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Hello!My family 第1章

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 スーパーの新人店員だという少年と禰豆子は、すっかり仲良しだ。この一月のあいだに、炭治郎という名前も教えてもらったし、炭治郎にも禰豆子と呼ばれてうれしそうに笑っていた。
 年はかなり離れているが、本当の兄妹のように楽しげに話すふたりを見るのは、実のところ、義勇のひそかな楽しみにもなっている。
 会話するのは長くとも五分程度。仕事中の炭治郎を、それ以上禰豆子につきあわせるのは申し訳なく、五分経ったら禰豆子をうながすようにしている。
 禰豆子は残念そうだが、炭治郎は義勇の気遣いを察しているのだろう。またねと禰豆子に笑いかけた後で、義勇に少しだけ未練ありげな苦笑で会釈するのが常だ。
 本当は義勇だって、禰豆子と炭治郎の楽しげで他愛ない会話を、もっと長く聞いていたい。けれども、禰豆子のせいで炭治郎の勤務態度を咎められたりするのは避けたいし、帰りが遅くなるのも少々困る。
 定時に帰れた日には手料理だって作ってやりたいし、風呂だってまだ禰豆子は一人では入れない。洗濯や掃除だってしなければならないし、ときには、保育園で必要なものを用意する時間だっている。今日のように残業した日なら、なおさら時間が足りない。
 だからあまり長話はしないようにさせているのだが、今日は少々勝手が違った。
 店内に入ってすぐ、禰豆子がきょろきょろと炭治郎を探し始めたのは、いつもどおりだ。日用品の品出しをしていた炭治郎を見つけたのも、いつもと変わらない。問題はその後だ。
 洗剤を並べていた炭治郎を見つけた禰豆子が、いつものように口にしかけたお兄ちゃんとの呼びかけは、パンっという頬をたたく音にとまった。
 音高く自分の頬をたたいた炭治郎は、ブルブルと頭を振り、はぁぁっと深い溜息をついている。
 いったいなにごとかと、義勇と禰豆子が呆気にとられたのはいたしかたない。ふたりに気づいた炭治郎が、顔を真っ赤に染めて立ちあがるまで、義勇たちは声をかけることもできずに呆然としていた。

「その、お見苦しいところをお見せまして……」
「いや……」
「お兄ちゃん、大丈夫? ほっぺ痛くない?」

 気まずさを隠せない義勇と炭治郎に対して、禰豆子は素直そのものだ。いかにも心配げに聞かれ、炭治郎が照れたように苦笑した。
「大丈夫大丈夫。驚かせてごめんな。ちょっと眠かったもんだから……ひっぱたいたら眠気が飛ぶかと思って」
 言われてみれば、炭治郎の目の下にはうっすらと隈が見える。炭治郎はかなり生真面目そうではあるが、もしかしたらバイトの後で、友達や彼女とでも遊びに行っているのかもしれない。
 たぶん、今時の若い子ならば、それぐらいは普通なのだろう。

 ――俺は、普通の高校生の生活なんて、わからないけれど。

 沈みかけた義勇の意識を、禰豆子の声が引き戻した。
「お兄ちゃん、眠ってないの? パパがね、寝る子は育つって言ってたよ? おっきくなりたかったら、いっぱい寝なさいって」
「うーん、おっきくなれないのは困るなぁ。俺もいっぱい寝たら、禰豆子のパパみたいにおっきくなれるかな」
「義勇だよ! あのね、パパのお名前はね、冨岡義勇っていうの!」
 一瞬きょとんとした炭治郎が、じっと義勇を見上げてくる。ザクロのように赫い炭治郎の瞳は、幼さを残してくりりと丸い。その目がまっすぐに義勇を見つめ、ぱちりとまばたいた。

