まで気を漲らせ、体の内力を絞り出すのだ。
「おい、バケモン、何をする気だ。お前の男がどうなっても良いのか?。大人しくしてろよ。」
熊王は長蘇の頬に刀を当てようとした。
長蘇は横飛びに避け、くるりと熊王の懐に入り、そして熊王の左脇をすり抜け、背後に回る。
「、、???。」
すると、熊王の束ねただけの髪が落ち、皮の帯がはらりと切れて、これも落ちた。
「このバケモンがぁ、舐めた真似を!!。お前の連れがどうなっても良いのか?、あぁ?。」
「長蘇!!、もう止めろ!!。体が、、、。」
長蘇は藺晨の声に振り向きもしない。
藺晨を押さえ付けている男が、笑って言った。
「おめぇ、思った程、思われてねぇぞ。おめぇが死んでも良いって事か。まぁ、あの女、バケモンだしな。お前も妖か何かか?、、ひひひ、、。」
「うるさい!。」
「がぁぁぁ!!。」
熊王が大声を張り上げ、長蘇に向かって、刀を振り下ろすが、長蘇は難なく躱し、さっきとは逆の右脇をすり抜ける。
「うぁぁぁあぁ、、、。」
熊王の右手から血飛沫が飛び、熊王は刀を落とした。
熊王からすり抜ける間に、長蘇は、熊王の右手の腱を切ったのだ。熊王の右手には力が入らなくなった。
「このぉ!!、バケモンが!!、よくもやりやがったな!!。」
刀を握れない熊王は、今度は左手で拳を振りかざし、長蘇を襲う。
長蘇は熊王の懐に入り、二度、三度剣を振るう。
「ぎゃ─────っっ!!。」
今度は、熊王の左手と右足、右の肩から血飛沫が上がった。
「あぁぁぁ、、、。」
作品名:再見 五 その三の一 作家名:古槍ノ標