Hello!My family 第1章
休みの日でも義勇の起床時間は変わらない。禰豆子を空腹のまま待たせるわけにはいかないから、アラームなしでも六時前には目が覚めてしまうのが常だ。炭治郎が来たとはいえ、体に染みついた習慣はまだまだぬぐえそうになかった。
傍らで健やかな寝息を立てている禰豆子をそっと撫でて、義勇は静かにベッドを出た。
正式な契約は日を改めるが、基本的に勤務は平日のみ、義勇が家にいる休日は家事をしなくていい。炭治郎には、ちゃんと伝えてある。
だから義勇は、いつもどおりに目覚めた日曜日の本日、炭治郎の分も含めて朝食は自分が作るつもりでいた。
だというのに、すでに廊下にまでみそ汁や炊き立てのご飯の匂いがしているとは。炭治郎はいったい何時に起きたのかと、台所に向かった義勇は、コンロの前に立つ炭治郎の背中を見つめつつため息をついた。
「あ、義勇さん! おはようございます!」
にこにこと笑う炭治郎は、今日も元気いっぱいだ。挨拶もそこそこに義勇がかすかに眉を寄せるのを、炭治郎はぱちりと目をしばたたかせ不思議そうに見たものの、食事の支度をする手は止めない。
「……炭治郎、土日祝日は休みだ」
休日は家事をしなくていいと、何度言えばわかってくれるのか。金曜の夜に念押しておいたというのに、昨日も炭治郎は三食しっかり作っていた。そのたび休めと言い聞かせたのだが、今朝もこれか。
食卓に並ぶ玉子焼きだの煮物は、見るからにおいしそうだけれども――実際、煮物は昨夜も食べた残りのようだが、大変美味だった――素直にうまそうだと笑ってやることは到底できない。
ありがたいことは確かだ。正直言えば、上げ膳据え膳で出てくるこんな食事を毎食食べられるなら、是非ともお願いしたいところではある。
苦手な調理をせずに済むというだけでなく、炭治郎が作ってくれる料理はとにかく美味なのだ。禰豆子の迎えを初めて頼んだ日に、夕食に出された鮭大根ときたら、元々好物であるのを差し引いても毎日食べても飽きないだろうとすら思った。
けれど、雇用関係にある以上、勤務時間を厳守させるのは義勇の義務である。あのスーパーの店長と同類になる気など、義勇にはさらさらない。
バツ悪げに視線をそらせる炭治郎をにらみつければ、炭治郎はしょんぼりと肩を落とし、上目遣いに義勇を見上げてきた。
「えっと、でも、ほとんど昨日の夜に作っておいたのをチンしただけなので……」
「昨日だって休みだ」
「でも、あのっ、まだ正式な契約はしてないですしっ!」
言いながらチラリと壁に貼られたカレンダーに目を向けた炭治郎につられ、義勇も視線をそちらに向けた。
予定を書き込めるタイプのカレンダーはシンプルで、写真もイラストもない。書かれているのは、ほとんどが禰豆子の保育園での予定だ。一番新しく書き込まれたメモの日付は、六月七日の日曜日。まさしく今日の日付である。
『炭治郎、正式契約予定。来客あり』
そんな文言を書き込んだのは、義勇自身だ。自分の書いた文字を恨めしげににらみ、思わず小さくため息をついた義勇だが、対する炭治郎はといえば、ほんのちょっぴり申し訳なさげに眉尻を下げたものの、すぐにあっけらかんと笑いかけてくる。
「それに俺、掃除や料理好きですし、趣味ならかまわないですよねっ」
「しかし……」
まだ勤務内容はざっと伝えただけではあるが、すでに炭治郎は、義勇が決めたそれら以上に働いている気がする。
炭治郎には平日の食事の用意――昼は弁当になるが――と、禰豆子の迎え、義勇が帰るまでの子守りを頼みはした。だが、掃除や洗濯まで依頼する気はない。そこまで甘えるつもりは義勇にはなかった。
それを伝えたときにも炭治郎はかなり不満げではあったけれども、家政夫として雇うとはいえ炭治郎は高校生だ。通信制であろうと、まずは学業に時間は使うべきだろう。
なのに炭治郎は、義勇と禰豆子がいない日中、せっせと家中の掃除に精を出しているようだった。どんよりとくすんでいた窓ガラスがピカピカに磨かれ、水回りのステンレスが本来の銀色の輝きを取り戻しているのを見れば、いかに鈍感だと同期に言われがちな義勇だって気づく。
よくよく注意して家のなかを見てみれば、乱雑に積まれていた禰豆子の絵本はきちんと本棚に並んでいるし、禰豆子の洋服ダンスのなかも一目でなにがどこに入っているかわかるようになっていた。廊下の隅や障子の桟にたまっていた埃も、いつのまにやら見かけない。
洗濯だって義勇がしようとすると、すでに洗濯機が回っている。色物と白い物をわけるぐらいは義勇だってするようになったが、炭治郎はさらに分別して洗濯しているらしく、義勇が買ったことのないオシャレ着洗い用とかいう洗剤やら柔軟剤まで置いてあった。義勇のワイシャツも、クリーニングしたようにパリッとしている始末である。アイロンがけは苦手だから、買い物のついでにすべてクリーニングに出してくれと、言っておいたにもかかわらずである。
ありがたい。言うまでもなく、ありがたいことこの上ないのは事実なのだけれども。
おまえはいったい、日中どれだけ働いているんだ……。
義勇からすれば、勉強そっちのけでこまねずみのように働き続ける炭治郎を想像し、ため息だって出ようものだ。
おまえはマグロの親戚かなにかなのか。動いていないと死ぬのかと、思わず本気で問い詰めたくもなる。
掃除は趣味なんです、広い家だからやりがいがあってすごく楽しかったと、炭治郎はこともなげに笑うが、義勇にしてみれば、炭治郎の好意に甘え、法定以上の勤務をさせている気分である。これではあの店長のしていたことと変わらないではないか。待遇は比べものにならないようにするつもりだけれども、そんなもの、義勇の罪悪感を晴らすにはまったく役に立ちやしなかった。
どうすれば炭治郎は素直に休んでくれるんだろう。あまり強く言うのは、禰豆子の手前控えたいのだが。
悩んでもすぐに言葉は出てこない。こういう時は、自分の口下手が本当に嫌になる。けれども、このままなぁなぁで済ませるのは、義勇の心情的にも避けたいところだ。
どうにか炭治郎を納得させようと、言葉を探して義勇は無意識に視線をさまよわせた。その視線が、再びカレンダーを映して止まる。そっけない義勇の文字ばかりが書き込まれたカレンダーのなかで、ひときわ目立つ赤い花丸は、今週の水曜日に、禰豆子にせがまれて義勇が書いたものだ。花丸と一緒に書かれた、禰豆子の手によるつたない『おにいちゃんがきたひ』の文字に、義勇はゆっくりとまばたきした。
花丸の日付は六月三日の水曜日。今日は日曜。まだたったの四日目だ。炭治郎が来たのは夜半だったから、炭治郎が立ち働いていたのは都合三日しかない。だというのに、家のなかはピカピカである。
料理だって手を抜いていないことが一目でわかる。約束どおりに出された鮭大根はもちろん、手作りのハンバーグやら煮物やらだけでなく、副菜のいんげんの胡麻和えだのサラダだのと、一汁三菜をきっちりと出してくる。弁当だって前日の残り物だけなんてことはなかった。残り物にもひと手間かけたアレンジをしてあるのには、心底感心してしまう。
作品名:Hello!My family 第1章 作家名:オバ/OBA