Hello!My family 第1章
「あー、もういい。社員食堂行くぞ。話は飯食いながらだァ。おら、冨岡。行くぞ」
「弁当があるが?」
「持ってきゃいいだろうがァ! 本当にテメェは融通利かねぇなァ!」
あぁ、また不死川を怒らせてしまった。
しょんぼりと肩を落とした義勇だったが、おそらく三人はそんな些細な義勇の変化には、まったく気がついていないだろう。表情に乏しいのは義勇も自覚している。そして、それは自分自身が望んでのことなのだ。
浮かび上がりかけたほんのわずかな鬱屈をぐっと抑え込むと、義勇は、うながされるままに弁当を紙袋に戻して立ち上がった。社員食堂で持参した弁当を食べている社員はそれなりにいるから、気にすることはないだろう。時間を無駄にしないためには、食事しながら相談するほうがいいかもしれない。
炭治郎の言が確かなら、弁当を見られたところで、昔のように羞恥に身を縮こまらせる羽目にもならないはずだ。
そんな義勇の思惑は、うっかり忘れていた自身の習性によって、想定とは異なる様相を見せた。
甘露寺の入社動機なだけあって、今日も社員食堂は盛況だ。九割がた埋まった座席では、談笑しながらグループで食べている者たちもいれば、一人黙々と食べている者もいる。テレビ取材がくることもあるほど充実した社員食堂だから、ほかの企業にくらべて食堂の利用率は高いほうだ。
とはいえ、空いている会議室などで弁当を食べるグループや、外に食べに行く者も多いのだろう。混み合っているとはいえ、食いはぐれるほどではない。
席を取っておいてくれと言い置いた不死川たちが、カウンターへと向かうのを見送り、義勇はきょろきょろと周囲を見まわした。幸いなことに、観葉植物が置かれた隅のほうの席が、ちょうど四人分空いたところだった。炭治郎のことを相談するには、都合がよさそうである。
給湯器でお茶を入れ、空いた席を確保した義勇は、いそいそと弁当の包みをほどいた。高校時代の弁当箱などとうに捨てたし、義勇用の弁当箱などどこにあったのだろうと思っていたが、現れたのは青い蓋のタッパーだ。添えられている箸は、ずいぶんと使うことがなかった客用のものだった。
昨夜は夕食を作るだけで炭治郎も手一杯だったはずだから、これらを探しだしたのは今朝だろう。自分の頬を張るほど睡眠不足だったというのに、炭治郎はいったい何時に起きたのかと、義勇は思わず眉をひそめた。
今日のところはしかたないが、勤務時間はきちんと設定して守らせなければと、心に刻む。通信制とはいえど、炭治郎が学生であることに変わりはない。適切な勉強時間を確保してやらなければ、強引に転職させた意味がないだろう。
大まかなラインはすでに頭のなかに出来上がってはいるが、不死川に確認を取って、不都合な部分があれば修正して……と、炭治郎との契約について思いを馳せているうちに、三人がトレイを手に戻ってきた。
義勇の向かいに不死川が、隣に伊黒、その向かいに甘露寺が座る。席に着くなりネクタイを外す不死川に、毎度のことながら伊黒は眉をひそめてあきれ顔だ。義勇も、いちいち結び直すのは面倒だろうにと思わなくはないが、口にはしない。
年の離れた弟妹が多いから給料の良いこの会社を選んだが、本当はネクタイなどしないで済む職に就きたかったと、研修終了の打ち上げで不死川がぼやいていたのを覚えている。毎朝ネクタイを結ぶのはたしかに面倒だなと、義勇も思ったものだが、今ではすっかり慣れて気にしたことはない。男らしさの象徴のようで、安堵のほうが深いくらいだ。
テーブルに置かれたトレイの上の品数は様々だった。不死川のラーメンと半チャーハンはともかくとして、伊黒と甘露寺のトレイはいつ見ても対照的で、義勇は思わずまじまじと見比べてしまった。
食べることが大好きだと公言してはばからない甘露寺が手にしたトレイには、今日の定食らしいアジフライ定食のほかにも、いくつもの小鉢がぎっちりと乗せられている。対して伊黒のトレイには、プリンと抹茶ケーキがあるだけだ。
伊黒のトレイがすぐに甘露寺の前に押し出され、本人はと言えば手に提げていたコンビニ袋からおにぎりを取り出した。どうやらそちらが伊黒の昼食のようだ。成人男性の昼食がおにぎりふたつきりというのは、他人事ながら心配になるが、伊黒には適量らしい。
もはや慣れっこの光景とはいえ、どちらの食事量も義勇には驚きでしかない。けれども、今日はそんな驚嘆にひたるどころではなかった。なにしろ、三人とも自分の食事よりも義勇の弁当が気になってしょうがないのか、甘露寺でさえ、箸を手に取ったものの食べだすことなく義勇のタッパーを見つめている。
好奇心を隠さない三人の視線のなか、義勇は少し落ち着かない気分でタッパーの蓋を開けた。
「うわぁ、おいしそう!」
きれいに並べられたおかずの数々に、甘露寺が歓声をあげる。皮肉な伊黒や口の悪い不死川でさえ、感心した声をもらしたほどに、炭治郎の弁当は見るからにおいしそうだった。
朝食と中身は大差ない。おかずの大半を占めるのはブロッコリーとウインナーの炒め物に、冷凍食品の唐揚げだ。だが、朝食と違って、唐揚げにはミックスベジタブル入りのあんがからめられている。
それだけでも手間がかかっていると思うのだが、朝食にはなかったきんぴらごぼうまで添えられていた。少しだけ残っていた冷凍のごぼうと人参のミックスで作ったのだろう。中途半端に余らせてしまったと思っていたが、弁当に入れるにはちょうどいい量だったようだ。
特に義勇の目を引いたのは、禰豆子が楽しみにしていたアルミカップに入れられた小さなグラタンだ。焼き目のついた粉チーズがいかにもおいしそうで、これがフライドポテトで作られているなんてと感嘆してしまう。タッパーの半分ほどに詰められたご飯には、ふりかけがかかっていた。
義勇でさえ蓋を開いた瞬間に微笑みそうになったのだ。きっと今ごろ禰豆子も、弁当を見て幸せそうに笑っていることだろう。
「色どりもいいし、野菜とお肉のバランスも考えてあるみたい。作ってくれた人はお料理上手なのね」
「ふん、レトルトばかりかと思いきや、存外まともな弁当だな」
「で? 誰が作ったんだァ?」
それぞれ定食やらラーメンやらに箸をつけつつ話しかけてくる三人に、義勇はといえば、さっそく口に入れたグラタンのために、答えることができなかった。
フライドポテトとはいえ、ジャガイモとツナをマヨネーズであえたのは昨夜と変わらないのに、粉チーズを振って焼いただけで立派にグラタンになっているのは驚きだ。しっかりと味わって食べたいところだが、さてどうしたものか。
べつに答えたくないわけじゃない。ものを食べている最中に話すことができない質だというのを、すっかり忘れていただけのことである。だが、これでは相談はおろか、事情を説明することもできやしない。
思い至った自分の失態に、義勇は少し情けない気分で眉根を寄せた。弁当はすこぶる美味だが、これでは満足に味わえず、なんだか炭治郎にも申し訳ない気持ちになってくる。
はぁ、と聞えたため息は伊黒のものだろうか。
「もういい、貴様は食べていろ。こっちで質問するから、うなずくか首を振って答えろ」
作品名:Hello!My family 第1章 作家名:オバ/OBA