Hello!My family 第1章
なぜ自分の鼓動がこんなにも不安に速まるのか。なんで自分は炭治郎の返答をこんなにも緊張して待っているのか。わからなくて、義勇の困惑は深まった。
「楽しいよ! 義勇さんとお話できてすごくうれしい」
ニコニコと言う炭治郎の言葉に、その笑顔に、なぜ、これほどまでに喜びが胸に満ちるのか。炭治郎の声でつづられる、義勇さんという自分の名前が、なんでこんなに優しく心にひびいて聞こえるのか。
わからないけれど、それはとても温かく、やわらかな心地がした。
「ねぇ、お兄ちゃん。なんで寝なかったの? お兄ちゃんもご本の続きが気になっちゃったの?
禰豆子はね、パパにご本読んでもらって寝るとき、ご本の続きが聞きたくて眠れないことあるの」
禰豆子の問いかけに、炭治郎の笑顔が苦笑に変わったのが、少し残念な気がする。だがその疑問は、義勇にとっても、多少気になるものではあった。
プライバシー侵害という言葉が頭をよぎるが、炭治郎のうっすらとした隈が気になるのもたしかで、聞いていいものかと逡巡する。しかし、当の本人はとくに気にする様子もなく、ケロリとした顔でこともなげに言った。
「学校のレポートを提出しなきゃいけないんだけど、俺、英語と数学が苦手で……。先生に聞こうにも、うちの学校、あんまりサポート体制よくないんだ」
先生たちも忙しいんだろうから、しかたないけどねと、炭治郎は残念がるようでもなく笑う。
「お勉強?」
「うん。俺は通信制高校だから、レポートを出さないと単位がもらえないんだ。ちゃんと三年で卒業したいから、頑張んなきゃ」
寝不足は遊んでいたからではなかったのか。真面目な炭治郎らしいと、心のどこかで安堵している自分に気づき、義勇は知らず覚えた罪悪感に、つい眼差しをそらせた。
どうやら自分は、炭治郎に対して、ずいぶんと夢見がちなようだ。勝手なイメージや理想を押しつけられる苦しさを、嫌というほど知っているくせに、炭治郎の日常が自分の想像どおりの真面目なものであってほしいと、知らず知らずのうちに思い込んでいたらしい。
忸怩たる思いのなか、ふとよぎった疑問に、義勇は無意識につぶやいていた。
「勤務時間はどうなってるんだ?」
「え? あの、俺のですか?」
問いかけるつもりはなかったのだが、小さなつぶやきはしっかりと炭治郎に拾われたようだ。
逆に問われて、義勇はしかたないとうなずいた。
義勇は本来、あまり他人に対して関心がない。詮索するのは嫌いだし、会話することも苦手だ。
けれど、炭治郎の疲れた様子はどうにも気になる。悶々と考え続けるよりはいいと、じっと見すえれば、炭治郎は少しとまどっているように見えた。
義勇たちが店を訪れるのは、早くても夜の七時。遅ければ今日のように閉店ギリギリだ。炭治郎はいつもいるから、午後の勤務だと思っていたのだけれど、寝不足になるということは学習時間は帰宅してからなのだろうか。それなら、午前中はどうしているのだろう。
通信制高校でも、週五日間通学するコースもあるらしいから、炭治郎がそういうコースを選んでいる可能性はある。それはたしかなのだが……それにしては、疲れすぎではないだろうか。
「えっと、一応朝九時から夜九時までいます」
は? と声が出たのはしかたがない。
「休憩時間は?」
「一時間もらってますけど……」
どんどん険しくなっていく義勇の表情に、炭治郎と禰豆子が不安がっているのはわかっていたが、怒りはとめようがなかった。
「十八歳未満の年少者の労働時間は、一日八時間以内と定められている。労基違反だ」
平日の帰りに、炭治郎の顔を見なかったことはない。土日は休みをもらっているのだとしても、それにしたって超過勤務にもほどがある。
「おい、まさかタイムカードを押してから、残業しているなんてことはないだろうな」
ふと浮かんだから聞いたものの、まさかそれはないだろうと思ったのに、炭治郎はビックリ顔で「なんでわかるんですか!?」と反対に聞いてくる始末だ。
思わず絶句し、こめかみを押さえたのは当然の反応だろう。怒りと呆れがないまぜになって言葉を失った義勇に、炭治郎と禰豆子はあわてた様子で、大丈夫ですか? だの、パパ頭痛いの? だのと心配してくる。
「大丈夫かはおまえのほうだろう、馬鹿者!」
「へっ? え、あのっ」
「サービス残業は違法だ。そもそも年少者の時間外労働は禁じられている。完全に労働基準法違反だ。店長の命令か?」
「ち、違います」
視線をそらせ、なんとも言えない表情で言う炭治郎の声は、あきらかに上ずっている。見るからに挙動不審なその態度に、義勇は思わずため息をつきたくなった。
嘘のつけない性格なのだろう。それはそれで好ましいと思いはするが、この場合は苛立ちのほうが勝る。
店長をかばいだてする必要など、どこにあるというのか。違法な超過勤務を強いられた結果、自分の頬を張らねばこらえきれないほどの睡眠不足に陥っているのは、ほかならぬ炭治郎自身だというのに。
「もういい。おまえじゃ埒があかん。店長と直接話をする」
「ま、待って! あの、しかたないんです!」
踵を返した義勇に追いすがって、炭治郎がわめくことには、曰く、コンビニに押されて経営不振だの、高齢化した店員が続けざまに退職したばかりだの、義勇に言わせればそれがどうしたということばかりだ。
店が困っているのはたしかなのだろう。個人経営のあまり品ぞろえもよくないスーパーだ。閉店前ということを差し引いても、客が少ないと感じてもいた。義勇だって保育園からの帰りに丁度良い立地でなければ、買い物に寄ることもなかっただろう。時間を気にせずに済むのなら、少し遠い全国チェーンの大手スーパーに行っていただろうし、割高になってもコンビニだってある。
正直なところ、この店がつぶれれば多少なりと時間の余裕は失われるだろうが、たいした問題ではない。それはほかの客にしたところで同様だろうと思われた。
それでもまだ潰れずにいるのだから、競合他社に押されるなか、営業努力はそれなりにしているのだろう。経費の節約もしているに違いない。義勇がおとずれる時間が遅いことを差し引いても、店員の姿だって少ないことを見れば、人員不足でもあるのは容易に知れた。
だが、そのしわ寄せを、高校生でもある炭治郎に背負わせるのは、あまりにも非道というものだ。
それなのに、炭治郎は店長をかばう。あまりにも必死すぎて、さらに疑問を呼ぶだけだと、炭治郎はわかっていないようだ。
「なんだってまた、そんな必死にかばうんだ。義理でもあるのか」
苛立ちを抑えきれずに言った声は、冷ややかに聞こえたのだろう。炭治郎だけでなく、禰豆子までびくりと肩を震わせて、義勇は、しまったと思わず舌打ちしたくなった。
おびえさせたいわけではないのに、いつでもこうだ。そんな気はみじんもないのに、どうにも自分は人から見ると居丈高に見られるらしい。お高くとまっているだの、高飛車だのと、聞こえよがしに言われたことも、一度や二度ではなかった。
禰豆子の教育によくないだろうと、自分では気をつけているつもりなのだが、それでも義勇の言葉は人を不快にさせたりおびえさせたりしてしまう。
作品名:Hello!My family 第1章 作家名:オバ/OBA