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Hello!My family 第1章

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 渡りに船と、こくこくうなずけば、あきれ顔の不死川がじっと見つめてきた。
「禰豆子のことで相談したいってわけじゃねぇんだな?」
 真剣な瞳と声の不死川の問いかけに、伊黒と甘露寺も、すっと真顔になる。義勇が強くうなずくと、甘露寺があからさまな安堵のため息をついた。
「よかったぁ。禰豆子ちゃんになにかあったんだったらどうしようって、心配しちゃった。これで安心して食べられるわぁ」
「しかし、まったく関係がないわけではないのだろう? その弁当を作ったのは、本当に再婚相手じゃないのか?」
 ふるりと首を振り、ようやく噛みおえた唐揚げを飲みこむと、義勇は「家政夫だ」と端的に言った。
「家政婦? 禰豆子はちゃんと懐いてんのかァ?」
 三人は禰豆子が一番ひどい状態だったころを知っている。見知らぬ相手に怯える禰豆子を思えば、不死川の問いももっともだ。
 義勇だって、あのころの悲惨な状況を思い返すと、身を引きちぎられるような苦しさに今も襲われる。それでも、不死川たちとの仲が深まったことだけは、義勇のどうしようもない人生のなかでは、得難い幸福だった。

 ほんの幼いころならば、親友と呼べる友人もいたが、自ら遠ざけ孤立した道を選んで歩いてきた。結婚し、子供に恵まれても、一人であることには変わらないと思っていたし、人づきあいの悪さは以前と大差ない。けれどそれでも、ほんの一時同じグループにいたというだけで、こんなにも親身になってくれる同期に恵まれた自分は、きっと幸運なのだろう。

 禰豆子の幸せ以上に、義勇にとって望むものなどないが、そんな願いさえこの手からすり抜けてしまわずに済んだのは、三人の尽力あってこそだ。感謝はつきない。
 今でも禰豆子のことを案じてくれる三人に、義勇は深い感謝と、消えようのない罪悪感を噛みしめた。
「大丈夫だ。禰豆子が懐いているから頼んだ」
 心配させるのは本意ではない。炭治郎の笑顔を思い浮かべ、義勇は断言した。
 離婚し禰豆子と二人暮らしを始めた当初から、家事代行サービスなどの利用は、義勇も考えたことがある。実際に、繁忙期に依頼をしたこともあった。
 けれども、禰豆子が委縮してしまい夜半のうなされ具合が悪化したため、それ以上他人に禰豆子を任せることはできなくなった。
 炭治郎が初めてなのだ。禰豆子が初対面から懐き、それどころか一緒にいたいと望んだ者など。
 今までの搾取としか言いようがない炭治郎の境遇には、悲嘆と怒りしか覚えようもないが、そんな状況だったからこその同居であることを思えば、縁とは本当に異なものだという感慨が義勇の胸にわいた。
 まだ高校生とはいえ、炭治郎にならば禰豆子を安心して任せられる。しかも、炭治郎が作ってくれた食事は、すべて美味だ。まったくもって幸運としか言いようがない。
 できるかぎりの待遇を約束してやらなければと、甘酢あんのからんだ唐揚げを噛みしめながら、義勇は、喜ぶ禰豆子の顔を思い浮かべ、ほわりと微笑んだ。
「それならいいけどよ……本当に再婚相手じゃねぇのかよ。禰豆子が懐いてんなら、家政婦と言わず禰豆子の母親になってもらやぁいいんじゃねぇのかァ」
 ガツガツとチャーハンをかき込みながら言う不死川に、義勇は思わず顔をしかめた。

