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Hello!My family 第1章

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 先ほどまでの不満や悲しげな風情は消え失せて、ニコニコと笑う顔は明るく朗らかだ。
「それに勉強もたまに教えてくれるんでしょう? 家庭教師代も込みってことで」
 有無を言わせず笑う様は、ちょっとだけいたずらっ子のようでもある。
 それではこちらのほうが甘えすぎではないかとの逡巡は、それでいいんじゃねぇの? という不死川の後押しで、飲みこまざるを得なくなった。

 なぜ炭治郎が笑顔になったのか、義勇には理由などわからないけれど、それでも、笑ってくれたその事実がうれしい。どうしてこんなにも、自分の感情は炭治郎の一挙一動にあわせて揺れ動くのか、それは義勇の想像の埒外で、今は見当もつかないけれど。

 今はただ、これから本当に炭治郎と禰豆子と、三人の生活が始まることを喜び、希望に胸躍らせてもいいだろう。
 きっと、うまくいく。そう信じて、義勇は炭治郎の笑みにつられるように、小さく笑った。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 義勇が作っておいた契約書のひな型は、いくらかの手直しを必要とした。相談するのはもっぱら不死川と炭治郎で、義勇は、一度炭治郎と言い合いはしたものの、それ以降はふたりが折り合いをつけた条件をパソコンに打ち込むばかりだ。
 蚊帳の外と言えなくもないが、不満などない。不死川は法務部だけあって、義勇がまるで考えていなかった点についても指摘してくれるので、文句をつける筋合いなどあるわけもなかった。
 たとえば
「医療保険や個人賠償責任保険には入ってるか?」
 など、不死川が言い出すまで、義勇の頭にはまったくなかった。
 だが、現実的に保険への加入は必要だろう。紹介所などを介したわけではないから、炭治郎には後ろ盾となる団体組織がない。個人間での契約では、すべて炭治郎個人の責任となる。
「俺は健康だし丈夫なのが取り柄なので……風邪もほとんど引いたことないですけど、必要ですか?」
「いくら丈夫だろうと、なにが起きるかわかんねぇだろうがァ。医療費全部冨岡におっかぶせる気がねぇなら、保険には入っとけや。賠償責任保険だって、おまえと一緒にいるときに、うっかり目を離して禰豆子が怪我することだってあるかもしれねぇ。掃除中に物を壊す可能性だってあんだろうが。全額支払いなんざできねぇ額になったら困るのはテメェだぞ。食器一枚にも責任は生じるんだ。仕事として家を預かるなら、そういうことはきちっとしとけェ」
「不死川、俺はなにがあろうと炭治郎に賠償請求するつもりは」

「払いますっ! ちゃんと自分で!」

 不死川を咎める義勇の言葉は、炭治郎の大きな声にさえぎられた。
 他人行儀なことをと思わず義勇は眉をひそめる。だがすぐに、そうだ他人なのだと思い直し、チクリと胸が痛んだ。
 炭治郎と自分は雇用関係にあるだけの他人だ。だから慣れあう必要はないと、自分でも思っていたはずだ。なのに、炭治郎が自分を頼ってくれないことに傷つくなんて身勝手すぎると、義勇はわずかに目を伏せた。
 義勇の自嘲は、炭治郎にも不死川にも気づかれなかったようだ。炭治郎は真剣な顔で、未成年の保険加入について不死川から説明を受けている。
「施設に行くまでに必要な書類をそろえて、後見人の署名捺印をもらっておけばいいんですね」
「おう。そんじゃこっちもそろそろ確認なァ。勤務時間は一日八時間。平日のみ。ただし、月二回のスクーリング授業のときには、土日に勤務して代休扱いとする。仕事内容は、弁当を含む一日三食の炊事と、日常的な範囲での掃除洗濯。それから買い物に、禰豆子の保育園への迎えとその後の子守り。基本的には午前に四時間、午後は禰豆子の迎えの時間から四時間。急病なんかで早い迎えになったときは、時間外手当を支給。勤務時間外に手伝い程度の家事をするのは自由。ただし、学習時間を優先することが条件。食料や日用品の買い出しは、基本、月初めに冨岡が渡した金額におさめること。それ以外に禰豆子が保育園でいるもんなんかが突発的に出た場合は、預かってる金から支払っておいて都度報告。必ずレシートを取っておくこと。それを確認の上で冨岡から補充分を受けとる。次に給与だが、固定給」
「あの!! やっぱり十五万円じゃ駄目ですか? スーパーの給料だってそれぐらいだったのに、二十四万なんてもらい過ぎだと思うんですけど!! しかも夏冬にそれぞれボーナス一カ月半なんて、やっぱりどう考えても多すぎますよ!」
「おい……もう決めたことだろう」
 思い切り眉を下げて食ってかかる炭治郎は困り顔だ。対する義勇は、苛立ちに眉をギュッと寄せる。
 説明をさえぎられた格好の不死川はといえば、まるきりあきれ顔だ。さっきも散々もめにもめて、ようやく折り合いをつけたばかりなのだ。また蒸し返すのかと腹を立ててもおかしくないが、まだあきらめてなかったかとうんざりした様子で頬杖をついている。
「おまえが言う金額じゃ最低賃金を割ると何度言えばわかるんだ。そもそも個人間契約だから、これは源泉徴収していない金額だ。社会に出たばかりでは多く感じるかもしれないが、そんなことは絶対にない。特別労災にも加入しないし、社会保険もなにひとつないんだ。渡した給与からお前が自分で税金や保険料を支払うことになるんだから、順当な金額だ。所得税、住民税、国民健康保険に雇用保険、それに後々は年金も支払うことになるんだぞ。高校を卒業するまでの契約とはいえ、おまえが在籍している通信制高校は公立なんだろう? 公立校では三年で卒業資格を得る者は少ないと聞いた。ならば二十歳を超えての卒業になる可能性はある。うちにいるあいだに年金の支払いが生じることになるんだ。それを考えれば、そのぐらいの金額は当たり前だろう。当然、順次昇給はする予定でいるが、先を見越しておいて間違いはない。おまけに住み込みだ。勤務時間は厳守させるつもりでいるが、二十四時間拘束することに変わりはない。給与額にはその分も入っている。平均的な住み込みの家政夫の給与額からすれば二十四万では少ないぐらいだと、何度言えばおまえは納得するんだ」
 炭治郎が以前の給与を口にしたとたんに、また店長への怒りがわき、義勇の口調は勢いきつくなった。あの勤務時間でその金額なんて、おまえはなんで納得していたんだとの、炭治郎への苛立ちも少し。
 家政夫の給与の平均額を調べ、これなら炭治郎も満足してくれるだろうと思って決めた金額だったが、まさか多すぎると文句を言われるとは思ってもみなかった。賞与だって二ヶ月半では多すぎるとわめくから、一ヶ月半まで減らしている。義勇にしてみれば、いっそ罪悪感を抱かざるを得ない金額だ。

 支払う側が少ないと怒り、受け取る側が多いと断固拒否する言い合いは、端から見れば馬鹿馬鹿しいの一言だったのだろう。不死川がキレかけるのも無理はない。

 だが、少なくていいと言うならありがたいと、納得するわけにはいかなかった。
 炭治郎は自分の不利など眼中にないのだ。支払う義勇の負担ばかりを気にしている。スーパーでもそうだったが、こんな調子では容易く人に利用され搾取される人生が待っているのじゃないかと思うと、義勇も気が気ではない。
作品名:Hello!My family 第1章 作家名:オバ/OBA