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思い出よりも、ずっと、ずっと

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「えーっ、だって滅多に出てこられないんだよぉ? 資生堂のソーダファウンテンとか、千疋屋の果実食堂とかさ、禰豆子ちゃんだって行ってみたいなぁって言ってたじゃんか。炭治郎の言うとおり、せっかく来たんだからさぁ。三郎爺ちゃんへのお土産だって買おうよ」
「あ? なんだ、そのソーラン本店ってのは」
「ソーダファウンテン! ハイカラなお茶場だよ。ソーダ水とかアイスクリームとかを店のなかで食えるの。伊之助食ったことないだろ。冷たくってうまいんだぜぇ。銀座ってのは、インテリゲンチャでハイカラな人がいっぱいな、垢抜けた街なんだ。デパートメントストアもあってさぁ、そこらの座売りの店と違って、勧工場みたいに色んな品物がいっぺんに売ってるんだぞ。カフェーもさぁ、銀座ともなったら女給さんとか絶対に美人ばっかりなんだろうなぁ。パウリスタにライオン、プランタン! 憧れちゃうよなぁ。あ、もちろん禰豆子ちゃんが一番きれいだけどねぇ~! とにかく洗練された大人の街なんだよ! こういう機会に一度は行っとかないと! 山で暮らしてたら滅多に行けないんだから!」
「わかったわかった。義勇さん、いいですか?」
 苦笑しながらたずねた岩五郎に、半半羽織も笑ってうなずいた。
 落ち着きがないんだからとむくれる子分その三も、まぁまぁとなだめられて、小さく舌を出して笑う。
「私もいっぺん行ってみたかったの。ありがとうお兄ちゃん、義勇さん」
「そっか。じゃあみんなで行こうなっ。俺も銀座は行ったことないや。義勇さんはありますか?」
「何度か……だが、店はよく知らない」
「よし、決まりぃ! じゃ、炭治郎、伊之助に服貸してやって」
「はぁ? なんで服なんか借りなきゃいけねぇんだよっ。絶対に着ねぇからな!」
 べつにどこかに出かけるのはいい。でも、なんで服なんか着なきゃなんねぇんだ。
 プイッとそっぽを向いたとたんに、ガシリと肩をつかまれた。地味に痛い。
 なにしやがるとの怒鳴り声は、口から出る前に生唾と一緒に飲み込まれた。ズイッと迫ってくる善八の顔が、怖い。
「おまえなぁ、銀座だぞ、銀座。精養軒やデパートメントストアがある、ぎ、ん、ざ! いいか? 銀座で裸なんてありえねぇんだよ。ふざけんな。垢抜けた街だって言っただろうが。猪頭も禁止だからな。せっかくの銀座で官憲に追い回されるなんて、ごめんなんだよ。もしそのままで行くなら友達やめるぞ、テメェ」
「お、おぅ……」
 たまに善八はスゲェ怖ぇ。ギョロリと目をかっぴらいて睨む顔は、鬼よりよっぽど鬼だ。
 岩五郎たちも苦笑するばっかりで、味方してくれやしない。銀座ってのはそんなに面倒くさい場所なのか?
 半半羽織も岩五郎も、もう隊服は着ていない。どこでも見る普通の格好だ。刀ももう持ち歩かない。善八だって同じことだ。
 でも、伊之助はまだ刀を手放せない。鬼は出なくても、山には獣がいる。熊などに襲われたときに、守ってやれるのは自分だけだ。ツキノワグマは臆病で、滅多に里に下りたりはしないが、絶対にないとは限らない。三蔵爺さんだって俺が守ってやんなきゃ簡単に食われちまうと、伊之助はいまだ刀をぶら下げている。

 みんなちょっとずつ変わっていく。自分だけが同じままだ。前と同じがいい。でも、まったく同じではいられないことも、伊之助はちゃんとわかっている。
 半半羽織の腕は片方なくなった。岩五郎の腕だって、片方はしわくちゃで動かないし、目玉もひとつは見えていない。
 それでもふたりは笑っている。穏やかに、幸せそうに。善八に無理やり服を着せられる伊之助を見ながら、ふたりはずっと並んでニコニコとしていた。
 鬼殺隊に入ったばかりのころなら、今のふたりを見て、だらしない弱みそどもめと馬鹿にしただろう。でも今は、そんなことちっとも思わない。馬鹿にする奴がいたら、俺が怒ってやると思っている。



「ごめんください」
 さて、出かけようかと思った矢先に聞えた訪いに、半半羽織が少し眉を寄せた。見れば岩五郎の顔も固まっている。ヒクリと頬が引きつっているのを見てしまえば、声の主はすぐにピンときた。きっとあの腹の立つ雌だ。
 俺が文句を言ってやらぁと、腕まくりした伊之助を静かに制して、半半羽織が玄関の戸を開けた。
「おはようございます。今日もお頼みしたい文がございまして」
 にっこりと真っ赤な口で笑う雌に、むかっ腹が立つ。
「うぉっ、すっごい美人……いひゃいっ! ね、ねうこひゃん、いひゃいよっ」
「善逸さんは黙ってて!」
 頬をつねられて涙目になってる善八はいい気味だ。あんな雌に鼻の下伸ばしやがってと、伊之助も子分その三に加勢してやりたくなる。
「申しわけないが今日は出かけるので、仕事はお引き受けできない。看板をしまっていたはずだが」
「あら、かわいいお客様がいらっしゃってたんですねぇ。みんなでどこにお出かけですの? ご迷惑でなければ私もご一緒したいわ」
 ぶっきらぼうな半半羽織の声にもめげずに、なよなよした雌は細っこい手を半半羽織の左腕に絡めた。ちろっとこちらをねめつけて、にまりと笑う顔に頭の芯が燃え立つような怒りがわく。
「ね、僕たち。私も一緒でいいかしら?」
 猫撫で声が気持ちワリィ。しかも、こっそりと子分その三を睨みつけやがった。
 ふざけんなと怒鳴るより早く、半半羽織がするりと雌の腕から抜け出した。
「悪いが連れ合いの家族と水入らずで過ごすので。炭治郎、行くぞ」
 そう言って、半半羽織は岩五郎の右手を取った。
「は? え、連れ合いって、あの、その子……見習いの小僧さんじゃ……」
「俺の伴侶だ。急ぐので御免」
 呆気にとられてた雌の顔が真っ赤に染まった。怒りだか恥ずかしさだか知らないが、プルプルと震えてるのが小気味いい。ざまぁみろだ。
「この男色野郎! オカマ掘られちまえ!」
 眉をギリリとつり上げて怒鳴るなり、雌は鼻息荒く去って行く。伊之助たちは思わずポカンと口を開いてしまったが、半半羽織はすまし顔だ。どこか清々としても見える。

「ちょっとちょっと、冨岡さん! 炭治郎ちゃんも! 今のってあの尻軽女だろ? なにがあったのさっ」

 ガラリと隣の窓が開き、血相を変えた年増の雌が顔を出した。
「あ、チヨさん、おはようございます。お騒がせしてすみません」
 あわててペコリと頭を下げる岩五郎の頬も、さっきの雌と変わらず赤い。耳もうなじも、秋の楓みたいに真っ赤だ。