 禰豆子の母親に炭治郎が? いったいなんの冗談だ。

 ふるふると首を振った義勇に、伊黒がフンと軽く鼻を鳴らし、甘露寺もへにゃりと眉尻を下げた。それでも箸は止まらないが。
「懐いたのが先ということは、家事代行サービスなどで探したわけじゃないということだろう? それなのに家にあげられるぐらい信用しているなら、可能性はあるだろうが。貴様にそんな知り合いがいたということのほうが、俺は驚きだがな」
「そう言えばそうね。すごいわ、伊黒さん! 探偵さんみたい!」
 興奮しきりな甘露寺ほどではないが、義勇も伊黒の推察力には内心感嘆した。とはいえ、再婚の可能性については、見当外れもいいところである。否定の意をあらわすために、再び義勇は首を振ったが、どうやら三人はすっかり義勇が再婚するかもしれないと思い込んでしまったようだ。
「家に上げるぐらい信用できて、飯もうまい。なにより禰豆子が懐いてるとくりゃあ、願ったりかなったりな女じゃねぇかァ。なにが不満なんだよ」
 また義勇が首を横に振ったのは当然だろう。だって炭治郎は女性ではないのだ。れっきとした男性……というか、男の子である。不満もなにも、そもそも結婚などできるわけがない。
 義勇としてはあまりにも当たり前すぎる帰結であるが、義勇の態度に三人はまったく違う感想を抱いたようだ。伊黒は疑い深く、甘露寺はいかにも不安そうに。そして不死川はといえば、盛大に顔をしかめて苛立ちをあらわにしている。
 三人の反応の理由がわからず、もぐもぐときんぴらを噛みしめつつ義勇は、こてんと小首をかしげた。

 結婚などできるわけもないから否定しただけなのに、なんでまた不死川たちはこんな反応なのだろう。

 無論のこと、義勇だって同性愛に偏見や差別意識はないが、義勇が異性愛者であることに違いはないし、そもそも日本の法律はまだ同性婚を認めてはいない。
「……冨岡さん、前の奥さんは、そのぉ、たしかにちょっと褒められた人じゃなかったけど、はなから恋愛を諦めるのはもったいないんじゃないかしら」
「甘露寺、すっぱりと最低最悪な女だと言っていい。あんな女に君が気を使う必要は皆無だ。それに、この朴念仁に恋愛云々を説いても、犬に論語、猫に小判。兎に祭文だ。とはいえ、こいつが信用するだけの女なら、いずれ再婚を考える可能性は高いだろうな。冨岡、貴様のような不愛想の権化とつきあってくれる女性との出会いは盲亀の浮木、優曇華の花(もうきのふぼく、うどんげのはな)というものだぞ。意固地にならずにきちんと考えてみたらどうだ。甘露寺を心配させるんじゃない」
「あ? なんだ、その、もうきのなんちゃらってのは」
「盲亀の浮木、優曇華の花だ。滅多にない幸運という意味だ、これぐらい常識として覚えておけ」
「ごめんなさい、伊黒さん。私もそれ知らなかったわ……」
 しょぼんと肩を落とした甘露寺に慌てて、いや俺も昨夜ことわざ辞典を読破して知っただけだのなんのとなだめだす伊黒をしり目に、不死川は、さらに苛立った様子で義勇をにらみつけた。
「言い草はなんだが、めったにない幸運ってなぁ確かだろうがァ。なのに、なんでまた頭っから否定してんだ? 人妻とか言い出すんじゃねぇだろうなァ」
 これまた明らかに違うと言いきれる問だったから、義勇はまた首を振った。
「独身か。じゃあ、婆ちゃんだったりすんのかァ?」
「……高校生だ」
 弁当を完食し、満足のため息とともに言った義勇に、他意はない。事実を述べただけである。けれども、三人の目はこれでもかというほどに見開かれ、口までぽかんと開けられていた。
 ざわざわと騒がしい食堂も、義勇たちが座る一角だけ、シンと静まり返る始末だ。オフィスで浴びた視線同様に、痛いぐらいに近くの女性社員たちに凝視され、義勇はきまり悪くタッパーを手に立ち上がろうとした。が、それはガシリと不死川に腕をつかまれたことで果たせず、義勇はしぶしぶ席に座り直す。
作品名:Hello!My family 第1章 作家名:オバ/OBA