「義勇さん……義勇さんっていうんですね」

 なぜだか炭治郎は、噛みしめるように義勇の名前を繰り返した。
 大切な者の名を呼ぶように、一音一音を慈しんでいるみたいに。
 炭治郎のその様子は、どうにも面映ゆいというか、なんとなく座りが悪い。そんな義勇の困惑に気づいたのか、たちまち炭治郎はあわてだした。
「あ、すみません! あの、俺、小さい子とはすぐ仲良くなれるんですけど、親御さんの名前を教えてもらうのとか、初めてで! なんか……その、禰豆子だけじゃなくて、ぎ、義勇さんとも、その……仲良くなれたみたいな、そんな気がしちゃって……」
「いや……」
 可哀相なぐらいのあわてっぷりに、どうにかなだめてやりたいと思いはするのだが、どうにも口下手なものだから、うまく言葉が出てこない。気にするなと一言告げればそれで済む。そう思う端から、冷たいと言われがちな自分の言葉に、炭治郎が傷ついたらどうしようかと、そんなことばかりが頭に浮かぶ。
 義勇の素っ気なさに、炭治郎も言葉が継げずにいるのか、あきらかに消沈しているようだ。
 戸惑いの空気を破ったのは、禰豆子のあどけない一言だった。

「じゃあ、パパとお兄ちゃんはもう仲良しだね! パパもちゃんとお兄ちゃんのお名前呼ばなくちゃダメよ。仲良しなんだもん!」

 あどけない声で言う禰豆子に悪気はない。だが、義勇の狼狽を深めるには充分すぎる一言だった。
 たいしたことはないのかもしれない。名前で呼ぶなんてことは、普通のことなのかもしれないと、思いはする。けれども、めったに下の名前で人を呼んだことなどない義勇には、なかなかにハードルが高かった。
 けれども、炭治郎の瞳に期待の色が浮かぶのを見てしまったら、ごまかすこともためらわれた。
「……炭治郎」
 頭のなかでは何度も呼んでいた名前を、義勇がそっと口にしたあとの炭治郎の表情の変化は、それからしばらく義勇の頭から離れなかった。
 きょとりと見開かれた目が、たちまちやわらかくたわみ、頬がゆるむ。うれしげに目を細めて、大きく「はい!」と答えた唇が、優しい弧を描く。

 幸せという絵があるとしたら、それはきっと今の炭治郎の表情が描かれているに違いない。そんな言葉が浮かぶほど、炭治郎の微笑みはうれしげで、光り輝くようだった。

 義勇としては、呼び捨てにするなんてマズかっただろうかと焦ったのだが、炭治郎は気にした様子などまるでない。義勇の周章もすぐさま霧散して、思わず見惚れてしまったほど、それはそれは幸せそうな笑みだ。
 そしてまた、義勇は動揺する。だって初めてなのだ。こんなふうに誰かに見惚れることなんて、一度もなかった。生まれて初めての経験で、どうしたらいいのかわからない。
 けれど、不快感はまるでなかった。困惑はしているが、胸の奥は不思議に温かい。
「あ、お買い物の邪魔しちゃってすみません」
「邪魔じゃないもん。ねー、パパ?」
「あぁ」
 義勇と炭治郎の、こんな会話とすら呼べないようなやり取りですら、禰豆子にはうれしくてたまらないのだろう。つないだ義勇の手をブンブンとゆらせて、ご機嫌に顔をほころばせている。
 自分が炭治郎と話すのもうれしいが、義勇が炭治郎と仲良くしているというのが、禰豆子にとっては喜ばしいことらしい。
「……俺たちのほうこそ、いつも仕事の邪魔をしてすまない」
「いえっ、そんな! 邪魔なんかじゃないです! 禰豆子かわいいし、俺も禰豆子と話すのがすごく楽しみなので!」

「パパは? ねぇ、お兄ちゃん。パパとお話するのも楽しい?」

 頼む、禰豆子。少し黙ってくれ。いや、禰豆子に悪気なんてひとかけらもない。子供の無邪気な問いかけに、さしたる意味などないのもわかっているのだ。
 けれど、なぜだか禰豆子の問いは、ひどく義勇を動揺させた。
作品名:Hello!My family 第1章 作家名:オバ/OBA