Hello!My family 第1章
「待て待て待てェ! おいっ、高校生たぁどういうこった!!」
「通信制高校だが、席を置いている以上は高校生であるのに変わりはないだろう?」
「そういうこっちゃねぇんだよっ! いや、通信制なら未成年じゃない可能性もあんのか……」
「今年で十六になると言っていた」
「ということは今十五かっ! き、貴様、犯罪じゃないのかそれはっ!」
不死川も伊黒も、いったいなにをそんなに泡を食っているのだろう。驚かれる意味がわからんと、義勇は思わず憮然としたが、そもそも炭治郎の年齢的なアレコレを相談したかったのだと思い直す。
「再婚を考えてねぇってことは、まだ手を出しちゃいねぇってことじゃねぇのか? なら、セーフだ、セーフ!」
「なにを言ってるのかさっぱりわからん。それより、不死川、年少者の住み込み勤務についてなんだが」
「住み込みぃっ!?」
ピタリと重なった三人の声は、ほとんど悲鳴に近かった。
至近距離での大声のユニゾンに、思わず義勇はビクンと飛びあがりかけた。おまけに、気がつけばあちらこちらでも「嘘っ!」だの「いやー!」だのと、悲鳴じみた声があがっていて、義勇は、あまりにも予想外過ぎる反応に、背にダラダラと冷や汗が流れるのを感じずにはいられない。
住み込みというのは、やはり法的に問題があるのだろうか。だが、住み込みでなければ意味がないのだ。そこのところの確認などを、法務部の不死川に相談したかったというのに、これでは相談どころではない。
「その、炭治郎は元々、俺が禰豆子とよく行くスーパーで勤務していたんだが、あまりにも劣悪な環境だったんだ。禰豆子も懐いているし、どうにかまともな生活を送らせてやりたいと……」
なんとか力を貸してもらえないかと義勇は焦るが、万が一、法に触れることになるのであれば、三人を巻き込むわけにもいかない。どうにもならないようなら、炭治郎には寮のあるまっとうな職場を斡旋してやらねばならないだろうが、そうなれば禰豆子がさぞや悲しむことだろうと思うと、義勇の周章がますます募った。
けれども、そんな義勇の焦燥感とは裏腹に、またもや三人は呆気にとられた顔をして、そろって「は?」と首をかしげている。
「だから、炭治郎に……」
「待てや、ゴルァ……おい、炭治郎ってなぁ、どこのどいつだァ?」
いっそ不安になるほどに静かな不死川の声に、義勇もまたコテリと小首をかたむけた。
「炭治郎は炭治郎だろう。家政夫として雇うことにした高校生だ」
今まさに炭治郎の話をしているというのに、今さらなんだというのだ。つい不満げな声になった義勇だが、「男じゃねぇかァ!!」と雄叫びをあげた不死川に、まずは驚き、ついでますますムスリと眉をひそめた。
「男に決まってる。家政夫だと言っただろう」
「紛らわしい言い方してねぇで、最初から男子高校生だって言えやァ!」
「……なるほど、漢字一文字で性別は真逆か……わかるわけないだろうがっ! 貴様は馬鹿か! 馬鹿なのかっ!」
「え? えっと、どういうこと?」
声を荒げてつめ寄る不死川や伊黒、混乱しきりらしい甘露寺に、義勇は思い至ったそれにポンッと手を打つと、「すまん」と頭を下げた。なぜ三人が再婚相手だのなんだのと言い出したのか、ようやく理解してみればなんのことはない。義勇は『家政夫』と男性を示す言葉を思い浮かべていたが、音に聞けば即思いつくのは世間一般的には『家政婦』のほうだろう。
しかし、誤解が解けたのなら、まぁいい。周囲でちらほらと聞える「なんだぁ」やら「良かったぁ!」やらといった声は理解不能ではあるが、特に問題はなかろう。
「あー……まぁ、いい。テメェが天然ボケなのは今に始まったこっちゃねぇ。で? 相談ってのはなんなんだ?」
いかにも脱力しきった様子で言う不死川に、天然ボケ? と、さらに首をかしげたくなったが、問おうとした機先を制するように伊黒が「事情説明をまずしろ。簡潔に!」とにらまれてしまえば、否やはない。貴重な昼休みだ。不死川の仕事も立て込んでいるのなら、時間を取らせるのは義勇とて本意ではなかった。
出逢いから説明しようとしたのを、「簡潔にと言ってるだろうが」と伊黒と不死川にそろって止められつつ、どうにか現状を伝え終えたときには、休憩時間は残り十分もなくなっていた。タッパーを軽く洗っておきたかったのだが、そんな時間はなさそうだ。
こびりついてしまったら炭治郎に申し訳ないなと思いつつ、タッパーを包んでいる義勇に、不死川が軽いため息をついた。
「ま、事情はわかった。とりあえず、身元保証人への事情説明が先決だなァ。未成年なら、本人の同意があっても、場合によっちゃ未成年者誘拐罪になりかねねぇ」
「炭治郎が今日連絡すると言っていた。俺も近いうちに連絡を取る」
「おぅ、そうしとけ。で、契約内容だが、日曜は家にいるかァ? 面倒だが立ち会ってやらァ。それまではとりあえず正式な契約は保留にしとけ。本人の都合ともすりあわせなきゃなんねぇだろ」
言いながらトレイを手に立ち上がった不死川に、甘露寺の目がきらきらと輝きだした。
「私も行っていいかしら。久しぶりに禰豆子ちゃんに逢いたいわぁ!」
「たしかに、話し合いの間、禰豆子の子守りは必要だな。よし、では俺も甘露寺と一緒に行こう。不死川、当日は俺と甘露寺を迎えにこい」
「へいへい、しょうがねぇなぁ。んじゃ、甘露寺んち行くからよ、伊黒、てめぇ先に行って待っとけやァ」
いや、そこまで世話になるわけにはと断ろうとした義勇の声は、流れだしたメロディにせき止められた。昼休み終了五分前を告げる曲だ。急いでオフィスに戻らなければ、課長の機嫌が悪くなる。
不死川たちのなかで日曜の冨岡家来訪は決定となったらしく、急ぎ足でカウンターへ食器を戻しに行く三人に、義勇は止める言葉を持たなかった。
だが、炭治郎の都合によっては義勇が作成する契約書は修正を余儀なくされるだろうし、それならば法務に詳しい不死川の同席は正直ありがたい。時間を無駄に浪費せずに済む。禰豆子を一人にさせておくわけにもいかないから、甘露寺がきてくれれば助かるのも確かだ。
伊黒までついてくるのは……まぁ、甘露寺がくるなら伊黒が一緒なのは当然の流れだろう。気にするだけ無駄だし、きっと野暮というものだ。
これでつきあっていないというのは、いかに朴念仁と言われる義勇にしても、不思議でならないところではあるけれど。
ともあれ、日曜日はにぎやかなことになりそうだ。休日出勤する羽目にならぬよう、午後の勤務も励まなければと、義勇は紙袋にしまったタッパーをちらりと見下ろした。
明日も炭治郎は弁当を作ってくれるのだろうか。汚れたままのタッパーに、だらしがないと思われないといいのだけれども。
思いつつも、きっと炭治郎は気にしないでいいと笑うのだろうなと、心のどこかで確信している自分が少し面映ゆかった。
盲亀の浮木、優曇華の花。なるほど、炭治郎との出逢いはめったにない幸運以外のなにものでもないなと思いながら、義勇は戻ってきた三人とともに足早に食堂を後にした。
作品名:Hello!My family 第1章 作家名:オバ/OBA